十二 別霊

十二 別霊

 あの後、すぐに警察と救急に連絡して谷底の両親を救出に行ったが、もうすでにわかっていた通り、とっくに事切れた後だった……。


 無論、見つかったのは二人だけで、どこにも少女の遺体が見当たらなかったことは言うまでもないだろう。


 それから地元警察――今度は初めから所轄と県警の事情聴取を受けた俺は、過去に犯した自分の罪も、ひなたの幽霊のことも、包み隠さずすべてを話した。


 やはり、ひなたの霊のことは信じてもらえない…というか取り上げてもらえなかったが、これにより、平穏を願う伊那谷巡査達の望みに反して、今回の一件は不幸な事故ではなく、ひなたの両親による連続過失致死および連続殺人、並びに俺への殺人未遂事件として警察の認識するところとなった。


 ちなみにペンションのオーナーである岡谷魁・瑠香夫妻は、いらぬことを話さぬようひなたの両親に口止めされていただけで、彼らの凶行のことも知らなかったし、事件そのものには無関係だった。


 まあ、あれだけ周りで不審な死が続いたのだから、なんとなく気づいていたのかもしれないのだけれど……。


 さて、このセンセーショナルな事件の話題に、それまで静かだった山奥の湖畔の村が、一転、騒然となったのは自然の流れである。


 翌日には警察関係者がたくさんやって来て、連日、マスコミや野次馬も押しかけての大騒ぎだ。


 閑静な湖畔の別荘地で避暑を楽しむような雰囲気は一気に消し飛び、当然、あのペンションや喫茶おもひで、診療所や小学校、その他、事件現場となった裏山や森、橋や湖畔にいたるまで、村のあちらこちらに大勢の人々が溢れ返り、あの長閑で趣ある風景の広がっていた村も、一大観光地かよ? とツッコミを入れたくなってしまうような、なんとも無粋な景色になってしまった。


 あの〝事なかれ主義〟の伊那谷巡査と佐久平巡査の二人は、それは頭を抱えて嘆いていることだろう。


 もっとも、もうしばらくして時間が経てば、彼らの望み通り、すぐに忘れ去られてもとの静けさを取り戻すのだろうが……。


 一方、そうして外野が騒いでいる間に、遺体が戻って来たあずさ、幸信、美鈴、ほたるの合同葬儀が村の葬祭センターで執り行われ、それに参列した俺は、この騒がしくなった村をようやくにして後にすることにした。


 俺のことを突き止め、マスコミがやって来るのもそう遠くないだろう……その前に、早くここから立ち去らねば……。


 もう、俺の過去に犯した罪を隠すつもりもないが、何も知らない赤の他人にあれこれ言われる筋合いはない……それに、今回のことは俺達当事者以外には正確に理解することができないだろう……。


 多くのマスコミが用を終えて帰った昼近く、野次馬で来た一般宿泊客を装い、一週間余りもお世話になったあの思い出深いペンションを後にする。


 玉川夫妻の凶行を知らなかったとはいえ、間接的に関わっていたオーナー夫婦はとても申し訳なさそうに謝っていたが、迷惑かけたのはむしろこちらの方である。


 逆に俺の方が申し訳ない。あの二人はどこまでも善良な人間だったのだ。


 ま、でも、謝罪に宿泊費を棒引きにしてくれたのはほんと大変申し訳ないのだけれど、そこはありがたくお受けすることにした。


 ふと気づけば、貧乏学生にはとてもキツイ金額になってしまっている……それを思うと、本当に当初の予定に反して、ずいぶんとこの村に長居をしてしまったものである。


 ペンションを出た俺は、見慣れた湖畔の道を歩いて、バス停のあるあの広場へと6日ぶりに向かった。


 ここで路線バスを降り、幸信の車で真人の家へ向かったのが、なんだかものすごく昔のことのように感じる……。


「……そういえば、このベンチであいつを見かけたのが、そもそもの始まりだったな……」


 俺は、朽ちかけた木造の覆い屋の中にある、塗装の剥げた赤いベンチにひなたの姿を思い出しながら座る。


 そのままぼうっと、以前に比べて野次馬達で繁盛している土産物屋やスーパーの様子を眺めていると、ブロロロ…と相も変わらず調子の悪いエンジン音を響かせて、オンボロな路線バスがやって来た。


 ベンチから立ち上がった俺は、一度ぐるっと回ってこの村の景色を見納めると、少し淋しいような思いを残しながらバスに乗り込む。


 マスコミや野次馬達は自動車で来ているため、住民が使うだけのバスの中は変わらずガランとしていた。


 選びたい放題の席の中、俺が前方窓辺の席に腰を下ろすと、またバスはブロロロ…とオンボロな音を響かせ、下の町へ向けてゆっくりと走り出した。


「………………」


 ぐるっと広場のロータリーを周るバスの車窓から外を眺め、俺はあの夜のことをなんとなく思い起こす……。


 あの時、ひなたはどうして両親の手を引き、崖の方へ走って行ったのだろうか?


 ……俺を助けるためだったのか? あるいは罪を犯した両親に待つ、過酷な未来を思ってのことだったのか……それとも、ひなたはああしてずっと両親と……。


 ま、今さら考えたって無意味なことだな……そうだ。今度、ひなたの墓参りに行った時に、直接あいつに訊いてみよう。


 あいつの家も東京なら、訪れるのはこの村なんかよりずいぶんと容易なはずだ。拒まれるかもしれないけど、両親の葬式にも顔を出して、改めていろいろ話したいこともあるしな……。


「…………!?」


 と、その時、徐々に遠ざかるあのバス停のベンチの前に、俺は思わぬものを見かけた。


「まさか……」


 瞬間、俺は腰を浮かせてガラス窓にへばりつき、遠目にそこに見たものを凝視する。


 それは、覆い屋の前をはしゃぎながら駆けて行く、白いワンピースに麦わら帽子の少女と、それを追う5人のこども達の姿だった。


 その追いかける男子二人と女子三人にもなんだか見憶えがある……その顔立ちや服装は、朧げながら記憶に残る、こどもの頃のあいつらのそれに似ている。


 鬼ごっこでもしているのか? 全員とても楽しそうで、浮かれ騒ぐ声がここまで聞こえてきそうだ……。


 もっとよく見ていたかったが、広場を出たバスは山道を駆け下り始め、すぐにそれは見えなくなってしまう。


「……そっか。あいつら向こうで、ひなたと楽しくやってるみたいだな……」


 俺は見えなくなった広場の景色にそう呟き、ちょっと羨ましい思いを抱きながら窓から顔を離して前に向き直る。


 もしかしたらシラコのウワサも、「遊び相手にするためにあの世へ連れて行ってしまう」というところは案外、本当だったのかもしれない……。


 そして、脳裏に残るこどもらの姿にそんなことを考えると、俺は独りクスリ…と笑って、この思い出深い村に別れを告げた。


                    (シラコ 了)



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シラコ 平中なごん @HiranakaNagon

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