第三章 薔薇まとう愛の使徒_三

 いよいよお客さまがリエニスの館にやってきた。

 ベールをまとったフレデリカは仮面をつけたエリシオと共ににこやかなみでむかえる。

「リーシュからはなやかでてきな婚姻の儀式ができると聞いて来たけれど。本当にあなたたちがわたくしの要望にこたえてくださるの?」

 ミリアはソファに座り、疑いを持ったひとみでこちらを見ていた。そのとなりにはじよが心配そうにひかえている。

「そうですわ」

 自信を持って答えるが、ミリアはだまったままだ。まるで品定めをしているようで、ちくちくとした視線が伝わってくる。

 フレデリカは背筋を伸ばし、ひざうえに手を置いてほほえむ。テーブルによって足元は見えないが、つま先までれいに見えるように意識する。やがてミリアが小さくうなずいた。相談相手として認めてくれたということなのか。

 フレデリカはここ数日でレディに見合った表情と声のトーンや話し方をみがいてきた。

「改めまして、わたくしはリエニスの館の女主人です。気軽に『レディ』とお呼びくださいな」

 印象を残すためによくようをつけながら声に出した。そして「隣の彼は……」としようかいしようとしたとき。

「どこかで見たことあるような」

 ミリアのつぶやきによって、ドキリと心臓がねる。横目でエリシオの様子をうかがうと、ぎこちない笑みをかべていた。こんしんの変装だったが、かれてしまったのか。しばらくして彼女はしようする。

「ああごめんなさい。見過ぎてしまったわ。ええっと、あなたの夫かしら?」

 そのしゆんかん。フレデリカは全身から火をきそうになる。

(どこをどう見たら夫なの!? ねえ!?)

 さけび出したくなるしようどうを必死におさえて、ミリアにバレないようにエリシオのつま先をつっつく。彼はこわれた機械のように動かなくなっていた。

(こんなときにフリーズしないで!)

 何度もつんつんしながら、どうやって言い訳すればいいのかを必死に考える。フレデリカがリエニスの館の女主人で、エリシオがその協力者という設定までは決めていたが。

 いまのエリシオは華やかさよりもおちついたふんをかもしだしていて、黒の礼服を着ているせいかかんろくが出ていた。

(いまさら従者というのもね……堂々とレディの隣に座っているもの)

 それに自分より身分が上の相手に従者役をいるのも気が引けた。

 困り果てたとき、ようやくエリシオが口を開く。

「すみません。おれは彼女の『バトラー』です。少しでも長く『レディ』の隣にいたくて座っていました。いまお茶の準備をいたしますね」

 フレデリカは心の中で声にならない叫びをあげる。

(なによ! その、言い訳は! 通用すると思っているの!?)

 しかも絶対にこの場の空気からげるためにお茶の準備をすると言ったにちがいない。のどまで出かかった文句を飲みこみ、立ちあがろうとするエリシオのうでつかむ。

「いやだわ、お客さまの前でなにを言っているのかしら?」

 するとエリシオの体がぴくりと跳ねる。仮面と角度によって瞳がよく見えなかったが「ごめん、しばらく任せる」と無言でうつたえかけてきた。フレデリカは「もう! ずかしいのはわたしのほうなのに!」と思いつつ手をはなした。

 エリシオの後ろ姿を見送ると、ミリアや彼女の侍女たちが温かい視線を向けてくる。

「もしかして、禁断の恋?」

「違います違います。じようだんばかりの困ったバトラーですの」

 背後でガチャッと食器がぶつかる音が聞こえてきて、フレデリカはとても不安になった。

 ぼんぼんだった彼がはじめてのきゆうを買って出てくれたのだ。いまさらただの協力者ですと言える雰囲気でもない。ミリアのきんちようが完全にゆるんでいる。会話を切り出すには好機だ。

(……仕方ないわ)

 フレデリカは気持ちを切りえて表情筋を持ちあげる。

「ではの具体的なお話をさせてもらいますわ」

 手書きのパンフレットをテーブルの上に置く。教会の雰囲気やどんなしようを着るのか、そして今後のスケジュールも書いていた。

けつこん式……? やっぱりこんいんしきとは違うのね」

「そうですわ。よりよい結婚式を行うためには約二時間の打ち合わせを挙式当日までに最低でも三回はやります」

 前世の結婚式では半年から一年ほど時間をかけて準備するが、いまのところフレデリカが手がける結婚式は教会で儀式を行うことに重点を置き、ろうえんは各自で行ってもらうため、短い期間の中で予定が組める。

「そのうちの一回は教会でやるのね」

「ええ。儀式当日の流れをかくにんしますから、できれば婚約者さまのどうはんもお願いします」

「そう……わかったわ」

 気乗りしない返事だった。フレデリカはミリアの様子や侍女の反応をさりげなく観察する。そこにエリシオが戻ってきて、テーブルにティーカップを置いて紅茶を入れてくれる。ふわっといいかおりがただよってきて、味はなかなか美味おいしかった。

 ミリアも紅茶を飲んで一息つくと、パンフレットを指さす。

「それで教会の中はどんなかざりつけをするの?」

「こちらをご覧ください」

 フレデリカはパンフレットをめくる。線画はそこそこ得意だったため、絵をき、雰囲気が伝わりやすいように絵の具でふんわりと色をのせている。

 現在、教会に常備しているのは赤と青のバージンロード用のじゆうたんと、なが用の白い布の飾りだけだ。プリザーブドフラワーやキャンドルホルダーはまだできていないため、お客さま自身に花やランタンを持ちこんでもらうつもりだった。

「理想のイメージは浮かびそうで?」

「そうね、もっと色を足したいんだけど……」

 ミリアの言葉がまる。フレデリカはおちついた声で話しかける。

「どうかされました?」

「その、予算をおさえることはできるかしら? 結婚式をやることは彼や家族も賛成してくれたけど。彼が……ケチ、いや、かなりお金を大切にする人で。こんなことなんかでけんをしたくないの」

 ミリアの結婚が政略結婚であることは、事前にエリシオに調べてもらっていた。結婚式はお金がかかるものだ。予算で喧嘩することはよくある。

(でもミリアさまの婚約者さまは節約しているだけなのよね)

 彼女と二人で住むしきを建てるために、彼はろうしないようにしているのだ。かっこうつけたいのはわかるが、一言ほしいと思うのは女性目線だからだろう。

 ミリアはごうな結婚式をしたい、婚約者は予算を抑えたい。そうほうの考えを受け入れてせつちゆう案を出すのがレディの仕事だ。

 黙っていたのを否定と感じたのか、ミリアの視線がさがる。

「ごめんなさい。とんでもないちやぶりだったわね」

「いいえ。できますわ」

「本当に?」

 彼女はおそるおそる顔をあげる。フレデリカはほほえんでみせた。

「ミリアさまと婚約者さまがお好きな色はなんでしょうか?」

「わたくしはむらさきで、彼は赤だわ」

「わかりました。ではそうしよくに必要な花はお屋敷にあるものを使いましょう。できれば赤い花で統一して、リボンを紫にするのはどうでしょう?」

「素敵だけど、ちょっと色がきつくならないかしら? 彼、シンプルなほうが好きなの」

 自分の好みよりも婚約者の好みを優先しているとは。はじまりが政略結婚だとしても、彼女は彼を愛しているのかもしれない。

こうたくのある白の布や銀色のリボンもいつしよに使えば、ぐっとはなやかになりつつもおちついた雰囲気を演出できますよ」

 ああ、と侍女の感心した声があがる。

「それならミリアおじようさま、今回の婚約のお祝いで頂いた物の中に使えそうな布地がありましたよ」

「そうなの? じゃあそれを使いましょうか。……ところでドレスのことも相談していいかしら? どうしてもラベンダーカラーのものが着たいんだけど、装飾が派手で教会にそぐわない気がして」

「でしたらミリアさま、そのドレスを再度仕立て直して理想のドレスに生まれ変わらせるのはどうでしょう? そうすれば予算を抑えることができますよ」

 するとミリアとじよはその手があったかと顔を見合わせる。この時代にリメイクという考えはあまりなかった。

 その後は会話に花がき、紅茶もどんどん減っていく。エリシオがころいを見計らっておかわりを持ってきてくれた。

「すごいわ! いまから楽しみになってきたわ!」

 ミリアは満足してくれたようだ。楽しそうに声をはずませている。

「失礼します、お嬢さま方。そろそろお時間ですよ」

「あら本当だ」

 エリシオに声をかけられて、ミリアはわれに返る。二時間はあっという間だった。

 フレデリカは心を静めるように一度深呼吸をする。ここからが一番重要な場面だ。

「それではミリアさま、はらいのほうですが」

「確か、前にいただいた手紙の内容だと、見積もりの三割が前払いなのよね?」

「そうですわね。教会の貸しきり料とらい料と持ちこみ料でこれくらいかと」

 フレデリカは先ほどまでの会話の内容をもとに見積もりを出す。

 料金は貴族相手なので高めに設定している。さらに貸しきり料の中には大司教たちの取り分もふくまれていた。

 今後は教会の見学もあり、実際に雰囲気をはだで感じてもらって装飾を増やすなどのオプションも考えたいが、準備をするフレデリカたちにもミリアにも負担がかからないラインきわめなければならない。

 その予算に見合った仕事をするのがプロだ。

「はいどうぞ」

 ミリアはテーブルにぶくろを置く。ジャラッとこうねた。フレデリカとエリシオは顔を見合わせながら、中身を確認する。金貨と銀貨がたんまりと入っていた。

「あの……指定した三割よりも多いような」

 おそるおそるたずねると、ミリアのくちびるを描く。

「それだけわたくしが満足したということよ。もらって」

「!」

 ちらりとエリシオの様子をうかがうと、彼は期待を込めたひとみで小袋をぎようしていた。今後の売りあげもかなり期待できるかもしれない。

 ますます本番を成功させなければと意気込んでいると、ミリアはむなもとで両手を合わせる。

「あなたと出会えてよかったわ。これからもよろしくね、レディ」

「はい、お任せください」

 フレデリカは薔薇ばらがほころぶようなみを見せる。ミリアもつられるようにほほえんだ。

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