花壇がある店

電咲響子

花壇がある店

△▼1△▼


 僕の通学路には本屋さんがあった。なぜか花壇に花が植えられており、疑問に思った僕はある日店番をしているお姉さんにいた。その花壇は何のためのものですか、と。常識的に考えれば、花を栽培するために作られたものだろう。が、しかし。僕にはその花壇に異常な違和感を覚えていたのである。


△▼2△▼


 順を追って話そう。当初、通学の際傍目はために見たそれは、きれいだな、とだけ思っていた。翌日も、その翌日も。

 だが、代わり映えのしない彼女に次第に違和感を覚え始めた。

 少しの差もない容姿で連日登校するのだ。気持ち悪い? そうだろうとも。僕は彼女のストーカーだから。


△▼3△▼


 謎を解くべく、僕は勇気を持って彼女に話しかけた。きみは一体何者なのか、と。

 この問い。

 普通なら無視されてもおかしくない不躾ぶしつけな質問だ。

 しかし、彼女はこの問いに、

「私は生まれてこの方、。すみません」

 と答えた。


 僕はひどく困惑した。そんな人間が存在するのか。


「あの…… 親御さんとはさすがにコミュニケーションをとっていますよね」

「親? ああ、親ね。あ、ごめんなさい」


 やめてくれ。会話するにつれ僕の心はむしばまれてゆく気がするのだ。それが錯覚であろうと、幻覚であろうと。


△▼4△▼


 だが現実は厳しかった。それは錯覚でも幻想でもなく真実だった。

 彼女は妄想のたぐいだと思っている。

 だが現実は厳しかった。それは妄想ではなく、れっきとした真実だった。


「私はあなたを殺します」


 そう言い放った彼女の目は本気で、ああ、僕は殺されるのだな、と思った。その後、彼女から折衷案せっちゅうあんが持ち出された。ストーカーをやめることを条件に命を助けてくれるというものだ。

 当たり前の話である。ストーキングされて不快になるのは当然である。自身の命に危険を感じたならば、なおさらストーカーを排除しようとするだろう。

 もちろん、僕は対象に手を出す系のストーカーではなかったのだが、つけまわされる女性にとっては同じこと。場合によっては殺されてもおかしくない。


 僕はまだ死にたくなかったため、彼女の提案をんだ。


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 そして今、僕は彼女の前にいる。

 ローズマリーが私の子供のかてになると思い、過去の非礼を詫びつつ購入した。


 彼女は満面の笑みをたたえ、花を売ってくれた。

 本屋なのにおかしな話だが、ともあれ花を売ってくれた。


 帰り道、何となく花壇を見ると、そこには

 数ヶ月前は綺麗な花が咲き誇っていた場所には何もなかった。


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 僕はローズマリーを捨てた。気味が悪かった。経緯を考えると、自分の子供に与えるには躊躇ちゅうちょしたのだ。

 それ以降、とくに奇怪な現象は起きなかった。

 美しい花壇を持つ本屋の主人からも、報復はなかった。


 翌年。息子が修学旅行に行く。彼はお土産を買う気満々だ。

 あまり使いすぎるなよ、と言い、使いすぎるほどの現金を渡した。彼は僕たちの息子だ。良識はある。


 ……おそらく世界初だろう。

 修学旅行先で花束を目一杯買い込んだ学生は。


△▼7△▼


 教師はたずねた。なぜそんな妙な行為をしたのか、と。

 息子はただ一言、本が咲く花壇が見えた、と答えた。


<了>

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花壇がある店 電咲響子 @kyokodenzaki

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