第34話
翌朝。台風一過の晴れあがった空の下には、甚大な被害を被(こうむ)った街の姿があった。
『
電波や電力も回復し、報道ではその被害状況を伝えることに大忙しだった。
「台風のためかミッションのためかわかりませんが、かなりの被害者を出してしまいましたね」
屋上から街を眺める明日香は、伏し目がちに隣の慧也に向かってそう言った。
「誰の責任とか、一連のミッションでは語れないよ。フェデラーの存在はまさに宇宙から降ってきた天災みたいなもんだ。それに君たちは、すでに多くの対価を払ってここに立っている。それだけでも、君たちを責めることは誰にもできないさ」
「慧也様……」
慧也を見つめる明日香の瞳には、数日前に出会った時のような暗い光はなかった。今回のミッションは、明日香にとっては得るものが大きかったのではないか、と慧也は思う。だが、それだけに、これからその純粋な心に縛られながら戦うのかと思うと、それはそれで暗澹たる思いに駆られるのも事実だ。
「最初に会った時より、数段魅力的になったね、明日香」
「え?」
ボッ、と、明日香の頬が朱に染まる。たった数日、神波慧也という人間に触れたことは、明日香の心を大きく揺さぶる要因の一つになっているのだから無理はない。
「あの、その。あ、ありがとうございます……」
こうしてみると、どこにでもいる普通の女の子に過ぎない。慧也は、少しほっとした。何もかも捨て去り、リアルな絶望しか背負っていなかった少女は、この数日で生まれ変わった、いや、本来の姿に戻ったのだろう。
「おいおい~、明日香っち、抜け駆けはなっしだぜ~」
「そうやで、明日香ちゃん、ウチらは三人で一つ。独り占めはいかんでえ」
背後から飛ぶ声に、明日香は少しびくっと肩を震わせ、そして慧也とともに振り向いた。
「二人とも、おはよう。藍那はもういいのか?」
「ああ、大丈夫や。ゆっくり寝たししっかり食べたから、もう問題ないで」
昨夜、大電力を供給した藍那は、終了後かなりぐったりしていたのだが、今は何ともない様子だった。
「慧也っち、これからどーすんの? またここで研究開発続けんの?」
ミッションが終わった以上、慧也とはここで別れることになる。深月は名残惜しそうな口調だった。
「いや」
慧也は即座に否定する。自分の中で、これからどう生きるかは既に決まっていた。
「僕は君たちと一緒に戦う。そう決めた。フェデラーが何を思い、どういう意図でこのミッションを続けるのか。そして、君たちが、普通の女の子に戻ることが出来るのか。それを、僕はこの目で見届けたい。これは、もう僕の戦いだ」
明日香にはすでに戦いの中で宣言していた。だが、深月と藍那は初耳である。驚き、呆れ、そして、最後には、満面の笑みが二人の顔に浮かんでいた。
「じゃあ、じゃあ、慧也っちとお別れじゃねえんだな! よし、それならいい! 好きだ! 慧也っち!」
「ああっ! 深月ちゃんずるいで! ウチも! 好きやねん! 慧也はん!」
二人は少しの距離ですらもどかしく、駆け寄って慧也に飛びつき、抱き着く。その傍らで、勢いについていけず明日香がオロオロする。
「あたいは、
「ウチは藍那・ウィリアムズや! よろしゅうに!」
二人は一旦慧也と距離を取り、改めて握手のための右手を差し出した。
「え! 藍那ってハーフだったのかよ!」
慧也は意外な事実に驚く。藍那の見事なブロンドは深月と違って自前だったのだ。
そして、ふと、例えようのない幸福感が湧き上がってくるのを感じた。彼女たちが、本来抹消されているはずの名字を名乗り、慧也に握手を求めて手を差し出してきている。人として、そして兵器として、その存在に振り回されながらも、もう一度一人の人間として再スタートをしようとしている。それがたまらなく嬉しかった。
「ほら! 明日香っち、何オタオタしてんだよ! ほら!」
慧也に手を差し出した姿勢のまま、深月は明日香を急かす。明日香はしばらく三人の顔を見渡して、そっと慧也に手を差し出した。
「
少女三人からそれぞれ告白めいた言葉と、封じられていた本名を名乗られた慧也は、差し出される三本の手がまるで合コンの告白タイムのような奇妙な錯覚を感じた。だが、慧也が今取るべき手は、この三本全てなのだ。ごめんなさい、はない。
慧也はそっと、だが、しっかりと三人の手を取った。
「奇跡は、もう起こってるさ。僕たちが出会ったこと。数十億の中で出会えたこと自体、奇跡といっていい。だから、これからどんな奇跡だって起こり得る。もしも奇跡があるのなら、それは、僕たちのたどるべき道の先に、必ず」
その言葉を聞いた明日香は満面の笑顔で、今度は真っ先に慧也の胸に飛び込んだ。
それは、奇跡の軌跡が始まった瞬間だった。
もしも奇跡があるのなら ぽざ☆うね @Sir-Posaune
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