3-5

 静かながら、非常に熱の籠った作品であった。


 井出から珍しく『映画を観よう』との提案があり、総一郎達はショッピングモール内にあるシアターで鑑賞し終え、ちょうどロビーに集まっている。


「いやー、なんつーか……思ったよりエグかったね!」


 井出は少々引きつった笑いを浮かべていた。


「題材が題材でしたからね……」


「あらすじ調べりゃ分かるでしょう、何でまたこれを選んだんです?」


 親しい女性を殺された男が復讐を果たし、その後は根源的な悪意と戦う――非常に暴力の連鎖が続く、哀しく陰惨な映画であった。


 そのため、非常に暴力的なシーンが多く、想像以上の血のりの量に井出は面を食らっていたのだ。


「いやー、出てる俳優が好きだったからさあ……メガネ君達は相変わらず楽しそうだねえ」


 疲れた顔の井出とは対照的に、総一郎と武田は嬉々とした笑顔を見せている。


「まあ、中々見ないアクションを観れましたから。面白かったです」


「冒頭から飛びつきから関節技への移行とか、殴る蹴る以外の趣向が良かったすね」


「何視点?」


 目の付け所が斜め上だったことで、井出の顔は更に困惑で険しくなった。


「相変わらず良い所に目を付けてんな坊主ども!」


 会話の途中で、総一郎と武田の肩に手を回し、勢いよく若い男が割り込んできた。


 突然の乱入に井出らが驚く中、総一郎と武田が背後を見て、目を丸くしている。


「伊達さん!」


 伊達慶伍は二人の間で、屈託のない笑顔を浮かべていた。



 その様子を、少し離れた場所から見ている二人の男がいた。


 両者共に同じ黒いシャツとズボン、上に厚手の黒いコートを羽織っている。


 少々暖かくなり始めた現在の気候とは、少しズレた格好である。


「兄貴、あのガキだ」


 小柄な蛇の目をした男が背の高い岩の様な男へ、視線は総一郎らに向けたまま告げた。


「ああ」


 兄貴と呼ばれた男は短く返答をし、ジッと見つめている。


「間近で見ると更に信じられないな。アレが本当にそうなのか?」


「ガキにしか見えずとも、油断は出来ん。気を引き締めろ」


 蛇の男の不思議そうな質問に、ただ短く言葉を返した。


「そりゃあ分かってるさ。動きだしたら俺達も移動しよう」


「ああ」



 突然の見知らぬ大人の乱入に、先程まで会話していた井出は困惑していた。


 もちろん、その横にいた絵里や真野も同じような表情を浮かべている。


「おう、伊達。その可愛い学生たちは知り合いか?」


 後方から雨宮が近づいてくる。


 流石に白衣こそ着ていないが、研究所からそのまま出てきたであろう、少々よれたシャツとズボンといったラフな出で立ちであった。


「ああ、交番勤務の時に世話してやってたんだ。カツアゲから助けたりとか」


「過剰防衛狙いでね」


「明らかに後半、僕ら関係なしに関節技の練習台にしてましたよね」


「あ? そうだっけ? 細かい事は覚えてねぇよ」


 子供の様な笑みで答える伊達に、総一郎らは苦笑しているが、不満げではない。


 雨宮は『ふぅん』と適当な相槌を打ち、男性陣を横切って女性陣の方へと近づく。


「可愛いねぇ、初々しくて」


 そう言いながら絵里に顔を近づけている。


「おい、威圧するな高校生を」


 伊達とは別の、背が高いマネキンのような男が雨宮の肩を掴んで引きはがす。


「あ、なんすか威圧なんてしてませんよ。眺めてたんです」


「何でもいいが、困らせるな」


 絵里の顔に視線を向けた男の顔に、驚きの表情が浮かぶ。


 絵里もまた、男の顔を見てハッとした表情をしている。


「三雲さん、ですよね」


「ああ。久しぶり」


「え? 何、知り合い?」


 未だに困惑したままの井出がようやく口を開いた。


「こっちに来るまでお父さんと一緒に仕事してた方。私も会うのは……」


「6年ぶり、くらいだと思う。元気そうで何よりだ」


 二人の横に並び、総一郎が三雲の顔を覗き込む。


「……やっぱり、先日はどうも」


 三雲も総一郎の顔を見て、すぐに気づき視線を合わせた。


「……君か。無事に帰れたんだな」


「顔見知りなんですか?」


「この間、繁華街に迷い込んでいたから声をかけたんだ」


「お恥ずかしい限りで。あそこにいる武田に来てもらって、何とか帰れました」


 話を振られた武田が気づき、会釈をしている。


「えっ、ということは二見先輩とそちらの知り合いで……メガネもその人と知り合いって事?」


 困惑し続けていた真野が、絡まった思考を整理するために頭を傾げながら質問を投げかける。


「そうなるね」


「世界狭ぁ……」


 総一郎の返答に呻くように呟いた。



「今回ばかりは、世界とは言わずとも俺も世間の狭さを嘆くしかねぇよ」


 苦々し気に告げる武田の言葉を背に受けながら、総一郎が自販機のボタンを押す。


 けたましい音を立て、ペットボトルのコーラが取り出し口に落ちる。


 総一郎は中身が軽く泡立っているのを確認し、取り出して手に持った。


「いつ、伊達さんだって気づいた」


「昨日の動き。でも確信したのは今さっき」


 その場で飲まず、総一郎は鞄へコーラをしまいながら振り返る。


「殺さんと企てしものを殺し、いずれ自らも殺されん……お前が殺す気が無くても、向こうはそうはいかない」


「僕は祭司でも森の王でも無いよ」


「馬鹿、物の例え、引用って奴だよ。さっきの映画でも言ってたろ」


 総一郎と入れ替わりで、武田も自販機へ近づいていく。


「とりあえず、もう俺がどうこう言って変わる状況じゃなくなった。戦うお前が決める問題だ」


 武田はコーヒーを選び、出てきたペットボトルの蓋をその場で開いて飲み始める。


 総一郎が何かを答える前に、ホームに電車が到着するアナウンスが響く。


「……行こう。先輩達も待ってるし、早く帰れって伊達さんにも言われたからね」


 背を向けた総一郎に、武田は何も言わず着いていく。



「三雲さんも観りゃ良かったのに」


 ショッピングモール内を歩きながら、前を歩く三雲に向かって雨宮が声を掛ける。


 三雲は伊達らが映画を観ている間、モール内のカフェで休憩をしており、上映終わりの時間に迎えに来た所で絵里達と出会っていたのだ。


 そして、学生の彼らが駅へ行くのを見届けた後、今に至っている。


「緊急出動の連絡が来たらどうする。奴らが動く限り、しばらくは映画は家で観るさ」


「……三雲さん、家帰ってます?」


「たまにはな」


「……俺ら、もっと頑張ります」


 返答を聞いた伊達が、雨宮の後ろから強い口調で伝えた。


「そうしてくれると、助かるな」


 三雲は苦笑しているとも取れる笑顔で、返事を返す。


 それと同時に、三雲のスマートフォンがズボンのポケットの中で震える。


 即座に取り出し、通話ボタンを押す。


「どうした」


『三雲さん、熱源発生を感知しました。その……三体分です、同時に』


 オペレーターから伝えられた情報に、足を止め愕然とする。


「分かった。こちらは直接向かう。場所を送ってくれ」


『了解です』


「伊達と雨宮を向かわせる。雨宮主導で装備を調整して、現場に向かわせてくれ」


 二人にも聞こえるように伝え、意図をくみ取った伊達が頷く。


 三雲も通話を切り、三人はエレベーターの方向へと歩き出した。


 先程までの和やかな雰囲気も表情も、すでにそこには無かった。

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