第三十話

 リバースに帰還後、拒絶反応で倒れた勇理はすぐさま医務室に運ばれて治療カプセルに入った。それで2時間ほど治療と仮眠をとり、何とか回復した勇理は残る眠気を覚ますためにシャワーを浴びようとロッカールームへ向かった。


「……ふうー……」

 まだまだ寝足りず疲れもとれてないといった様子でロッカールームの前までやってきた勇理。普通ならそのまま男性用に入るはずが、俯いた状態かつ寝ぼけているせいか間違えて女性専用のほうへと入っていった。そして何気なくドアを開けると、


「――ッ!」

 勇理は眠気も吹っ飛ぶような驚きで目を見開いた。


そこには下半身だけパイロットスーツを着た麗がいたのだ。解いた長い黒髪を首から前に流し、勇理に背中を見せる形でイスに座っている。その背中には引っかかれたような大きな傷跡と無数の小さな傷跡があった。


「……なんだ、誰かと思えば……」

 ゆっくりと振り返った麗は勇理を見て言った。その顔は暗く沈んでいる。


「わ、悪いッ」

 慌てて勇理はドアを閉めてその場から立ち去ろうとした。しかし、


「待ってッ」

 麗に呼び止められた。


「な、なんだよ」

 勇理は動揺した口調でドアの向こうに話しかけた。すると麗はこう言った。


「私の話に少し付き合いなさい」

「え、でも誰かが来たらどうすんだよ」

「今は私しか使ってないから大丈夫。誰も来ないわ」

 勇理は麗の返答を聞いてひとまず安心する。ドアにもたれかかるようにして腰を下ろすと、


「……分かったよ。で、話ってなんだ」

 麗に話を始めてくれと催促した。


 麗は小さく深呼吸をして心を落ち着けると、


「……2年前の秋、第4階層の大規模農園で」

 そう口を開いた。


「――ッ! ! なんでそれを……」

 麗の言葉に衝撃を受けてハッとする勇理。その反応を受けて麗は、


「……やっぱり、そうだったのね」

 疑いを確信に変えたように言葉を漏らした。それから続けて、


「私もあの時、そこにいたの。家族でね」

 ドアの向こうにいる勇理にそう言った。


「じゃあ、もしかしてあんたも……」

「ええ。私も家族をあいつに食われたわ。……助かったのは私だけ」

「…………」

 麗から聞かされた事実に勇理は言葉を失った。


「私の話はこれだけよ。付き合ってくれてありがとう。不快にさせてしまったのならごめんなさい」

 そう言うと麗はパイロットスーツの前にあるファスナーを握り、下腹部から首元まで一気に上げて着替えを終えた。それから、


「…………」


 目を閉じて大きく深呼吸をした。鼻からゆっくり息を吸い……口からゆっくりと息を吐く。

 麗はその気持ちを切り替えるような行為を済ませると立ち上がり、前に流した長い黒髪を手で後ろに戻した。その動作に連動して舞い揺れる長い黒髪。その長い黒髪を首の後ろで束ねて、さっと体ごと振り向いた。


「…………」

 麗は無言で視線の先にあるロッカールームの出口へ向かう。ドアの前に立つと、


「――さぁ、行くわよ」


 と言ってドアを手前に引いた。


「――ッ!」

 するとドアにもたれかかっていた勇理の上半身が後ろに倒れた。考え事をしていたため彼女の小さな足音には気づかなかったらしい。


「な、なんだよいきなりッ」

 勇理は倒れた状態で麗の顔を見上げる。見上げた先にあったのは、さっきまでの暗く沈んだ顏ではなく、いつも通りの顏だった。その顔を見た勇理は口をポカンと開けた状態で呆けている。そうしていると、


「ほら、立ちなさい」

 麗が急かすように言って軽く勇理の頭を蹴った。


「え、ああ悪い」

 我に返って勇理は起き上がる。勇理が呆けた原因は暗く沈んだ様子の麗がいつの間にか元に戻っていたからだった。


「さ、行きましょ。控室で彼が待ってるわ」

 麗は横を通って直輝の待つパイロット控室に向かう。勇理はその後ろ姿に向かって、


「あ、ああ」

 と返事し、自分も控室へと向かった。どうやらシャワーを浴びる目的はすっかり忘れているようだ。


 そうして2人が控室の前に着き、麗に続いて勇理が中へ入ると、


「来たか。作戦会議を始めるぞ。席に着け」

 直輝がチェアごと振り向いて言った。そうすると突然、


「さっきはごめんなさい。浅はかで身勝手な行動だったわ」

 麗が深々と頭を下げて謝った。それを見た勇理は言葉の意味に気づいたらしく、


「……俺も悪かった。あんな馬鹿なことして」

 自分も直輝に向かって頭を下げた。


「……気にするな、と言いたいところだが、生死に関わる以上、次はあのようなことがないようにしろ。分かったな」

 直輝は頭を下げる2人を意外にもあっさりと許した。何か思うところがあるのか、その表情からは複雑な心境が垣間見えた。


「ええ、肝に銘じておくわ」

「ああ、分かった」

 許しをもらった麗と勇理は顔を上げた。その後、2人はそれぞれ席に着いた。


「よし、ではこれより作戦会議を始める。2人とも、しっかりと頭に叩き込め」

 直輝は2人の顔を順番に見た後、ケンタウロス討伐の作戦会議を始めた。




 作戦会議が終了すると、勇理たち3人は出撃のため第三格納庫へ向かった。第三格納庫に到着した3人はそれぞれのリベリオンに搭乗し、神経接続を終える。リベリオン3機はゆっくりと射出リフトへ運ばれていく。


「…………」

 ブレイヴ内の勇理は目を閉じてゆっくり呼吸を繰り返していた。それは緊張感を和らげているようでもあり、猛る復讐心を抑え込んでいるようでもあった。


「…………」

 一方、こちらはレイオウ内にいる麗。無言のままで静かに出撃の時を待っている。表情から緊張や不安は伝わってこないが、時より口から漏らす息にはそれが多少含まれていた。


「…………」

 最後はミヤビ内にいる直輝。麗と同様に無言のままで静かに出撃の時を待っている。


 リベリオン3機は射出リフトに到着し、動かないように固定される。続けてそれぞれの使用する武器が運ばれてきた。勇理の使用するロングソード。直輝の使用するガンブレード。それから麗が今回使用する長距離レーザーキャノン『ライトニング』。


 その武器たちもリフトに固定し、いざ出撃の準備が整うと、


『全機体並びに武装を射出リフトに固定完了。射出シークエンスに入ります……』

 いつも通り管制室の女性オペレーターが射出シークエンスを始めた。


『……5、4、3、2、1、射出』

 言い終えた直後、武器とリベリオンを載せたリフトは地上へと射出された。数秒ほどであっという間に地上へ到着し、3人は武装する。最初に武装してリフトから降りたのは直輝。それに続いて武装を完了させた勇理がリフトから降りた。すると、


「――なッ」

 目の前に広がる光景に思わず息を呑んだ。そこには数えきれない数の自衛隊員がいたのだ。LB-11に搭乗する者からパワードスーツを着た者まで様々。彼らは地上へ露出した防衛基地を囲むように待機していた。


「……2年前、内部に侵入されただけあって今回は厳重だな」

「――ッ! あんた2年前のこと知ってるのか」

 ぽつりと言った直輝の言葉に反応し、勇理は問うた。


「知ってるも何も、俺は当事者だからな」

「――ッ!」

「――ッ!」


 あっさりとした直輝の返答に驚く勇理と麗。麗は武装を完了させて、丁度リフトから降りたところだった。

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