第4話

「ねー、あんた、何で手を挙げなかったの?訳を言いなさい。」          「…。」                「ねー、何でなの?!」         ミチルが恐そうに千代を見た。そして周りの大人達を見る。             皆自分を凝視している。         「ねー、言ってみなよ。怒らないから。」  母の妹の明子が上機嫌で横から割って入る。「ねー、言っていいんだよ。」       又繰り返した。自分も知りたいのだ。   ミチルは意を決した。そして思い切って口を開いた。          

「だって、ママは怒るといつも直ぐ打つから。いつも、ずーっと打って、痛いから。後、毎日会社に行っていてお家にいないし。よそのママはみんなお家にいるけど、ママはいつもいないし、夕方帰って来るから。だから、違うママで、怒っても打たないで、いつもお家にいるママが良いから!!」    千代と、全ての大人が驚いた顔をした。母親の純子も勿論そうだが、とても悲しそうだ。明子が嬉しそうに言った。        「そりゃそうだよね!!」         そして、又笑う。            「純子姉さん、いつも子供を叱る時に叩くんでしょう?!だったら、どんな子供だって嫌だよ!だからいつも止めろって言ってんのにさぁ。それに、働いてるから毎日いないしね。だったら子供だってそんな風に思うよ。」                 千代が言った。             「だけど、自分の親じゃない?!」    「だけどそうなんだよ、子供は。」     明子が返事した。            長女で、ずーっと黙っていた景子が言った。                 「仕方ないね。だけど、あんたもあんまり叩かない方がいいよ、純子。会社に行くのは仕方ないけどさ。あんたには旦那がいないから、働かなきゃ仕方ないんだけどさ。」   純子は黙って聞いていた。        「だけど、ママは土曜日も日曜日もいるじゃないの?」               千代がミチルに言った。         「でも、いつも寝てるもん。いつも疲れたとか、具合悪いって言って寝てるもん。」   困った様にミチルが返事をした。     「いつもじゃないでしょ?ちゃんとにデパート行ったり、動物園行ったりとかするじゃないの?!」               「いつもじゃないもん…。」        「でも行くでしょ?」          「もう良いわよ、お母さん。」       純子が言った。             「そうそ、みんなもう良いんじゃない?理由分かったんだから。」           明子が朗らかに言った。         「さっさとケーキ食べちゃいなよ、ミッちゃん。」                  そうミチルにも優しく言った。そうしてミチルはやっと開放された。         だが、純子はその後も、怒るとミチルを執拗に打った。可愛がる時には可愛がり、お金も沢山使うのだが。            純子は一人で、自分自身、子供、そして母親を養っていたからそのストレスもあった。又、もう一つの大きな理由は、ミチルができてからは、色々な理由があっても、結局は自分を捨てた男の血が混じった、そしてその男にそっくりなミチルが我慢ならなかったのだ。                  そして、もう二度と目の前には現れないその男の子供を産んでしまった後悔も大きかった…。                                      さて、ミチルの母親はその後年を取ってからは認知症になり、紙オムツをして歩く、幼児の様になった。             千代もそのもっと前に、身体中がボロボロになり、目も不自由になり、ボロ雑巾の様になって亡くなった。            明子は、娘二人が結婚してからは一切相手にしてもらえず、孫にも殆ど会えないでいる。夫も早死にして、独り寂しく暮らしている。(終.)

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ううん、ママは選ばない Cecile @3691007

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