8.緑の丘で
若者はグループに戻った。そして、銀色の人の指示に従って『491番の扉』をくぐった。
以前に見た、白い花が揺れる草原は、そこにはなかった。
真っ暗なトンネルが、ずっと続いていた。人々は、小さなライトを持たされていた。足元を照らすことはできた。しかし、光を遠くに向けても、闇に吸い込まれてしまう。
一行の中の、老婦人が声を上げた。
「この真っ暗な道は、いつまで続くの?」
顔も手も、全身を銀色で覆われた人が答えた。
「歩いて五分ほどです。必ず出口にお連れしますから、ご安心ください」
その人は、全身から光を
全身銀色の人は、何人もいた。彼らは一行を照らし、人々を安心させていた。その一人が、若者の肩を叩いた。
「あなたには、ここから分かれ道を進んでもらいます」
若者は、全身銀色の人に手を引かれ、おっかなびっくり、闇の中に足を踏み出した。人々が持つライトの明かりの群れが遠ざかり、ふっと消えた。
全身が銀色をした、不思議な人ならぬ人に導かれ、暗い闇の中を、どこまでも歩いていく……。
前方に、小さな光の点が見えた。緑色の光だった。近づくにつれ、光の点は大きくなり、やがて、出口の形になった。全身銀色の人は、若者の手を離した。
「ここでお別れです。このまままっすぐ進んでください。向こう側に出たら、こちらには戻らないで。『通路』を閉じるのに巻き込まれたら、体が切れてしまいますから」
「気を付けるよ。ここまでありがとう。さよなら」
別れを告げ、若者は、光の出口へとまっすぐに歩いて行った。振り返ることはなかった。
気が付くと、若者は、草原の中に立っていた。
白い花が、風にそよいでいた。草の葉が揺れ、若者のふくらはぎをなでた。
時は、朝のようだった。日差しが、そう感じさせた。若者は、胸一杯に空気を吸い込んだ。少し甘い、草の香りがした。さわやかな空気だった。
若者は、そよ風に誘われるように、歩き出した。行く手には、小高い丘がある。
青空と丘の
若者は、叫び声をあげ、走り出した。こちらからも、丘を登っていく。
そよ風が、若者の声を伝えた。その人も、叫び声をあげた。若い、娘の声だった。その人も走り出した。髪が揺れ、そよ風になびいた。
ふたりは、走って走って、丘の上でぶつかり合うように、抱き合った。
若者は叫んだ。
「会いたかった! ずっと、会いたかった!」
恋人も叫んだ。ほとんど悲鳴だった。
「私も、会いたかった! ずっと、ずっと待ってた! 嬉しい……!」
ふたりは、互いの顔を見つめあった。そして、涙をこぼした。恋人の涙は若者の胸で
恋人は、
「ずっとひとりで、さびしかった! どうして、もっと早く来てくれなかったの!」
若者は、涙をこらえ、喉に詰まる声で、謝った。
「ぼくは、弱虫だった。なにも恐れず、きみと一緒に、あの扉をくぐっていればよかったんだ。でももう、怖がったりしない。もう、きみをひとりにはしないから……!」
恋人は、若者の体を絞めつけていた両腕をゆるめ、若者の背中をやさしくなでた。
「もういいの。また、ふたり一緒になれたから、もう……」
ふたりの間で、凍り付いていた
西暦2025年の、春のことだった。
84番の扉 星向 純 @redoceanswimmer
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