第4話 (最終話)
父の畑の作業が終わった後、「うちの畑に実っている野菜を収穫してみませんか」と犬養くんに誘われた私たちは、喜んでその誘いを受けた。
犬養くんは以前――というか昨日のことだ――「家庭菜園規模」と言っていたけれど・・犬養くん一家が所有している畑は、貸農園の全畑と同じくらいの広さがある。
それだけ育てている野菜の種類も多く、季節ごとに収穫する野菜もバラエティに富んでいるということだ。
父のように、自分が借りている畑での仕事を終えた人たちが、一人、また一人と犬養一家の畑にやってきては、私たちのように、収穫作業を手伝い始めた。
「これは犬養農園の恒例行事なんですよ」と、屈託のない笑顔で教えてくれたのは、犬養くんの実兄で、犬養農園の経営者の一人でもある、
「借主さんたちに収穫を手伝ってもらったお礼として、野菜を持って帰ってもらうんです。時々ここでバーベキューもしますが・・今の時季は収穫より植えつけに適してるので、収穫できる野菜は少なめだから。いくら家族の人口が多くても、これだけの野菜を消費することはできません。かと言って業者に卸すには少なすぎる。あぁでも、この近くにある“アットホーム”という名のレストランには少し卸してますが。“アットホーム”はオーガニックの野菜や肉を使ってるんです」
「じゃあこの畑は無農薬なんですか?」
「一部ね。でも全体的に農薬はほとんど使ってません。だからいろんなお客さんがやって来るんですよ。ほら」
健さんが指で示した先には、鮮やかな緑色の葉についているてんとう虫がいた。
「わぁ。カワイイ訪問者ですね」と私が言ったとき、ちょうど犬養くんがそこについていたてんとう虫を彼自身の指に乗せて、そっと飛ばすことで逃がしてあげていた。
ガタイいいのに、指先の動きは繊細というギャップに、犬養くんの優しさを感じて。
また一つ、犬養くんの好きな所を発見できた喜びに、私は束の間浸った。
「てんとう虫は大丈夫なんですね、町田さん」
「うん。だって、てんとう虫って“ラッキーの象徴”って言うじゃない?あーでも大群で押し寄せられると、さすがに私もギャーって叫んで引いちゃうだろうなぁ」
「ハハッ。てんとう虫は大群で来ないから安心してください」
「良かったぁ」
私は大げさに安堵した後、好奇心から健さんに「あの野菜は何ですか?」と聞いてみた。
「“あしたば”です。漢字だと“明日”の“葉”と書きます。成長力の強い、せり科の植物で、今日葉を摘んでも明日にはもう新しい葉が出ていることから、この名前がつけられたそうです」
「へぇ。なんか・・苦そう」
「そうですね。少しクセのある味がします。油との相性がいいから、天ぷらにしたら食べやすいです。あと明日葉は、青汁の原料によく使われてますよ」
「そうなんだ。やっぱり、って感じ」
「ハハッ」
健さんは、弟の犬養くんより、ちょっとずんぐりした体型で、背も犬養くんより5・6センチは低い(でも私より高い)。
屈託のない笑顔になると、顔立ちが犬養くんに似てると思うけど、結婚しているせいか、33歳という、私よりも1つ年下の実年齢よりも、オジサンじみてるというか・・。
「男性」よりも、「父親」色が濃いって感じがする。それも「子煩悩な父親」って感じが強い。
「持って帰っていいですよ。明日葉」
「うーん、どうしよ・・」と躊躇する私を助けるように、「じゃあ俺持って帰る」と犬養くんが言ってくれた。
「さっき兄貴がいったように、天ぷらにしたら食べやすいから。今度俺が作ってあげます」
「・・・え?」
「おいおい
「ホン・・トにいいの?犬養くん」
「はい。こう見えて俺、料理できますから」
「じゃぁ、お言葉に甘えて・・いいかな」
「いいですよ。思う存分、甘えてください」
彼の笑顔は、「俺に任せて!」と言ってるようで、とても頼もしく見えた―――。
それから30分もしないうちに、収穫した野菜を、今日はバーベキューの要領でグリルすることになった。
健さんがさっき言っていたように、収穫できた野菜の量と種類は「少なかった」“らしい”けど、野菜作り初心者の私から見たら、結構な量だと思わずにはいられない・・。
これが「秋の収穫時」だと、もっともっと「大漁!」ってことになるんだよね。
ホント、自然の恵みは偉大。
そして、自然のサイクルって・・よくできてる。
こういう形でも「生態」の勉強になるんだなぁ・・。
私は、「自然と共に生きることと、そのありがたみ」を実感しながら、全身全霊で感激していた。
健さんの奥さんの
でもつわりがひどく、「食べ物の匂いを嗅ぐだけで吐いてる」状態なので、「今は一日中寝ているのがあいつの仕事」だと、健さんが説明してくれた。
だから愚妻とののしってるわけではなく、その逆で、奥さんの体調を一番心配しながら、奥さんのおなかの中で今、育っている赤ちゃんのことも気にかけているのが分かる。
やっぱり。私が思ったとおり、健さんは子煩悩な父親であり、同時に奥さんのことを愛している、優しい旦那さんだ。
犬養くんも、そういう父親で、旦那さんになる。そんな気がする・・・。
私は一人勝手に頭の中でイメージを膨らませながら、ピーマンや玉ねぎを切る手伝いをすることで、他の畑の借主さんたちとも仲良くなった。
父に至っては、まるで「長年の友」「仲間」のような親しみを、みなさんに感じているようだ。
野菜作りや畑仕事だけでなく、犬養農園という場所そのものが、父には合っているみたい。良かった――。
と思っているところに、犬養くんが私の隣にやってきた。
緊張する!
でも・・それ以上に嬉しくて・・・リラックスしてる私がいる。
「町田さんは、今まで畑仕事したことないんですよね」
「うん、ないよ。幼稚園の頃、芋ほりをしたことならあるけどね。本格的に土いじりをしたのはそのとき以来じゃないかなぁ・・・でも。土いじりと野菜作りがこんなに楽しいものだとは思わなかった。ていうか、忘れてたのかもしれないね。こういう・・なんて言ったらいいのかな、“楽しい”の先にある“ありがたい”気持ちになれるってことを。犬養くんも土いじりしてて、そういう風に思うことある?」
「ありますよ。野菜作りは天気と自然が相手です。だから無心になれる・・あ、俺にとって“楽しい”の先にあるのは、町田さんと同じく、感謝の気持ちと、あとは無心になれることで・・上手く言えないんですけど、無心でありながら夢中にもなれて。だから無心になれることにも感謝してるんです。だから、土いじったり野菜作ることはぶっちゃけ俺・・・好きなんです」
「分かる分かる!犬養くんの表情とか、野菜や土を触るところを見てたら、本気度が十分伝わってくるもん」
・・・まさか、犬養くんにありったけの愛情を向けられた野菜たちが羨ましいとまでは・・・言えない。
あぁ。私って、何て器の小さい女なの!
「・・・あの。町田さん」
「へっ?なに?犬養くん」
「引きませんか」
「はい?何、が・・」
「いやぁ俺・・やっぱり野菜作りは止められないから。ていうか、野菜作る俺も、俺の一部っていうか・・」
「そうだよね。うん。それでいいじゃない。てか、何でそれじゃあダメなの?」
「・・あ・・・・・・」
え!?犬養くんはなんでそんなに・・・驚いた顔、してるんだろ・・・。
この日、父と私は犬養一家の畑で穫れた野菜を、「手伝ってくれたお礼に」とおすそ分けしてもらった。
「ほんの少しですみません」と恐縮されながら言われたけれど・・なかなかどうして、ほんの数時間前にグリルまでして消費したというのに、私一人で消費するには十分過ぎるほどの量だ。
「少量で多品種の野菜を季節ごとに収穫する方が家庭菜園向き」だと犬養くんが言っていたことに、納得。
この、もらった野菜の写真掲載と、犬養農園のこと――父が畑を借りたことと、父が借りた畑の写真を掲載すること――を、犬養農園側に快く承諾をもらった私は、暮らしに潤いと、心に余裕を持つためにも、自然に触れ合うこと。そのために週末だけでも畑仕事をしてみてはどうでしょうかという記事を、ウェブサイトに書いた。
因みに、父の畑仕事を手伝った初日の帰り。
私は犬養くんから「町田さんの番号、教えてください」と言われた。
「え?番号?私の・・?」
「お願いします」
「あっうん!もちろん!」
あぁもう私!嬉しくて舞い上がりそうなんですけどーっ!
「明日葉の天ぷら、ホントに食べたい?ですか」
「うん。食べてみたい」
「分かりました。じゃあまずは、ごはん食べに行きましょう」
「・・・え?」
「あぁほら!だって、町田さんの食の好みって、俺、まだよく分かんねぇし」
「ああぁ・・私、別に嫌いな食べ物ってない、けどあ!苦いのはちょっとダメ・・かな」
「じゃ、無難にイタリアンにしましょう」
「あ・・うん。お任せ、します」
もうこの時の私は、嬉し過ぎて卒倒しそうになっていた―――。
ごはんを食べに(もちろん二人で!)イタリアンレストランへ行ったのは、それから数日後のこと。
そのとき犬養くんが、何故あのとき、そんなに驚いた顔をしていたのか、話してくれた。
「・・・それが結局、彼女との決定的な別れになったんです」
「そっか・・」
前つき合っていた彼女(やっぱり彼女がいたんだ・・)は、「私は自然派」だと言いつつ、「汚れること」や「爪に土が入り込むのが嫌い」で、野菜作りや畑仕事が嫌い、そして、犬養農園の手伝いに行く犬養くんのことも嫌がっていたそうだ。
家にある観葉植物や、犬養くんがプレゼントした花も、水替えなどしようともせず、結局枯らしてしまっていた・・というのは余談だけど。
だから犬養くんの元彼女は、犬養くんが野菜作りが好きだという彼の一部を、受け入れられなかった。
「俺、自分から好きになって、俺からつき合ってって言った
「それで俺、ふっ切れたんです。カノジョ・・じゃない、元彼女のこと。ぶっちゃけ、別れたのは半月前なんですけど」
「え!それは随分・・最近の話じゃない。未練があってもしょうがないよ」
ってちょっと私!なんで元彼女の肩持つようなこと言ってんのよ!
犬養くんへの慰めの言葉にもなってなくない?
私は自分にダメだと言うように、軽く頭を左右にふると「で・・犬養くんは、どうしたいの・・かな」と、恐る恐る聞いてみた。
「やっぱり、彼女と復縁したいとか・・」
「は?全然。野菜作りする俺のことが恥ずかしいって言うような女とは所詮合わないんだって分かったから。万が一復縁したとしても、長続きしないでしょう」
「あぁ、そうよねっ」
「町田さん、俺とつき合ってください」
「・・・・・・え。わ、わたし、と・・・?」
口をポカーンと開けて、ただ犬養くんを見ている私に、彼は真剣な顔で、私を見てくれていた。
「年下の男じゃ頼りにならないですか」
「え!そんなこと、全然思ってないよ。それに・・犬養くんは、その・・私より年下だけど、たった3つだし。それに、た、頼りになるなぁって・・野菜作りのときの姿見たとき、特に思っちゃったりして・・・」
「彼女と別れたばっかで、もう別の
「犬養くん・・・」
・・・そうだよ。
誰かを好きになることは、本当にある日突然やってくる。
誰かに恋をするのに理由はなくて。
今まで普通に接していた人が言ってくれたことに対して心が反応して、そこからその人のことを、特別に意識し始める。
それが、恋の始まりなんだよね?
「でも俺、もう町田さんのことを好きになってるって自覚はある。本当に。その気持ちをもっと育てたいって気持ちも、町田さんのことをもっと知りたいって意欲もある。だから」
「・・・私も。犬養くんのことが好き、なんだよ。だから・・・やっと・・・」
・・・ダメ。ちゃんと言いたい。
「好き」って気持ちを伝えたいのに。
嬉し過ぎて、涙が、止まらない・・・。
俯いて泣き出してしまった私の席まで、わざわざ犬養くんは来てくれて。
そして、そっと抱きしめてくれた。
あったかい。やっぱり、彼は頼りになる・・・。
「やっと、想いが届いた」
その翌日。
私は犬養くんが一人暮らしをしているマンションにお邪魔して、彼が作ってくれた明日葉の天ぷらと、鶏のから揚げをごちそうになった。
彼が自分で言ってたとおり料理上手だ。そこも彼を好きな所の一つになった。
でも、サラダや煮込み料理は私の方が上手だということが分かったのは、犬養くんと同棲を始めてからのこと。
同棲を始めたのは、私たちがおつき合いを始めて、なんと1週間後のことだ。
目まぐるしいスピードの速さに身を任せていいのだろうかと思う時がある。
こんな恋愛の展開って、正直言って生まれて初めてだし・・。
でも。と思いながら、私は隣ですやすや寝ている剛くんを起こさないよう、そっと彼の寝顔を見た。
やっぱり私は、剛くんのことが・・・好き。
剛くんと一緒にいるだけで、「好き」って気持ちがどんどん溢れてきて・・それが「愛」に変換されてる。
そんな恋愛、生まれて初めて。
そしてたった3つでも、年下の男性と恋愛するのは、私にとっても初体験。
だから、剛くんとの・・エッチは正直・・・・・・。
一晩で2回のときもあるし・・・。
1週間で平均3回とか・・・。
しかも毎回、必ず、私、イかされて・・・もちろん、剛くんも必ずイってるけど!
たった3つの年齢差に、ここまで体力・・いや、精力の違いがあるの!?と、ここはもう、ただ驚くしかない。
何事も経験。
そして何事にも「初めて」はつきもの。
剛くんと一緒なら、私は色んな「初めて」をドキドキ、ワクワクしながら体験できる。
私は、ベッドに寝たまま左手をそっと上に掲げ、ついさっき、薬指にはめてもらったばかりの指輪を、ニヤニヤしながら見た。
「・・ん・・どした、
「あ。ごめん。起こしちゃった?」
「うぅん。今起きた・・。気に入った?それ」
「うん。キレイ。キラキラして・・・」
「指輪より、美直ちゃんの方がキレイだ」
「ん・・・っ!」
だから、不意打ちキスはしないの!って・・・・ま、いいか。
「・・・やっぱ俺たち、すげー合う。気も、相性も。こんな身近に運命の相手がいたのに、なんで俺、気づかなかったんだろ」
「や、やだな、もう・・・。たぶん、だけど。気づくのも時期があるんだよ。うまく言えないけど、その時が来たから、私たち、こうやってくっついたんだと思う」
「上手いこと言うなぁ、俺の彼女は」
「ご褒美くださーい」と言いながらすり寄った私の唇に、剛くんはキスのご褒美をしてくれた。
「・・剛くんってさ、好きだよね。キス」
「いーや。俺、美直ちゃんが好きなんだ」
「・・ぁ・・そぅ・・」
「俺、美直と一緒にいると自然体でいられる。構えなくていいっていうか・・美直に気を使ってないって意味じゃなくて」
「うん。分かるよ。私もそうだから。実を言うと私、年下の男性を好きになってつき合うことになるとか、自分が野菜作りに目覚めるとか――これは週末だけ、だけど――ホント、思ってもみなかった。予想すらしてなかった。でも・・・実際その世界に飛び込んでみないと分からないよね。“合わない”って思い込んでいたのは、“知らなかった”からだって、少しずつ知るたびに、そう思えるようになった」
「で?俺たち、合ってるよな?」
「もっちろん!私、剛くんと一緒にいるだけで、怖いくらいに超幸せだもん」
「すげーなそれ。じゃあこれからも、いや、ずっと。一生。俺と一緒に暮らして。俺と一緒に幸せでいてください」
「またプロポーズ?」
「毎日結婚しよう!」
「・・ありがと、剛くん。愛してる」
ミスマッチな恋だと思い込んでいたのに。
私は、パーフェクトマッチな相手を見つけた。
あとは、剛くんと愛を育むだけ―――。
ミス・マッチ!? 完
ミス・マッチ?! 桜木エレナ @kisaragifumi
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