おわり

 ケンタウロスを打ち倒してから一夜が明けた翌日のこと。

 休日ということもあり、昼過ぎまで寝ていた勇理が遅めの昼食をとっていると、来訪者を告げる玄関のチャイムがピンポンと鳴った。


「はーい」

 有希がリビングのソファーから立ち上がり、パタパタと玄関へ向かっていく。しばらくすると有希は戻ってきて、


「勇理君にお客さんよ。日之影さんっていう男の人」

 リビングの入り口から顔を覗かせて言った。


「ん、日之影? なんであいつが……」

 勇理は疑問に思いながらもイスから立ち上がり、直輝の待つ玄関に向かった。


「――よう。どうしたんだよ急に」

「……前に約束しただろう。俺の知っていることを全て話すと。時間はあるか?」

 直輝がそう答えると、勇理は思いだしたような素振りを見せて、


「じゃあ、外で頼む。ここだとちょっとな……」

 有希や光博に聞こえないよう小さな声で言った。そうすると直輝は、


「分かった。話は外でしよう。だがその前に椎葉、お前の家族に線香を上げたいんだがいいか?」

「ん、ああ。それなら別にいいぞ。んじゃ、上がって俺についてきてくれ」

 勇理は快諾し、仏壇の置いてある部屋へとゆっくり歩いていく。直輝は靴を脱いでその後についていった。


 仏壇の置いてある部屋は美郷家唯一の和室だった。仏壇には亡くなった椎葉家3人の写真と位牌が置かれていた。

 直輝は仏壇の前に正座し、線香に火をつける。それから手を振って線香の火を消し、線香立てにそっと立てた。

 そして目を閉じて礼拝した。


 地下都市には墓がないため、住民は自宅にミニチュア版の墓や仏壇を設置したり、棚や机など墓の代わりを為す物を置いたりしていた。遺灰については各々の判断で、処分業者に頼む人もいれば、自宅に持ち帰る人もいた。


「……よし」

 直輝は少し長めの礼拝を終わらせると立ち上がり、


「外に行くぞ」

 後ろで待っていた勇理に言った。勇理は頷いて部屋から出ていき、直輝もその後についていった。


 2人は家から出ると少し歩いて、近くの公園までやってきた。そこでは小学校低学年と思われる数人の子供たちが楽しげに遊んでおり、勇理たちはその子供たちから少し離れた静かな場所にあるベンチ前で立ち止まった。


「ここなら大丈夫だな。……じゃあ話してくれ。あんたが知ってることを」

 辺りを確認した勇理はベンチに腰を下ろし、直輝に催促した。

 直輝はベンチに座ることなく、立ったままで静かに話を始めた。


「……2年前のあの日、俺は自衛隊とともに遠征していた。20体の司令個体とその周りを討伐するためにな。順調に殲滅していく中で、俺は管制室からの命を受け、負傷した自衛隊員たちを連れて先導しながら一時帰還した」

 そこまで言うと直輝は顔をしかめて悔いるような顔つきになる。


「……だが俺は気づかなかった。帰還途中で奴……ケンタウロスが紛れ込んだことに。その時の奴は自衛隊機そっくりに擬態していた。そしてまんまと射出リフトから内部に潜入した奴は壁を幾重にも突き破って、中央エレベーター帯から下の階層……大規模農園に下りた」

「…………」

 初めて聞く事実に勇理は衝撃を受けるが、直輝に殴りかかったり、掴みかかったりはせず、ただじっと耳を傾けていた。


「そこから先はお前も知っていると思うが、奴は擬態を解いて人々を襲い始めた。俺たちが駆けつけた頃には、すでに辺りは血の海。奴は俺たちの姿を見ると、侵入経路を辿るようにして一目散に逃げ始めた。俺たちはその後を追ったが」

「逃げられたんだろ」

「……そうだ。だが正確に言えば、故意的に逃がした。場所があまりに悪くて、応戦することが難しかったからだ」

 勇理に口を挟まれながらも直輝は話を続ける。


「奴を逃がした後、俺は救助隊に加わり、人々を救助していきながら奴が大規模農園に何かを残した可能性を潰していった。……その中で、木陰に隠れていた日向と、気絶して倒れていた椎葉、お前を保護した。……これが俺の知る、あの日の全てだ」

 直輝は話を終えると、唐突に頭を下げて謝罪を切り出した。


「すまなかった。お前が家族を失ったのは俺のせいだ。謝って許されるようなことではないと十分に承知している。だから俺はお前の望む責任の取り方をしよう。何でも好きに言え。グリードに食われろと言われれば食われに、この場で死ねと言われればこの場で死のう」

「…………」

 勇理は深く頭を下げる直輝を見たまま何も答えない。その表情は何かを考えているように見えた。直輝に与える罰のことでも考えているのだろうか。


 2人の間には重苦しい空気と沈黙の時が流れ、それはしばらく続くことになった。


「……顔を上げてくれ」

 ついに勇理が沈黙を破るように口を開いた。その言葉を聞いた直輝はゆっくりと顔を上げる。


「いまさらあんたをどうこうしたって、俺の家族は帰ってこない。それにな……」

 勇理は話の途中で言葉を切り、一呼吸置いてから、


「俺の復讐は……もう終わったんだよ」

 心哀しげにそう言った。


「……ッ」

「だからあんたは、グリードに食われなくても、この場で死ななくてもいい。その代わり俺をもっと強くしてくれ。もう誰も死なないで済むくらいに」

 勇理は自分をじっと見ている直輝に対して、力感みなぎる口調で頼んだ。そうすると直輝は今までずっと閉じていた口を開く。


「……復讐が終わったら、諸塚を殴りに行って、弟を解放させるんじゃなかったのか」

「それはしばらくお休みだ。色々と考えたり、ブレイヴに聞いてみたりして、悩んだんだけどな。……それに、もう1人の弟みたいなヤツも放っておけねえし」

 勇理は弟に言い聞かせるようにして答え、最後は茶化すように笑って言った。直輝は勇理の言うもう1人の弟が誰か分かったらしく、顔をわずかに綻ばせる。


「……そうか。なら、明日から死ぬほど鍛え上げてやる。覚悟しておけよ」

 直輝は挑発するように言った。そうすると勇理は一気に立ち上がり、


「おうッ! 望むところだッ!」

 直輝の眼前に拳を突きだして力強く返事をした。


 その後、直輝と別れた勇理は特にやることもなかったため、軽く一汗でも流そうとリバース内にあるトレーニングルームへ向かった。中に入り辺りを見回すと、


「……ん」

 端のベンチに座っている麗を見つけた。麗は首にタオルをかけたスポーツウェア姿で水分補給をしていた。


「うーっす。あんたも来てたのか」

 勇理は麗の元に向かい、軽く手を上げて挨拶した。麗は勇理の姿に気づき、


「……見れば分かるでしょ」

 面倒な奴が来たと言わんばかりの顏で言葉を返した。


「相変わらず愛想がねえな……」

 勇理はハァと息をついて、麗の隣に腰を下ろし、


「……なあ、あんたは日之影からもう話は聞いたのか」

 恐る恐るそう聞いた。


「ええ、聞いたわよ全部」

「……それで、どう思った?」

「怒ったわよ。今まで黙ってたことに対してね。彼のミスについてはもう許したわ。前々から色々と助けてもらってるし」

「……そうか」

 麗の返答を聞いた勇理はほっと安堵した表情になった。


「それに……あとから管制室の人に聞かされた話だと、あの時はまだ正式なリベリオン機が1機しかなくて彼は酷使され続けていたそうよ。不眠不休でね。それならミスが出てしまっても、当然よね」

「…………」

 麗から聞かされた事実に目を丸くした勇理はあいつもあいつで大変だったんだなと心から同情した。


「でも私は、彼にちゃんと責任を取ってもらうことにしたわ。決まりをつけるためにね」

 その言葉に勇理はごくりと唾を飲む。すると麗は突然くすくすと笑いだし、


「忘年会の時に一発芸でもしてねって言っておいたわ」

 と、お茶目に言った。その発言にポカンとする勇理。数秒ほどして正気を取り戻すと、


「ぷっ、なんだそりゃ」

 思わず噴きだした。どうやら直輝が一発芸するところを想像してしまったらしい。


「面白そうでしょ。だからそれを見るためにも……」

 麗はそこまで言うと深呼吸のようにゆっくりと息を吸い、


「絶対に、死なないでね」

 勇理の目を真っ直ぐと見て言った。その麗の瞳には前よりも色と輝きが少しだけ戻っていた。勇理はそんな瞳を見つめ返しながら、


「――ッ」

 不意に麗の頭に手を載せてくしゃくしゃに撫でた。それに驚いた様子の麗はやめさせようと顔を上げる。

勇理は再び目が合った麗に、


「言われなくても死んでやらねえよ」


 そう言って、にっこり笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

邂逅のリベリオン 砂糖かえで @MapleSyrupEX

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ