第三十一話

「どうして今までそのことを黙って……」

 信じられないと言わんばかりの口調で言葉を漏らす麗。その近くで勇理は絶句したまま立ち尽くしていた。そんな2人に対して直輝は、


「……俺の知ってることなら、戦いの後に全て話してやる。だから今は奴を倒すことだけ考えろ。いいな」

 命令口調で静かにそう告げた。


「……分かったわ。約束は守ってね」

「……分かった」

 麗と勇理は渋々と納得した。2人はすぐにでも聞きたそうな様子だったが、今がどういう状況か理解しているようだった。


「行くぞ。作戦開始だ」

 直輝が出撃を告げると、勇理と麗は了解と頷いた。


 そうして3人は因縁の相手の元へと向かっていった。




 ケンタウロスは現在、リバースに向かって自慢の四足で疾走している。その姿は堂々としたもので、もはや潜もうとすることすら考えていないようだ。2年前にあっさりと地下都市へ侵入できたため、余裕綽々なのかもしれない。


 勇理と直輝はそんなケンタウロスの数キロメートル手前の地点で待機していた。麗はいつも通り、2人から離れた地点で狙撃の準備をしている。


「合図をしたら行くぞ。いいな」

「……分かった」

 勇理は隣の直輝に返事し、刻々と迫る突撃の時を待つ。……そして、


「――よし、行くぞッ」

 ついに戦いの火蓋が切られた。直輝と勇理は脚部ブースター全開で、迫りくるケンタウロスの元へ突撃を開始。

 その次の瞬間、ケンタウロスは突撃してくる2人に気づき、急ブレーキをかけた。直後、左手に弓矢を構え、


「――ッ!」

「――ッ」


 勇理たちめがけて矢を撃ってきた。その矢は途中で分裂していき、雨のように勇理たちへと降り注ぐ。装甲に激しくぶつかり轟音を立て、視界を覆うような矢の雨の中、勇理たちは止まることなく進み続ける。その途中で、


「――ッ!」

 直輝が雨の中に混じった分裂前の大きな矢を振り払った。


「2年前と同じ戦法が通じると思うなよ」

 直輝はケンタウロスに向けて言い放つ。その数秒後、


「――ッ!」

 今度は勇理の元へ本命の大きな矢が流れてきた。勇理は反射的にそれをなぎ払い、事なきを得る。

 そして2人は矢の雨を抜けて、ケンタウロスの目前までやってきた。


「回り込めッ」

 直輝の合図で勇理と直輝は二手に分かれる。直輝はケンタウロスの正面で先制攻撃の体勢に入り、勇理は後ろへと回り込んでいく。そして、


「――ッ! !」

 直輝がケンタウロスの上半身下腹部めがけて先制攻撃した。ガンブレードを捻じ込むように突き刺してコア破壊を狙う。後ろに回り込んだ勇理はケンタウロスの背に飛び乗り上からコアを刺し貫こうとするが、


「――くッ」

 硬く厚い皮膚と肉が壁となり、コアまで辿り着けない。


「……んのッ!」

 勇理は突き立てたロングソードを上から押し込むが、


「――ッ」

 やはり腕の力だけではケンタウロスの装甲を打ち破れない。そうすると勇理は諦めたのか、武器を引き抜いて、さっと背から飛び降りた。それから臀部を動かないようにがっちりと両手で押さえた。


 次の瞬間、勇理の右方から来た真っ赤なレーザーがケンタウロスの下半身側胸部を貫いた。2人に気を取られていたケンタウロスは予想外の攻撃に驚愕し、苦しげに身を踊らせる。


「やったかッ! ?」

 その様子を見て勇理がケンタウロスの死を確信すると、


「まだだッ! !」

 それは直輝によってすぐさま否定された。直後、


「――グゥッ!」

 勇理はケンタウロスの強靭な後足に蹴り飛ばされた。後方へ吹っ飛んだ勇理は頭から地面に落ち、叩きつけられるようにして一転、二転、三転した。


「椎葉ッ!」


 直輝が勇理に声をかけるや否や、


「――ッ!」


 今度はケンタウロスの上半身下腹部が横にぱっくりと裂け、大きく開いた。そこに円錐状で大きな鋭い牙がずらりと並ぶ様が現れる。奥には赤黒い空間が広がり、唾液のような粘着質で透明な液体が所々糸を引いている。それはこの化物が捕食するための口だった。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――ッ! !」


 ケンタウロスは全てを吹き飛ばすように咆哮する。


 その咆哮を至近距離で受ける直輝はミヤビから聴覚を切断し、踏ん張りながらガンブレードを構え、その口中めがけて突きだした。ガンブレードは口の奥に突き刺さり、直輝は右手ごとケンタウロスの口中に突っ込んだ状態となる。


「日向ッ! 次までどれくらいだッ!」

 直輝は遠く離れた地点にいる麗にそう聞いた。


「……後5分」

 麗は申し訳なさそうな声色で、ライトニングの再充填時間を答えた。直輝はその返答をコックピット越しに聞き、


「椎葉ッ! 大丈夫かッ! 返事しろッ!」

 次に勇理の安否を確認する。その時、


「――くッ!」

 ケンタウロスが咆哮をやめ、勢いよく口を閉じた。鋭く尖った牙がミヤビの右肩付近に当たり、装甲を貫かんとする。ケンタウロスは一気に噛み砕くつもりだったらしいが、ミヤビは一筋縄ではいかない頑丈さで持ち堪えた。

ミヤビの装甲がギチギチと嫌な音を立てる中、直輝は銃撃してさらに奥へと腕を突っ込み、形状変化を使おうとする。しかし、


「――ッ!」

 突如として直輝が腕を強引に引き抜き、後ろに下がった。その矢先、ケンタウロスが両手で直輝を捕まえようとし、ガンブレードを一挙に体内へ取り込んだ。直感により自らを助けた直輝は、腰に下げたサブマシンガンを撃ちながら後退していく。


「…………」

 サブマシンガンの弾を浴びるケンタウロスは物ともしない様子で、右手を前に真っ直ぐと伸ばした。そして自身の右手を直輝が使うガンブレードそっくりに変化させた。


「――ッ」

 直輝はそれを見て、面倒なことになったと軽く舌打ちする。その直後、ケンタウロスが大きく踏み込んで飛びだした。直輝に向かって一直線に突進する。そのあまりの速さに直輝は一気に距離を詰められていく。


「――くッ」

 このままではまずいと判断した直輝は進行方向を真横に変えて、ケンタウロスの突進を回避しようとする。

 だがしかし、ケンタウロスは前足で急ブレーキをかけて後足を浮かし、鮮やかに方向転換した。それから勢いをほとんど殺すことなく踏み込んで再び直輝の元へと突進する。その様は狙った獲物は逃さないと言わんばかりであった。


 直輝は追尾してくるケンタウロスを一度振り切ろうと右に左に移動していく。だが、双方の距離は縮まるだけで、離したり振り切ったりできる気配はない。そうして後退し始めた最初の地点付近まで戻ってくると、直輝は急に足を止める。


 埒が明かないと思い至ったのか直輝は執拗に追ってくるケンタウロスを迎え撃つ態勢に入った。右手にはリベリオン備えつけのショートダガーが握られている。その姿からは諦めで自棄になったわけではなく、確かな目算があると窺えた。


 迫りくるケンタウロスを前に、直輝はダガーを構えた状態で静かに待機。体を屈め、飛びだすタイミングを計っていると、不意に何かの機械音が聞こえてきた。その音は徐々に大きくなり、直輝がその方向を一瞥した直後、


「――ッ!」

 ケンタウロスの横から何かが飛びだしてきた。その何かは、


「――オラァッ!」

 と叫び声を上げてケンタウロスの右手を斜めに斬り裂いた。


 切断されたその右手は地面に落ちて転がり、右手を失ったケンタウロスは急停止して自分を害した相手を見やった。その先にいたのは、


「おい、大丈夫かよ」


 勇理だった。さきほどの蹴りによりブレイヴの胸部装甲は歪み、他各部も損傷しているが、本人は元気そうである。

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