視線の先にあるもの

 意外にも、ヘイケの家とやらは教会から近かった。

 その見た目から如何にも、というような高級そうなマンションの角部屋。室内は綺麗に片付いており、ビジネスホテルかな、というようなシンプルで生活感のない部屋。


 クリヤマの情報と言われ、何の躊躇いもなく馬鹿みたいについてきたわたしは、部屋の物珍しさからキョロキョロと見渡していると、ふと目に入る物が。


「あ、猫の写真だ。これ飼っているの?」


 言いながらヘイケを見ると、瞬時に視線を外される。


「あ、ああ、僕の猫だよ。向こうの部屋にいるんだ」


「ふーん」


 無類の猫好きであるわたし。

 ヘイケの猫ということで、一度は興味なさそうに写真を戻し、返事をしたが、すぐに思い直す。


「猫見てみたい」


 ぱっとヘイケを何の気なしに視界へ入れるが、再び視線を外される。そして、動揺したように答えるだけ。


「あ、い、良いよ。こっちにいるよ」


 素直について行き、ヘイケが開けて待機するドアを潜る。

 目線は、合わない……。


「あ、可愛い黒猫ちゃん! 写真より可愛い。なんて名前なの?」


「え、あ、み、みりんだよ。雌猫」


「へー、みりんちゃんか。可愛いー! いくつ?」


「あ、ご、五歳だったかな」


「ふーん」


 黒く艶のある毛並みを撫でる。人懐っこいのか、すり寄って来て大変可愛い。

 しばらくそうやっていると、ヘイケは何を言うこともなく、ただ入口を開けて突っ立っているだけ。


「……あの、ヘイケ?」


「な、なに」やはり、瞬時に逸らす。


 ある疑惑が確信に変わる。


「わたしに何か用? それとも、どこかで会ったことある、とか……見ているよね、なに?」


 見られている。

 教会でもそうだったのか知らないが、視線を合わせるのが苦手な人かと思いきや、わたしが他に注目しているときに、こっちを見ている。

 監視をしているような目つきではないから、実は知り合いで、思い出して欲しいのかと考えてみてもわからない。


「え、あ、あの、えっと――――」


 動揺を見せ、視線が彷徨う。

 これは時間がかかるのかな、と黙って見つめていれば「――――葵ちゃん」と小さく呟いて床を滑るように音もなく近づいてきた。


「な、なに」


 咄嗟に警戒態勢をとるが、ヘイケのが早く、わたしの両手を震える手で握り込んでいた。


「し、深呼吸してください」


「……え、深呼吸?」


「あ、間違えた。あ、あの――――す、好きです」


「す? え、な?」


 近くでヘイケの顔を見れば見る程、とんでもなく整っていると感じる。

 形の良い唇は震え、やっと合わせることのできた切れ長で二重の瞳は、いつまでも見ていたくなるほど美しい。


「結婚しませんか」


「け? は、はあ?」


 冗談とかいう人なのか、と苦笑いをしていれば、ヘイケの両手に力が入る。


「……ど、どう? 僕、お金も結構あるんだ。あの……そうだ、クリヤマよりもあるし、強いよ」


「……え、い、いや、え? 本気?」


「……すきだ」


 初めはひんやりと冷たかったヘイケの両手が、いつの間にかわたしよりも温かさを帯びていて、そしてそれは、彼の表情にも表れていた。

 恍惚とした妙に色気のある顔に、熱を孕んだ瞳で見つめてくる。


「あ、あの」


 怖い。性別の違いなど死を前にすれば、大してないと決めつけて生きてきた今までの人生を反省したい。

 だって、あまりにもヘイケの存在が初めて見る――――男だった。


 今さらながらヘイケの様子に危機感を得たわたしは、距離を取ろうと視線を彷徨わせた時だった。


「僕を見て」


 ヘイケの美しい顔が、迫って来た。


「な――――うぐっ」


 ぐぐぐ、と押されるように、わたしの唇はヘイケのそれと重なっていた。

 

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その殺し屋は初心 あめ かなた @ame_kanata02

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