3-6

 三雲らの元に三体同時に出現したと知らせが来る、少し前に話は遡る。


 総一郎は最寄り駅を降り、帰路を進んでいた。


 賑やかな駅前の喧騒を抜け、大通りから少し離れただけで車も人通りも少ない、静かな住宅街へと入り込んでいく。


 出来上がって6年程の人工島だが、根付いた生活感はそういった新しさを感じさせない、どこか古臭くすら感じさせる街並みを形成していた。


 陽が落ち始め、街灯がつき始めた道の途中、総一郎の脚が止まる。


 立ち止まったアパートの塀越しに、少し先に見える曲がり角から感じた気配のせいであった。


「……出てきて下さい。気づいてしまったので闇討ちは失敗です」


 全てを言い切る前に、総一郎の背後に当たるアパートの入り口側の塀からゆっくりと大男が現れる。


 男がその太い腕を総一郎の肩に伸ばした瞬間、更にその気配に気づき、体制を低くして半回転しながらその手先を避け、大男の背後に回る。


「おお、兄貴の奇襲を避けたか」


「……避けれなければ困る、味気が無いからな」


 曲がり角側から背の低い男が現れる。


「ま、言えてるな」


 現れた二人の後方で、入口から少し離れた場所にある電柱へ隠れるような形で総一郎は両者を眺めていた。


 百九十程ある身長の、兄と呼ばれた男に目をやる。


 肉体全てが一つの岩で出来たかのような、一つ一つの部位が大きく盛り上がった印象を受ける、そういう体つきの男であった。


 更に、背の低い男に目を向ける。


 岩の様な体では無いものの、細身ながら締まっているのは服の上からでも感じ取れる。


 手足が長く、少々前傾姿勢気味に立つその姿は、異様な不気味さを醸し出していた。


 大男は瞼の厚い、薄めを開けた様な視線を。背の低い男は蛇のように細い眼をしている。


 互いにスキンヘッドで、ズボンやシャツ、コートは黒で統一している。


「名倉亮と、名倉耕……名倉兄弟ですよね?」


 二人の姿を見て、総一郎は自身の脳裏に浮かんだ名を口にした。


「お? 知ってるのか、俺らの事」


 弟――耕が小馬鹿にしたようにオーバーに目を見開く。


「詳しくなる機会がありまして。表の試合には出ず、地下で無敗を誇っていたが、数年前に失踪……までは僕の耳にも」


 総一郎が話しながら、電柱から離れて二人と向き合う。


「へえ、大体は合ってるな」


「ああ」


 二人が関心した表情で頷く。


「それで、そんなお二方が何の用事ですか?」


「……大体は、察してるんじゃないのか?」


 兄――亮が軽く腰を下げ、前傾姿勢で上半身を軽く突き出す。


 腕は低くした顔を隠す形で、ガードの構えを取っている。


 亮の動きの途中で、総一郎もゆったりと動きを変えた。


 軽く足を開き、腰を落とす。


 全身を左右にゆっくりと揺らし、腕は獲物を狙う蛇の様に波打っている。


 これまでの戦いで見せていない、不思議な構えであった。


「おい兄貴、ここで始めるにはちと場所が悪すぎるぜ。移動しよう」


 弟――耕の緊張感の無い声が、割って入る。


 うっすらと、アパートから聞こえてくるテレビのバラエティ番組の音声、そして遠くで行き交う車の走行音が、かすかに響いている。


「……そうだな」


 亮は態勢を戻すが、総一郎はいまだ体を揺らし、警戒を保っていた。


「いやいや、マジで移動しようって提案だよ。ここよりやりやすい場所に案内してやるって話で、お家が近いお前にも悪い話じゃあないだろ?」


 耕の『家』の言葉に反応して視線を向け、総一郎はようやく構えを解いた。


「……いいですよ。移動しましょう」



 繁華街の中心を離れ、路地をしばらく歩いた先に、細長いビルがあった。


 名倉兄弟は入口を開き、地下へ続く階段を下りていく。


 後に続いて下りた先で総一郎は、黒色の壁と柱だけしか目に入らない室内を眺めた。


 広くは無いが、数十人は入れるであろうフロアと部屋の端に軽い段差の上に造られた簡易なステージの感じから、ライブハウスだったであろう場所と総一郎は推察する。


 『だった』と思った理由は、室内に何もなかったからであった。


 バーカウンターであろうテーブルの奥には酒の並んでいない棚、ステージには機器すら見えない。


「なんだ? 使えそうな武器でも探してたか、何も無いぞ」


 周囲を見渡していた総一郎の視線に勘づき、耕が煽り始める。


「武器が欲しいなら、カウンターの蛇口でも折るんだな。今は他には無い」


 亮がそう言い放ちつつ、カウンターの前に陣取った。


「それで、ここに連れてきた理由は何です? 聞かせてください」


 二人から少し距離を置き、中心に立って総一郎が問う。


「お前の話をいろんな奴から聞いててな」


「お前は特別だと聞いている」


 話し始めた兄弟二人が、ゆっくりと移動し始める。


 その動きに入った時には、総一郎はその場で軽く腰を落とし、再び体を揺らして構えを取った。


「で、あいつらはお前を自分の所に取り込もうと必死なわけだ」


「そこまでこだわる理由を、俺達も知りたくなった」


「……それだけの理由で、ここに?」


「それだけとは酷いな。俺達には十分だ」


「初期ロット共は俺達を軽視している。お前を倒して、俺達が重要だと奴らが思い知るべきだ」


 まるで子供の理屈だ――総一郎は構えを解かずに、ストレート過ぎる返答に困惑していた。


 が、顔には動揺を出さず、体を揺らしていた。


「俺達は強さを求めてこの力を得た。お前を倒せば、それが更にはっきりするかもなってのも理由の一つだよ」


「お前が強いとの噂も聞いてるからな。期待しているぞ」


 兄弟が横に並び、総一郎と対峙する。


 構える事は無く、ただ前を見つめている。


「兄貴、様子が見たい。シンクロで行こう」


「ああ」


 二人は寸分違わず、同時に動き始めていた。


 ゆっくりと、歩くような速度で前に出た――瞬間の事であった。


 歩き出すのと同じく、同時に前に出していた脚を折り曲げ、一気に伸ばしたのだ。


 シンプルな、かつ鋭い前蹴りを、二人が繰り出した。


 伸びてきた蹴りを、総一郎は低く構えた体制のまま、亮の外側へ跳ねて避ける。


 そして、ただ避けるだけでなく、体を亮の放った脚の下へ滑り込ませた。


 総一郎は肩で軽く、亮の膝裏を押した、様に見えた。


 軽く跳ねる程度の動作だったが、亮の体は押された脚が持ち上がる形で、後方へと飛ばされていた。


 相手の力を利用して投げる――総一郎はそれを使って見せたのだ。


 亮にとっても予想外、特異な攻撃手段ではあったが、即座に軸足で地面を蹴りつけて跳ねる事で、見た目ほどの衝撃は受けずに済んでいる。


 ただ、総一郎にとっては計算通りの行動であった。


 体勢を戻す為に亮が距離を取ったこのタイミングを逃すことなく、蹴り足を戻そうとしていた耕へ追撃をかけたのだ。


 亮を押したことで低い体勢から伸びていく状態を活かし、横へとなめらかに移動していく。


 緩やかに見えたその動きは、踏み込む時に変質した。


 近づくまでと違い、地を強く踏んで耕の脇腹へ肘を突き出す。


 耕は戻しかけていた脚と肘を合わせ突きを防御し、軽く横へと跳ねて威力を殺す。


 再び、距離を取って兄弟の間に総一郎が立っている。


「うん。面白いな」


「ああ。いい動きだ」


 言い終わると同時に、亮が動く。


 構えることなく、無造作に踏み込み、拳を放つ。 


 総一郎は向かってくる拳を掌底で突き上げ、深く腰を落とす。


 掌底を放った腕を体が下がる動きと連動させながら引き、目の前にある亮の腹へと拳を打ち出す。


 お手本の様な、綺麗なフォルムで打ち出される正拳突きであった。


 それ故に、動きを見ていた亮が、向かってくる拳を上からたたき落とす為にパンチを振り落とす。


しかし、総一郎の腕に振り下ろされたはずの拳は、空を切る。


 完全に突きを放つ寸前、その動作を止め低い体制のまま、地を這う様にその場を旋回したのだ。


 背後に回った総一郎は、その状態で亮の膝裏へ肘を叩き込む。


 体勢を崩した亮の後頭部へ一撃を叩き込もうとしたタイミングで、耕が動いた。


 細長い手を一本の槍のようにまっすぐ突き出し、総一郎の顔面へと伸ばす。


 即座に反応し、後方へと跳ねる形で避ける。


 名倉兄弟と向き合う形で、総一郎は立つ。


「兄貴、邪魔しちまったか?」


「いや、頭突きで拳を潰すくらいしか出来ない状態だ。お前が貫く方が正しい」


 亮が立ち上がり、足に付いたコンクリートの破片を払う。


「じゃあ、そろそろ見せてくれよ。本気」


 耕の瞳が緑色に変化し、発光する。


 耕の瞳も黄色に変更して、発光していく。


 総一郎の瞳も真紅に染まり、熱を放ち始める。


 総一郎の熱の壁に反応し、少し遅れて二人の体も全身に熱を帯び始める。


 三人の熱はゆらりと、その場の空間を歪めながら、自身の体にも変質を起こしていた。 

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BODY HAMMER 有八一乃 @bemdazo

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