第三十二話

「……それはこっちの台詞だ」

 直輝は言葉を返すと飛びだし、気を取られているケンタウロスの横を通って勇理の元に行き着いた。それから地面に落ちたガンブレード状の右手を拾い上げると、


「――ッ」

 形状変化を行なった。付着した肉片は不要だと弾け飛び、姿を変えていく。新たに形を得た直輝の武器は元のガンブレードではなかった。それは銃の機能がなくなり、圧縮されたように刀身の幅が狭く、一段と切れ味が鋭そうな剣だった。形状的にはクレイモアが近いだろう。


「日向ッ、次はもういけるかッ」

 直輝は麗にそう声をかけた。すると麗は、


「ええ、大丈夫」

 悄然が見え隠れする声色で答えた。


「よしッ。椎葉ッ、奴を押さえるぞッ」

 直輝の力強い言葉に、


「ああ。任せろッ」

 勇理は闘志みなぎる返事をした。その表情、声色からは命令を無視して暴走するような気配は見られない。心の奥底で荒ぶる復讐心を上手く抑え込んでいるようだ。そして、


「――行くぞッ」

 直輝のその合図で2人は同時に飛びだした。再戦を挑まんとケンタウロスの元へ一直線に向かう。その先で待つケンタウロスは切断された右手部分を修復させて静かに弓矢を構えた。弓には2本の矢を番えており、それぞれ射線上に勇理と直輝がいる。


「来るぞッ」

 ケンタウロスは弓を引き絞り、2本の矢を放った。今度の矢は途中で分裂することなく風を切り裂いて、2人の元へ真っ直ぐと向かっていく。2人はその矢を、


「――ッ」

「――ッ」

止まることなく軽やかに最小限の動作で避けた。射るという目的を失った2本の矢は減速する前に地面へと突き刺さり……分裂を始めた。次々と小さい矢が生れていき、勇理と直輝の背後めがけて息もつかせぬ速度で飛んでいく。


「……ッ」

「……くッ」

 2人は追い風ならぬ追い矢を受けながら進み続け、再び矢を番えるケンタウロスの元に辿り着いた。次の刹那、直輝は上半身を捻って眼前の閉じた口にガンブレードを突きだす。


 だが、その一撃は横へかわされた。


「――ッ、ダメか」

 そう直輝が呟いた直後、今度は勇理が、


「まだまだァッ!」

 直輝の背を借りて前へ飛びだし、両手持ちのロングソードを大きく振り下ろした。


「グッ……」

 しかしケンタウロスはその斬撃を弓で受け止め、ブレイヴの頭部を素早く手で掴んだ。


「――グアッ!」

 そして力任せに横へ投げ飛ばした。勇理はロングソードごと吹っ飛んでいき、


「――ッ」

 直輝はその瞬間をチャンスに変える。一気に踏み込み、ケンタウロスの前足へ渾身の一撃を叩き込んだ。ケンタウロスは右前足を失い、一瞬バランスを崩す。


「今だッ!」

 直輝の声を聞き、麗は震える手で第二射を放った。大きな反動とともに、砲口から真紅のレーザーが銃弾よりも速く、風を貫くように、真っ直ぐ伸びていき、ケンタウロスの体を貫き通す。


「どうだッ!」

 直輝が言った直後、


「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――ッ! !」


 ケンタウロスは大きな唸り声を上げて、


「――グゥッ」

 直輝に襲いかかった。とっさに直輝は左手で防御するが、ケンタウロスはミヤビの左手を食らい、飲み込んだ。

麗の攻撃はコアを外していたのだ。厳密に言えば、コアを掠めていた。掠ると当たるでは大きな差、生と死ほどもある。麗は二度もチャンスがあったにもかかわらず、どちらともケンタウロスを生かしてしまった。


「――クッ」

 左手を失った直輝は前を見たまま脚部ブースター全開で後退し、態勢を整えようとする。

 だが逃がさないとケンタウロスは直輝に向かって上半身を一気に伸ばした。直輝は武器を盾にするが、ケンタウロスはその武器ごとミヤビを取り込み始め、同時に右前足の再生も開始した。


「……くッ、どうした日向ッ! 何かあったのかッ!」

 直輝は必死に堪えながら声をかける。すると、


「……ごめん、なさい。手が震えて……」

 麗は心苦しそうに謝り、レイオウの両手を見た。自分の両手と繋がるその手は確かに震えている。それはケンタウロスに対する恐怖のせいだった。当時の形容しがたい恐怖を体が覚えているのだ。


「どうしてなの……ッ! もう怖がる必要なんてないのに……ッ」

 原因は分かっているらしく、麗は必死に手の震えを抑えようとする。その表情からは焦りと戸惑いが窺えた。


「落ち着けッ! 時間ならまた稼ぐッ!」

 直輝は脚部ブースター全開で抵抗を続けながら麗に言う。


「でも、このままじゃ次もまた……ッ」

 どうしようもない手の震えに麗は弱音を吐く。すると、


「――当たるッ!」


 勇理が力強く言葉を返した。


「次は当たるッ! 俺が保証してやるッ!」


 勇理は言葉を続けながら全力で直輝の元へ向かっていた。ブレイヴの外部装甲は至る所が破損しており、武器もかなり刃こぼれしている。このまま戦い続け、攻撃を受け続ければ、大変危険な状態となるだろう。


「だからお前はいつも通りの仏頂面でッ、ドンと構えとけッ!」


 それでも言葉を連ねる勇理の目前にケンタウロスの伸びた上半身が迫る。勇理は止まることなく武器を構え、その上半身を、


「――分かったなッ! !」


 麗の恐れを断つかの如くぶった斬った。


「――ッ」

 その瞬間、直輝はケンタウロスの束縛から解放され、武器と機体に纏わりついた肉片を手早く振り払った。そして、


「…………」

 力強い勇理の言葉を聞いた麗は……ふっと笑った。


「……まったく、何がお前よ、何が仏頂面よ」

 麗は2人に聞こえないよう、そっと呟く。その顔からはさっきの焦りと戸惑いが消え、手の震えはわずかだが治まっていた。


 麗はその手をゆっくり握り、ゆっくり開くと、再び狙撃体勢に入り、


「――2人ともッ、時間稼ぎを頼むわッ! 次は絶対に当てるからッ!」


 今度は2人に聞こえるように声を張って言った。

 その声はしっかりと2人に届き、


「よっしゃッ、任せろッ!」

 勇理は余裕の笑みを浮かべて返事し、直輝は安心したように口元を緩めた。


「では日向、タイミングはお前に任せたぞ」

「ええ、任せて」

 麗が返答すると、勇理が一歩前に踏みだし、


「んじゃ、始めるかッ」


 先陣を切った。

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