命を賭けた勝負

文月ヒロ

命を賭けた勝負

「はぁ、はぁ、はぁ……もうすぐだっ!」

 息を切らしながら夜道を駆け抜ける黒髪の少年の名は樫木かしずきリョウタ。

 少年は今、心に怒りの炎を宿らせていた。


 ―――許さない、俺はアイツを許さない!―――


 角を曲がると目当ての場所である教会が見えた。

 古く、歴史を感じさせるその白い建物はこの町のシンボルで、挙式もよく行われている。

 と言っても、都会に立つ建造物にしてはそこまで大きくないのが残念ではある。

 少年は一直線に道を走り、教会へとたどり着いて立ち止まる。

 やっとたどり着いた、と額の汗を拭い呼吸を落ち着かせる。

 

 そして、その両手で勢い良く扉を開いた。

「ふふ……な~んだっ♪もう来たのかい?樫木リョウタ」

「ったりめぇだ!鳥杉とりすぎコウタ」

 教会内で二つの声が響く。

 リョウタは、透明な硝子から薄く伸びる月明かりに照らされている仇敵を睨み付ける。

 金髪碧眼に自分と同じ黒のスーツ姿の少年。

 その少年は、まるで自分を嘲け笑っているかのような態度だ。

 口の右端を釣り上げ笑みを作っている。

 まったく、腹立たしいことこの上ない。


「それで?僕に言いたいことがあって来たんだろう?」

「ああ、そうだな…」

 腰に装備した拳銃を取り出し、構える。

「おいおい、こんな神聖な場所でそれを取り出すのは失礼なんじゃないか?きっと神も、君が愚かだと言っている」

「祭壇に腰掛けてる奴に言われたかねぇよ」

「ふふ、それもそうだね…。で?おおよそ予想はついているつもりではいるんだが、それで僕をどうするつもりだい?」

「決まってるだろ?お前をぶっ殺すんだよ!」

「そうかい、やはりね。覚悟は出来ている。…だが、そう簡単に僕のものを渡しはしないよ?」

 なるほど、相手もそのつもりということか。

 向こうも銃を懐から出して、こちらにゆっくりと向かってきている。

 しかし、それでも少年は自身が引き下がることの愚かしさを熟知していた。


 ――――負けられない――――


 リョウタもその足を進める。

「はっ、笑わせてくれるぜ。彼女は俺のもんだ、お前のじゃねぇ!」

「そうかな?君に愛想をつかせたから彼女は僕の手元にいるとは思わないのか?」

「違うね、お前が強引に彼女を連れ去ったんだ。だから俺はお前を許さない。彼女と触れ合う時を誰よりも愛する者として!」


 リョウタの意思は固い。

 夕方、日もほとんど沈みかけていた時だった。自宅に着くと部屋は荒らされ、彼女はいなくなっていた。

 一瞬頭が真っ白になった。

 家に帰ればいつもその白い肌で自分を癒してくれる存在がいなくなったのだ。

 許せなかった、こんなにも愛している彼女を奪われたのだから当然だ。

 いつものように、今日もまた風呂上がりのまだ火照った体に、彼女を優しく抱き寄せ愛を語り合う。

 それが少年の日課だった。

 両者ともに歩く足を速める、愛故に。

「僕だって愛しているさ。だからこそ君から奪った。もちろん彼女はそれを受け入れた。どうだい、今の気持ちは?」

「ああ最悪だ。ぜってぇ取り返して見せる!」

「出来るものならやってみろ、返り討ちにしてやるよ」


 二十メートル、十メートル、とその距離を縮めて行く。

「負けられねぇ」

「それはこちらの台詞だ」

 互いに銃口を額に向けあい、殺気をぶつけ合う。

 渡さない。

 そのためならば、命だって賭けようではないか。

「返してもらうぜ、俺のバニラアイスちゃんを!」

「いいや、僕のバニラちゃんは渡さない!」

 夜のお菓子を取り合うためだけの命懸けの戦いが今、始まる!


「「勝負だ!」」

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