第33話
もはや雨風の音ではないような轟音が周囲を包んでいた。
四人は施設の予備電源から電力を引き込み、屋上に振動砲のセッティングを終え、今や起動させるだけの段階にあった。
「さあ、やるよ。これが効いてくれればいいけど……」
最も旧型の振動砲は起動に時間がかかり、大電力を食う。その半面、強力な効果をもたらすことが出来るものだった。
起動スイッチを押すと、内部の素子に電流が流れ、低周波の唸りを上げ始める。照射の可否を示すランプが赤から緑に変わる。
「よし、照準は
「任せとけ!」
照準器をターゲット・サイトの右目で覗き込み、『
「いいぜ、
「ああ」
慧也は振動砲の射出ボタンを押した。効果は瞬時に現れる。目玉の一部分にあたる直径一メートルほどの照射域は、見る見るうちに溶融を始める。その溶融部を広げていくために、深月はゆっくりと照準を変えていく。
悲鳴とも咆哮ともわからない音が暗い嵐の空を闊歩する。それはゾイノイドが発している物なのか、はたまた風雨が発している物なのかは判別がつかない。
「駄目やな。当たっている部分はともかく、照準がずれればすぐに再生が始まっているようや。あの大きさにはこれは小さすぎるんやなあ……」
観察を続ける藍那がため息を漏らす。
「いや、まだだ。効果があることはわかったんだ。照射域を広げてみる」
慧也は振動砲の操作パネルを開き、照射域の拡大操作をする。これはいわばピントをずらしてその分範囲を広げる、という手法だ。もちろん、ピントが外れている分絶大な効果は期待できないが……
「この状態で時間をかければ、あるいは……」
照射域は目玉全体に及んだ。おそらくはここが弱点であろうという期待と推測に基づき、この部位を集中的に叩くという結論に達したのだ。
「く……回転されると難しいのか……」
慧也は歯噛みする。
石板はゆっくりと回転している。どうしても同じ場所に長時間照射するには問題があった。
「回ってんの止めよか。そしたら、何とかなるかもしれへんな」
「そんなことが出来るのですか?
「明日香ちゃん、ウチは情報処理担当やで。さっきまでの戦いの内容は細部までみーんな記憶してる。あいつは、一定のダメージを受けると自己修復するときには他の動きはしてへん。つまり、負荷の高いダメージを与え続ければ、回転は止まるはずや」
自信たっぷりに答える藍那の肩に、深月が手をかける。
「よっしゃ、それはあたいが引き受けるぜ。愛器は壊されちまったけど、ここにはまだたっぷり武器がある」
深月はそう言って、武器庫に駆け出して行った。
「私も、何かお手伝いできますか?」
「いや、明日香は接近戦が主体だ。振動砲の効果範囲に入るのは万が一を考えるとまずい」
拡散しているとはいえ高出力の照射域に入るのは危険、というのが慧也の判断だ。しかし、明日香は引き下がらない。
「照射されている裏側からのダメージでも回転を止められるのでしょう? ならば、私にもできることがあります。やらせてください」
明日香はじっと慧也の眼を見据える。慧也は思い出した。これは自分だけの戦いではないことを。
「わかった、明日香。裏側からの足止めをお願いするよ。タイミングは深月と連絡を取りながら合わせてくれ」
「承知いたしました」
明日香は再び手にスルトリアを展開し、ロケット・ブースターを使って屋上から跳躍する。見る間にその姿は遠ざかり、視界から消えた。石柱の裏側まで数キロはある。
そして、ほぼ間を開けず深月が大量の銃器を引っ提げて戻ってきた。
「射程と弾薬持続を考えていくつか持ってきた。弾も二万発はあるぜ。ストック多くて助かるよ」
弾がぎっしりと詰まった木箱を一つ、丸々引きずってきていた。一トンに達する重量があるはずだが、深月にかかればこの通りだった。
深月は一通りの戦術を確認し、新しく引っ張り出してきたガトリングガンのマガジン装填に入る。
「どこ狙う? やっぱメンタマ?」
「そうだね、そこが一番脆そうだ。その分修復に時間がかかるだろうし、足止めには効果的だろうね」
「オーケイ。明日香っち、も少ししたら撃つぜ。念のため、メンタマの裏辺りからは外れといてくれよ」
『了解です。他の部位に攻撃を仕掛けます』
深月の携帯端末はオンフック設定で、明日香の声は他の二人にも聞こえる。返答を確認し、深月はガトリングガンの照準を合わせる。石板はその間にも回転を続けている。次に振動砲の照準範囲を向いた時が攻撃開始だ。
「よーし、行くぜ、明日香っち! 三! 二! 一! ゴー!」
深月はガトリングガンの発射ボタンを押した。回転軸の周りに複数の砲身が取り巻き、凄まじい速さで回転しながら弾丸が発射される。一分間に数千発という射出量は、さながらレーザービームのように弾道を残し、『慟哭の道標』の目玉を叩く。
連続的にえぐられる目玉は容赦なく破壊され、その修復の間、回転が停止していた。
「よし、狙い通りだ。これで振動砲の効果さえ出れば」
慧也は拳を握りしめ、小さくガッツポーズをした。
「慧也はん、効果出るまでどれくらいかかるやろ」
「さあ、計算では五分くらいはかかると思う。かなり拡散したからね。それまでもってくれればいいけど」
「うーん」
藍那は腕組みをして深月の撃つガトリングガンを凝視する。そして、
「深月ちゃん、少し緩めて撃って。それ、一分間に六〇〇〇発は出てる。残弾二〇〇〇〇発やと、四分ももてへん。三〇〇〇発/分くらいに抑えやんと」
「オーケイ了解!」
深月は発射ボタンを調整しながら、射出弾数を抑えはじめる。目玉部分の修復にかなりかかっているうえ、裏側からの明日香の攻勢が効いているのか、弾数を減らしても回転は止まっている。
「よし、うまいぞ。行ける!」
振動砲の照射部分に変化が表れているのが見て取れた。じんわりとだが、表面組織を溶かし始めている。
溶けはじめている部分は高速で揺さぶられているため高温になっていた。吹きすさぶ風によって雨がそこに当たって瞬時に蒸発していく。そのため、空にはもうもうたる水蒸気も発生していた。それはまた風によって霧散していく。しかし、とめどなくその反応が続くため、辺りは緩やかに霧に包まれてきた。
「まずい。振動砲の照射が遮られる。霧はまずいな」
「ちっ、自然現象っちゃ、自然現象だよな。何とかなんねえかな」
深月は残弾を気にしながら、見づらくなってきた標的に眉をひそめる。このまま霧が晴れなければ、振動砲の効果が出る前に弾が尽きてしまう。
『霧は私にお任せください。深月、上手く弾数調整して、できるだけ長くアレを停止させてください』
「よっしゃ。任せる」
深月の回答を受け、明日香は一旦慧也たちのいる屋上へと戻ってきた。そして、先のメスト戦で見せたように、スルトリアの束を二連結する。
「実のところ、スルトリアの正体というのは私も知りません。が、一種のミニブラックホール的な性質を持っているらしいことはわかります。私の意思である程度対象や作用をコントロールできます。連結するとその効果は増大しますが、効果範囲が広くなるので今まで封印していたのですが……この状況であれば、有用かもしれません。霧だけを吸い取ります」
「そんなことが……」
慧也は、そのシステムの構造に興味と懸念を抱く。もしスルトリアがブラックホール的性質を与えられた携帯兵器だとすれば、そこに吸い込まれた物質はどこかに出口を求めることになるだろう。その先はどこなのか。
さらに、それを明日香という個人の意思で対象や効果を選別できる、という構造はなんなのか。技術屋としての様々な思考が慧也の脳細胞を駆け巡るが、今はそれを追及しているときではない。
「それでは始めます。慧也様、藍那、振動砲の照準を。深月は足止めをお願いします」
明日香は束連結によってその体積を大幅に増やしたスルトリアを頭上高く掲げ、ぐっ、と束を持つ手に力を入れた。
「霧が……」
慧也は目の前の光景に嘆息する。明日香の言うとおり、もうもうと立ちこめる霧だけが、凄まじい速さでスルトリアに吸い込まれていく。
「慧也様、振動砲の照準は?」
「ああ、大丈夫だ。しっかりと当たっている」
霧が晴れたことにより、回転を止められた『慟哭の道標』の表面が再び溶けはじめる。発生する水蒸気はスルトリアによってどんどん除去されていくため、振動砲の効果は間断なくゾイノイドを破壊していく。照射の累積時間が増すにつれ、崩壊の速度が速まっていく。
「うまいぞ! これで終わりだ!」
慧也は勝利を確信し、歓喜の叫びをあげる。少女たちを含め、誰もが戦いの終わりを確信していた。その時。
「……今、一瞬照明落ちんかったか?」
「え? そうかな?」
慧也は気づかなかったようだ。
しかし、藍那はほんのわずか、ちらついた程度の瞬きに気づいたのだ。少女は研究棟の方を振り返った。電気はついている。そう思った瞬間、再び照明がふらっ、と瞬いた。
今度は明らかに落ちたのがわかった。振動砲の電力供給に非常電源が追いついていないのだ。
「まずい。電源がもたないかもしれない……」
振動砲にとっての生命線。電力供給が絶たれれば、これは無用の長物だ。そうこうしているうちに、三度目のふらつきが起こり、振動砲の電力計がレッドゾーンに近づいた。
「慧也っち! こっちも弾がもう少ねえよ!」
だましだまし撃ちながら、何とか回転を止めている深月の方も、残弾数の心配が出てきている、ここで振動砲がダウンしては全てが水の泡だ。慧也は歯噛みする。街全体が停電している今、研究施設の非常電源以上の代替物を用意することは難しいように思えた。
ゾイノイドを破壊するのが先か、弾が尽きるのが先か、振動砲がダウンするのが先か。どうやら分が悪そうだ。
「慧也様……」
霧の除去を続ける明日香が心配そうな眼差しを向ける。深月も、撃っては慧也を振返る。藍那は難しい顔をして腕組みをしている。
「しゃあない! 慧也はん、ウチと振動砲をつないで! 電源なら、ウチの中にある!」
「え?!」
「あ、藍那、それは!」
「藍那っち、無茶はよせ!」
慧也は驚き、明日香と深月は色めきたった。
「非常事態や! ここで勝ちを落とすわけにはいかんやろ! それに、このミッション、今までのとは意味が違う。二人とも、感じてるやろ?」
『…………』
明日香と深月は押し黙る。
わかっていた。
この戦いに勝つことが、慧也と自分たちの戦いの終わりであり、始まりである、と。ミッションの保護対象者が前線に出ている。それだけでも異常な事態だ。まして、今やどちらかというと慧也の指揮下で三人が戦っているような状態になっている。それは、彼女たちにとって心地よくも違和感のある状況であり、そして、それが今後の趨勢に大きくかかわってくるように感じていた。
「ほら、慧也はん、振動砲の電源を落とさへんまま、支線出せる?」
「あ、ああ。やってみよう」
バッテリーボックスを開き、そこに繋がれている電源コードから藍那につなぐための支線コードを作り出す。電気が通ったままの作業は危険だが、慧也の技術者としての腕は確かだった。一分足らずで接続コードを作り出してしまう。
「これをどこに? 首の後ろでいいのかい?」
「せや。見て」
藍那は後ろを向き、髪をかき上げる。白く細いうなじは、普通の人間と同じだ。だが、藍那が一部分をタッチすると、すっと皮膚がスライドし、いくつかの端子が現れる。
「プラスとマイナスの端子があるやろ? そこにつないで。そんで、直流、交流、電圧、電流なんかの設定はウチの端末でするから、数値教えて」
破られた服からいつの間に忍ばせていたのか、いつもの端末を慧也から借りているジャケットのポケットから出し、慣れた手つきでコードをつなぐ。
慧也に指示された数値を端末に打ち込み、後は電力を送電にするだけだ。リターンを押そうとする藍那を押しとどめるように、明日香が口を開く。
「藍那、あなたは私たちと違って、根本の生命維持に電力が必要です。こんな大容量の兵器に供給したら……」
「え? あ、藍那、それじゃあ……」
「慧也はんはだまっとき! これはウチの決断や。誰にも邪魔させへん。大丈夫や明日香ちゃん、ウチの容量やったら生命維持の分残しても、あと五分はこれ撃てる」
「でも、君の身が危険なことにはかわりないだろ。やっぱりやめよう」
「慧也はん! 事の軽重間違えたらあかん! ウチらの任務はこいつらを撃退する事やし、この街の被害を最小限にすること! 個人的な感情は抜きや」
慧也ははっとした。明日香に会った時、彼女も言った。事の軽重はわきまえています。私は一点の曇りもなくあなたをお護りします、と。
そうだった。彼女たちは何より、ミッションの帰結が地球の存続につながるよう戦ってきたのだ。
「ウチはな、やっと明日香ちゃんや深月ちゃんと同じ立ち位置で戦えることが嬉しいんや。ウチにとって二人は、友達で家族で戦友や。今ここで、ウチが出来ることがある以上は、やらなあかん。さ、ぐずぐずはできん。慧也はん、行くで!」
「……わかった」
少しの沈黙の後、慧也は力強く頷いた。藍那は、満足の笑みを浮かべてリターンキーを押す。
「あうっ……」
急激な電力消耗により、藍那は立っていることもままならずひざを折る。振動砲の電力計はグリーンゾーンまで回復し、安定した出力を再び維持する。
風雨は相変わらずおさまらない。雨による体温の低下は、ダメージを蓄積させている。それは、手足が兵装である明日香や深月とて同じだった。体幹部の体温は普通の人と同じように奪われていく。
『慟哭の道標』の中央、目玉様の部分は真っ赤に灼熱していた。その眼から流していた涙もろとも、地上へと溶け落ちようとしていた。もはや、自立型ゾイノイドとしての機能の大半を失いつつあるように思えた。
「慧也様、後は私が」
霧の除去を中断し、明日香は慧也に歩み寄る。
慧也は明日香の意図するところを理解した。あのまま溶け落ちては、街やこの施設に甚大な被害が出る。その前にスルトリアで処理しようというのだ。
明日香は跳躍する。それに合わせて、慧也は振動砲を切り、深月は射撃をやめる。藍那は力尽きたかのように崩れ落ち、慧也はそれを抱きとめる。
「闇に、帰りなさい! 慟哭の道標!」
大上段に振りかぶられた連結スルトリアは、これまでよりさらに体積を増大させ、明日香の気合いに呼応するかのように膨れ上がった。それは『慟哭の道標』を覆い尽くさんばかりの闇。まるですべての慟哭を一手に引き受け、それらを昇華させるような。
「はああああああああっ!」
石柱の最上部から、最初の攻撃と同じようにまっすぐ唐竹割りに切り落とす。今度は再生能力が発動しないためか、ゾイノイドはまるで空間に消しゴムをかけられたかのように、その姿を闇に吸われていった。悲鳴とも叫びとも取れない、声と形容してもいいかもわからない轟音を残し、ゾイノイドは消滅した。その音は、激しく空を揺さぶり、振動は大地にまで達した。それは、まさに吸い上げられた人々の慟哭そのものだった。
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