第二十九話

 それから時はだいぶ経って次の日となり、日が昇り始めた頃。黄金色に燦々と輝く朝日を浴びながら勇理たちはまだ戦っていた。副司令個体も残すこと3体となり、自衛隊の一部部隊は戦線から退いて救援に回り始めていた。

 そんな状況の中、依然として正確無比な射撃を続けている麗が、


「……ん」

ふと視界の端に何かを見つけた。麗はそちらへ視線を向けてズームアップし、目を凝らしてみる。すると次の瞬間、


「――ッ! !」


 麗は驚愕した。目を見開いて息を呑み、射撃の手を完全に止める。


「…………」

 それからも麗は再び銃の引き金を引くことなく、ただただ目に映る光景を見つめ続けている。そうしていると直輝がその異変に気づき、


「どうした日向、大丈夫か」

 声をかけた。直輝を含めた5人は次の戦地に向かっている途中で麗はそれを援護射撃で導いていた。


「…………」

 麗は直輝の声に反応しない。直輝は応答がない麗に対して再度声をかけるが、それでも反応はなかった。すると、


「どうしたんだ?」

 直輝の呼びかけを聞いていた勇理がそう問うた。


「……日向の反応がない」

「え、嘘だろ?」

 直輝の返答に勇理はすっと血の気が引く。


「いや、生体反応はあるから安心しろ。だが、何かしらの原因で話せない状況にいるのは間違いない」

 その補足の言葉で勇理はとりあえずほっと胸を撫で下ろした。


 直輝は管制室にこのことを報告し、小型偵察機を麗のところへ飛ばしてもらうと、


「……よし。しばらく援護がなくなるが、俺たちはこのまま向かうぞ」

 後ろの4人にそう告げて、次の副司令個体が待つ戦地へと急いだ。


「――ッ」

「――ん」


 向かう途中で、今度は直輝と勇理が何かに気づき、左方を見た。そこには緑々しく生い茂る森があり、その森からぬるりと姿を変えながら巨大な何かが出てきた。


「――ッ!」

「――ッ! !」


 その巨大な何かを見た直輝と勇理は同時に急停止して目を見開く。2人が急停止したため、後ろからついてきていた自衛隊員3名も急ブレーキをかけた。


 そこにいたのは神話の怪物『ケンタウロス』の姿を模した大型種グリードだった。上半身は人間の体、下半身は馬の胴体と四肢。左手に洋弓を持ち、矢筒を背負っている。


「…………」


 ケンタウロスを見た勇理は愕然とした表情を浮かべ、唇をわなわなと震わせている。心臓の鼓動も張り裂けてしまいそうなほどに速くなっており、かなりの興奮状態となっていた。


「――ッ! !」

「――なッ」


 突如として勇理が飛びだした。直輝はそれを見て驚きの声を漏らす。


「テッメエエエエエエエエェェェェェェ―――――ッ! !」


 蛮声を張り上げながら一直線にケンタウロスへ向かっていく勇理。その声色から伝わる怒りは勇理が今まで見せた中、ひいては今まで生きてきた中でも随一の怒りだった。


「殺すッ、殺すッ! 殺すッ! ! ぶっ殺してやるッ! !」


 血走った目で鬼のような形相の勇理は武器を構える。ケンタウロスと勇理の距離は急速に縮まっていき、双方の距離が残り十数メートルとなった時、


「――グッ! !」


 勇理はグン、と後ろから肩を掴まれて急停止した。


「待てッ、一旦退却するぞ」

 勇理の肩を掴んだのは直輝だった。彼は肩を掴んだ手で今度は腕を握り、勇理を引きずるようにして後退を始める。


「離せッ! !」


 直輝の手を振りほどこうと暴れる勇理。それに対して直輝は、


「命令だ。従え」


 冷たく言い放った。しかし、


「んなもん知るかッ! ! すぐそこにヤツがいるってのに退けるかよッ! !」

 勇理は聞く耳を持とうとしない。


 なぜならそれはケンタウロスが自分から家族を奪ったグリードだったからだ。勇理は2年前、目の前でこのケンタウロスに父親も母親も弟も食われた。弟に至っては食い散らかしたような無残な姿にされ、今や自分が乗る機体の一部と化している。


「……くッ」


 直輝は家族の仇と対面し狂ったように暴れる勇理を何とか引きずって後退していく。その途中で遅れてきた自衛隊員3名が加わり、ブレイヴの全身を持ち上げるようにして運びやすくした。その時だった。


 突如、勇理たち5人の後方で爆音がした。5人は驚いて足を止め、ケンタウロスのいる後方を見た。そこには森から完全に出た状態で停止し、太陽の光を全身に浴びるケンタウロスがいた。さっきの爆音は何だったのかと5人が警戒していると、


「――ッ!」

「――ッ!」


 左方から目にも留まらぬ速さで銃弾が飛来し、ケンタウロスに直撃した。さっきよりも大きな爆音を上げて、黒々とした煙を巻き上げる。さらにその直後、その直後、その直後と煙も晴れぬまま続けざまに銃弾が飛来し、ケンタウロスに次々と命中していく。


 勇理たち5人はその様子を呆然と見つめ続ける。そんな状況下で不意に直輝が銃弾の飛来する方向を見て、


「……日向ッ!」

 と、叫んだ。


 そう。ケンタウロスに向かって次々と射撃しているのは麗だった。麗は直輝の叫びに返事せぬまま、銃の引き金を引き続ける。その顔は勇理と同様怒りに満ちており、震える唇を噛みしめていた。




 丁度その時、リバースの管制室に緊張が走っていた。原因は言うまでもなく大型種グリードのケンタウロス。その姿を麗のところへ飛ばした小型偵察機が捉えていた。


「……こいつは、2年前の異形型か」

 管制室の中央スクリーンを見ながら呟く宮都。司令官席に座った状態で腕を組み、何かを考えているような素振りを見せる。そして、


「この映像を自衛隊の管制室にも送ってくれ。本丸が見つかったって伝言付きでね」

 考えがまとまったらしく立ち上がり、近くの女性オペレーターに指示した。


「それと、日之影たちには帰還命令を出してくれ。奴と戦うならば、万全の態勢で臨まねばなるまい」

 続けて宮都は直輝たちに帰還命令を出すよう別の女性オペレーターに頼んだ。




 ケンタウロスの元から無事に退却した直輝たち5人。するとそこで直輝に管制室から帰還命令が言い渡された。直輝はそれに、


「了解した。今から帰還する」

 と返事をした後、自衛隊員を含めた4人にリバースへの帰還を呼びかけた。それに自衛隊員3名は勇理を運ぶということで了承。その3名に持ち上げられた状態で運ばれることとなった勇理は現在、大人しくなっていた。


「よし、では帰還するぞ。遅れずついてこい」


 そうして直輝たち5人は帰還を開始した。


 直輝たちは一直線に帰還ルートを辿っていき、そのままリバースへと帰還するのだと思われたが、途中でルートから外れて寄り道を始めた。深い森の中に入り、木々をなぎ倒しながら斜面を上がり進んでいく。その先には、


「……日向、帰還するぞ」

 麗がいた。弾切れしていないため、依然として銃を撃ち続けている。


「日向、命令だ。帰還するぞ」

「…………」

 麗は直輝の言葉に耳を貸す気配はない。その様子を見て直輝は、


「――ッ!」

 うつ伏せで射撃する麗から大型スナイパーライフルを取り上げた。それにはさすがに麗も気づいて、直輝の顔を見上げる。


「行くぞ」

 直輝は見下ろしながら冷淡に言い放ち、麗の腕を掴んだ。それから無理やり持ち上げて左肩に担ぎ、再び帰還の途に就いた。


 麗の攻撃からやっと解放された直立不動のケンタウロス。徐々に煙が晴れていき……ほぼ無傷の姿を晒した。そしてようやく終わったかと言わんばかりにリバースの方向へ向けて大きな一歩を踏みだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る