第三十三話
前方で再生中のケンタウロスに向かって突き進む。すでに失った上半身と右前足は再生済みだが、直輝の足元に落ちている弓の複製に手こずっているようだ。直輝はそれを知ってか知らずか足元の弓を拾い上げて、地面に刺した自分の武器に重ね、
「――ッ」
形状変化を行なった。弓は刀身をコーティングするようにして形状を変えていく。それは瞬く間に終わり、直輝はケンタウロスの元に急いだ。
素早くケンタウロスの懐へ入った勇理は、
「――ラァァァッ!」
体の回転を使って思いっきり斬り上げた。刀身は鋭い牙ごと大きな口を斬り裂いて通過し、空へ出た次の瞬間、振り上げた状態から今度は槍のように突きだした。向かう先は大きな口の中。ケンタウロスは急いで口を閉じるが、その手は止まらない。
「閉じてんじゃねェッ!」
勇理の刃が頑丈な牙の壁をこじ開けるように貫いていき、喉元に突き刺さった。そこで勇理は突き刺したロングソードを一気に引き抜き、穴の開いた部位に両手を突っ込むと、
「ガアアアアアアアアア―――――ッ! !」
あろうことか無理やり口を開こうとし始めた。歯を食いしばりながら左足も使い、力の限りを尽くす。やがて限界を超えたため神経に負担がかかり、勇理の全身に針で強く刺されたような激痛が走る。それでも彼はやめようとしない。
直輝はそれ横目に通り過ぎ、ケンタウロスの左後足へ片手で鋭い一撃を放った。
手には痺れと重い感触。後足はコア付近並みに硬く、刃を通さんと激しく拒むが、
「――ッ! !」
直輝は全身の力を使って振り切った。次の刹那、直輝は半回転して踏み込み、残った後足を横に斬り裂いた。その瞬間、ケンタウロスは両後足の支えを失って後ろに倒れ、臀部が地面と口づけをした。それと同時に、
「散々食らってきたテメェの口……ッ」
勇理が大きな口をこじ開けて、さらに腕を伸ばし左足に力を入れ、
「――俺が……ッ、引き裂いてやるッ! !」
大きく引き裂いた。ブチブチと肉の断たれる音が鳴り響きながらドミノ倒しのように裂けていき、下顎が外れて何とも情けない姿となった。そうするとケンタウロスは弓の複製をやめて細い槍状にし、ブレイヴの顏めがけて突きだした。
「――ッ!」
勇理はとっさに顔を逸らして避けるが、それはブレイヴの右肩に深々と突き刺さった。その瞬間、
「――ッ! !」
今だ、と麗は運命の第三射を放った。ライトニングから射出されたレーザーは目で追うことができない速度で一直線に向かい、寸分の狂いもなくケンタウロスのコアを貫いた、
「――なッ」
かに見えたが、当たる直前でコア自体がわずかに動き、即死を回避した。
仕留められなかったことで麗の顔は驚愕の表情となる。だが、ケンタウロスにとってその一発は取り返しのつかない大きな痛手となった。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――ッ! !」
ケンタウロスは甲高い叫び声を上げながら体の形状を強引に変えて勇理たちから逃れる。そして不完全な状態で逃走を始めた。
過去に致命傷を負ったことはなく、ここまで追い込まれたこともない。ケンタウロスは今まで人間を格下、自分に知と活力を提供するだけの生き物と認識していた。だがその認識は麗の第二射で覆り、第三射で完全に改められた。
模した名と外見に反して無様な姿を晒しながら、ケンタウロスは本能的にただ逃げ続ける。いや、もはやその姿はケンタウロスと呼ぶには相応しくない。出来損ないの馬と呼んだほうがいいだろう。そうして出来損ないの馬が長期再生のため必死に逃げていると、
「――おい、どこに行くつもりだ」
前方に先回りした勇理が現れた。右肩には槍状の弓が刺さったままだ。
出来損ないの馬は無視しようと右に進行方向を変えるが勇理は回り込む。後ろへ逃げようにも、その先には片手で武器を構え、殺気を放つ直輝がいた。
出来損ないの馬はコアに詰め込まれた数々の記憶や知識を元に考える。この状況から安全に逃れる術を。だが、答えは見つからない。しかし今は早急に答えを出さなければならない状況なのだ。いつ危険な人間どもに襲われてもおかしくない。
そうして必死に考えた結果、答えを導きだした出来損ないの馬は、勇理のほうへ一歩を踏みだした。勇理はその行為の意図に気づいて、
「……いいぜ、かかってこいよ」
と、静かに言い放ち、右肩に刺さった槍状の弓を引き抜いた。そして、
「――ッ! !」
その弓を自分の武器に重ね、『形状変化』させた。直輝の時と同じように武器の表面をコーティングしていき、刃こぼれも直していく。丁度その時、出来損ないの馬が大きく踏み込んで飛びだした。不完全な後足を引きずりながら、勇理の元へ突っ走っていく。
「…………」
前方から巨体が迫りくる中、形状変化を完了させた勇理は居合をするような体勢になり、静かに武器を構えた。
「……行くぞ、勇気」
双方の距離は急速に縮まっていき……衝突する寸前で、出来損ないの馬が体を大きく広げて勇理に襲いかかった。その刹那、
「――く、た、ば、り、やがれェェェェェ―――――ッ! !」
空気が痺れるような声を上げ、勇理がありったけの力で斬り上げた。
勇理の刃は頑丈な皮膚を貫き、厚い肉の壁を抉り、コアを真っ二つに裂いて、勢い衰えぬまま空を斬る。それは瞬く間の出来事。とある復讐の終着点。
振り抜いた武器を掲げる勇理の前に、もう敵の姿はない。後方に2つの大きな肉塊がただ転がっているだけだ。
「…………」
勇理は全てが終わったと掲げた武器を下ろし、
「……悪いな、日向。俺が止め刺しちまった」
空を見上げて、そう言った。
「……いいのよ別に。私は家族の分、痛めつけることができたから」
麗は立ち上がって答える。その声は束縛から解放されたような爽やかさを帯びていた。
「そうか……。でもなんか、呆気なかったな。こんなもんなのか」
復讐を終えた勇理の心にはぽっかりと穴が開き、そこを風が通り抜けていた。彼はそんな心の状態を呆気ないと表現したようだ。
「……もしも完璧に終えたのなら、きっと私たちの心は燃え尽きてしまったはず。これから先の、やるべきことを見失うくらいに、ね。……だから私はこれで良かったと思うわ」
「…………」
麗の話を聞いて勇理は納得した表情になり、再び余韻に浸った。
「……ん」
勇理がしばらく余韻に浸ったまま立ち尽くしていると、直輝が横を通り過ぎていき、肉塊から割れたコアを回収し始めた。その様子を勇理がしげしげと見つめていると、
「椎葉、ちょっとこっちに来い」
直輝がそう声をかけた。勇理は怪訝な顔をして直輝の元に向かう。
「手を出せ」
目の前までやってくるなり直輝がそう言うので勇理は空いている左手を差しだした。すると彼はその手に、
「――ッ!」
半分に割れたコアの欠片を置いた。
「どういうことだ……?」
「お前の好きに使え。やり方は形状変化と同じで」
「いや、そうじゃねぇッ! なんで俺に渡したんだよ?」
直輝の言葉を遮り、勇理は問い直した。
「……これはお前たちが使うべきだと判断したからだ。本来ならば個人への譲渡は固く禁じられているが、今回は特別だ。お前と日向が半分ずつ好きに使え」
「……私も?」
「ああ。合流次第、お前にも渡す。やり方は形状変化と同じで、変化後のイメージを頭に浮かべて念じろ。そうすれば、思い通りの物へ変化するだろう。……ただし生命のあるものに変化させることはできないとだけ言っておく」
直輝は説明も交えつつ2人に話した。
それから十数分後。武器の片づけを終えた麗が2人の元に到着すると、
「これがお前のだ。受け取れ」
直輝がもう半分のコアの欠片を投げ渡した。麗はそれを受け取って、
「今まで散々見てきたけど、実際に使うのは初めてね……。何にしようかしら」
不思議そうに見つめながら言った。
「俺はもう決めたぞ」
「……早いわね。何にするの? 良ければ聞かせて。参考にさせてもらうわ」
麗がそう言うと勇理は、
「…………」
無言で麗に見えるよう左手を突きだした。そして、
「――ッ! !」
形状変化を行なった。万能物質と呼ばれるグリードコアは波打ち、白い閃光を散らしながら勇理のイメージ通りに姿を変えていく。ほどなくして変化は止まるが、形状自体に変化は見られない。ただ色が深い藍色から褐色に変わっただけだ。にもかかわらず、
「……終わったぞ」
勇理は麗にそう告げた。
「……それは何? 形は変わらないようだけど」
麗は勇理が変化させた物体を見つつ、少し首を傾げて問いかける。そうすると勇理は左手をぎゅっと握りしめた。変化させたコアの欠片はいとも簡単に崩れて、パラパラと指の合間から漏れ落ちていく。
「どう見ても土だろ、土。これが何に見えるんだよ」
「……土……?」
正解を聞いた麗は勇理の左手から一掬いして確かめるが、本当に土だった。どうやらその土は勇理の足元にある土に似た成分で構成されているようだ。きっと参考にしたのだろう。
「でもなんで土にしたの? 他にもっといいのがあったでしょ」
腑に落ちない顔で麗がそう問うと、
「……こいつは散々人を食らって殺した。それなら今度は生き物を育てる側にでもなってもらおうじゃねえか、って思ってな」
勇理は自分の左手を見ながら、真剣な口調で答えた。その答えに、麗は意外だと感心するような表情を浮かべる。近くで聞いていた直輝も、なるほどと納得したようだった。
「なんか柄にもなく恰好つけたけど、本当は参っちまうくらい悩んだぞ。これを金にすればとんでもない額いっただろ? それこそ何でも食い放題、買い放題できるくらいに」
「……ええ、そうね。だけどあなたは土にすることを選んだ。そんなこと私には思いつきもしなかったわ」
珍しく麗がそう褒めると勇理は素直に喜ばず、裏があるのではないかと勘繰るような顔になった。
「……いきなりどうしたんだよ。あんたが俺のことを褒めるなんて、ちょっと怖いぞ」
「失礼ね。私だって褒める時は素直に褒めるわよ。今まであなたを褒めなかったのは、単純に褒めるようなところが全くもって見当たらなかっただけ」
「……全くって、少しくらいはあっただろ。つうか今まであんたは俺のことをどう思ってたんだよ」
「もっと欲望に忠実でどうしようもないお節介な馬鹿男」
「おいおい、酷い言われようだな……」
麗の辛辣な言葉を受けて思わず心が折れそうになる勇理。そうすると、
「安心して。ちょっとした誇張表現よ」
麗はあまり意味のないフォローを入れた。そして、
「……さてと、私も何にするか決めたから、とっとと済ませるわね」
麗は自分の左手に載ったコアの欠片を、形状変化させた。コアの欠片はボコボコと波打ちながら白い閃光を散らして姿を変えていき……、
「……うん、我ながら上出来ね」
あっという間に完了した。
「なッ……それは……」
麗の左手を見て声を漏らす勇理。
「真似してごめんなさい。私もこれが1番いいんじゃないかと思ったの」
そう言う麗の左手には、土に変化したコアの欠片が載っていた。
「……本当に良かったのかよ? あとで後悔しても知らねえからな」
勇理は自分が強制してしまったかのような罪悪感を覚えるが、
「後悔なんてしないわ。自分が納得して選んだんだから。それよりもほら、さっさと撒いてしまいましょう」
麗は未練なくきっぱりとそう言い、左手を大きく振るった。レイオウの掌から形状変化させた土が一気に飛び立っていく。
「…………」
麗に続いて勇理も左手を大きく振るい、手の平から土を飛び立たせた。
2人が放った土は、雪のように見た目が綺麗なわけでも、綿毛のように空を優雅に舞うわけでもなく、ただただ地面へ落ちていくだけだった。
ところが勇理と麗はその光景を見て、とても満足そうな表情を浮かべていた。
もしかすると、2人にはその何でもない土が、雪のようにすごく綺麗で、綿毛のように空を優雅に舞ったように、見えていたのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます