打倒連載!目指せ気紛れ短編集(笑)

ナナカマド

『無題1』前編

 まだまだ寒い大晦日の夜。これはちょっと暖かくなるある館でのお話。


 大晦日。普段から賑やかな市場がより一層賑やかになる数少ない日のうちの一つである。


 この辺りの町では子供も大人もたくさん住んでいるので、いつもはそこまで賑やかで無い店も、それなりに稼げる日である。


 通りは人でごった返し、寺や神社は既に人の行列が続いている。時たま甘酒や蕎麦まんを片手に、この寒い中元気いっぱいに走り抜ける子供にぶつかりそうになりながら大きな袋片手に歩く、少し童顔な女性が1人。


「この寒い中、どこにあの様な元気が残っているのでしょうね」


今し方通り抜けて行った子供達を目で追い、深いため息をつく。


「いらっしゃい!安くするよ!あ、雪ちゃん、この餅どうだい?安くしとくよ」


 ふと、雪と呼ばれたその女性が足を止めて、声をかけられた方へ近付いていく。そして出店を出す店主の勧める餅をまじまじと見つめたかと思うと、


「そうですね。流石、今年も良いお餅です。ですが、残念な事に今年は屋敷の主人であられる旦那様の、お客人のお子様方がお餅つきにいらっしゃることになっているので、また今度お願いしますね」


 彼女はそう言うと、少し眉を歪めた。この米屋のお餅は安くて美味しいので、毎年お雑煮に入れるお餅として重宝しており、そのお餅入りのお雑煮が今年は食べられないのが、少し残念だった。と言っても、使用人である彼女の食べるのは余った汁と野菜と餅を入れて煮た、『余物煮』な訳だが。それを察した米屋の店主は、


「そうかいそいつは残念だなあ。また今度に期待するか。そん時こそ安くするからさ」


 そう言いながら小さな餡子入りの大福を賄賂だと言って手渡す。せっかくの好意だったし、単純に嬉しかったのでそのまま受け取っておく事にした。


「ありがとうございます。また今度買わせていただいた時には、お餅を使ったお菓子をおすそ分けに参りますね」


 小さな大福はまだ熱く、口に含むと中身の胡麻餡のほんわりと柔らかで上品な甘味と、あの独特の香ばしさが口いっぱいに広がった。あまりの美味しさに、思わず静かに破顔するとそれが嬉しかったのか、釣られて店主もクククと実に愉快そうに笑った。愛嬌のいい顔が更に人当たりの良さそうな顔になる。


「そいつは楽しみだ。雪ちゃんの作る料理や菓子はうまいからなあ。孫も喜ぶから、あいつらの分も頼むよ。おっと客だ。じゃあな、雪ちゃん。良いお年を」


「ええ。お米屋さんこそ、良いお年を。大福、美味しゅうございました」


 軽く一礼をして大晦日の新年に向けた買い物も終わって、他に用のない彼女は帰路につく。


 おもむろに吐いた息が、まるで彼女の魂の一部が抜け出たように白く、天に向かって伸びて行った。これを見ると、ああやはり冬だなと思う。まだ体は、大福の暖かさでホカホカしていた。何だか妙に心がむず痒い。それを誤魔化すように小さく笑ってみたりした。心は何も食べていないのに、何故か大福よりもホカホカと温かくなっていった。


 彼女は毎年大晦日が近づくと、決まって様々な物をここの市場で仕入れ、年越し蕎麦からおせちの仕込みまで彼女1人で全てこなしている。

 

 加えて広い館の家事も全て1人でこなしているのではっきり言ってかなりの重労働なのだが、召使いが今の所彼女しかいないのでどうしようもない。


 他に使用人がいたこともあったが、どんなに熟練者だろうと、皆彼女を前にすると無能に成り下がることに心を折られ長続きがしないのであった。「ならばまた採用試験でもすれば良いじゃないか」と思うかもしれないが、なかなかそういうわけにもいかない。さっき、彼女が優秀すぎるからといったが、実はもう一つ由がある。


 それは、彼女が1人でやってきた期間が長すぎて、仕事を他人に任せると言う行為ができないこと。要は人付き合いの面限定の不器用である。というか、なぜ自分1人でできることをわざわざ余計に時間がかかる者に任せなければならないのかが、彼女にはイマイチ理解ができなからのだ。しかも彼女1人で全て回せているし、屋敷の住人達も特に困ってはいないので、結果問題の先延ばしになってしまっている。


(誰か居ないかなあ。何も言わなくても、勝手に覚えて勝手に働いてくれるような、丁度良い人材)


 そんなことを考えながら近道をする為裏路地に入ろうとすると、ぼんやりとだがはっきりと、1人の子供の気配がした。目を凝らすと、白髪と濁った血の様な瞳をした少年が雪の上にポツンと座り込んでいる。


 その姿はまるで、この前お客人のご子息に読んで差し上げた異国の御伽噺…『燐寸売ノ少女』だっただろうか…を連想させた。確かあれも異国の大晦日の話だったような気がする。だがその少年はその少女とは違い、薄汚れ痩せ細ってはいるが、かなり良い服に身を包み手も水荒れやヒビ割れをしていない。そして何も持っていないし売っていない。


(…これは下人の出ではないな。むしろかなり良い所のお坊ちゃんといったところか。この感じだと家が没落でもして商人に預けられたが、初めての労働で足手纏いになって追い出されでもしたんだろ)


 この時代だとよくある話だ。特に最近は華族が没落したなどと言う話は掃いて捨てるほど転がっている。その子供が不幸に見舞われたと言うのもまた然りだ。ついこの間も、津軽にある某作家の生家が没落をしていたようないなかったような。


 しかも最近では、そんな華族間であった没落の要因になった内容をモデルにした娯楽物が増えている。しかもどれも人気ときた。子供の方は子供の方で、奴隷商人に捕まり高値で売り払われる者も居る。そしてこれもまた、小説なり何なりのネタにされる。


(『本人にとっての悲劇は他人にとっての喜劇』とはよく言ったもんだ)


 だがその子供達全てを救おうなどとは考えてはいけない。そんなことを始めたら、金がいくらあっても足りないからだ。


 今時孤児なんて、街を1日歩けば1度は必ず目にするようなご治世だ。そんなに沢山いる孤児のうち1人でも相手にしたら最後、子供達だけでなく大人にまで目をつけられ身ぐるみを剥がされかねない。そんな危険なことをしてまでこの状況から彼らを救おうなどと言う、偽善的な考えは生憎彼女は持ち合わせていなかった。一時的な善意ほど残酷なものは無い。それは彼女がよく知っていたから。


(悪く思わないでくれよ、少年)


 そんなことを考えながら、彼女は少年に背を向け元来た道を戻り別の近道を使い館に帰る。


 館の裏口から入り、着替えを済ませ風呂の支度も済ませると、主人たちの居るであろう屋敷の温室に向かう。


「旦那様、楓様、ハル様、烏兎 雪ただいま戻りました。入室の許可を」


 すると中から、少年のような声で「どうぞ」という許可が出た。温室に入ると、彼らがちょうど温室の花を愛でていた。


「おかえり雪!市場はどうだった?」


 彼は雪が使えている屋敷の当主の次男で、名は『昂 春亮のぼる はるあき』。雪より4つ歳下の11歳で、明朗会活。とてもやんちゃだが、かなり聡いという面も持つ。中々的に回したら厄介なタイプな気がする。最近は家族と一緒に温室に篭るのが趣味だったりする。あと、かなりあざとい。自分の顔を有効活用するのが上手い。何処で覚えたのやら。


「はい。例年通り人がごった返しておりました。ただ、今年は雪が降っているせいかいつもよりは少し人が少なかったかもしれませんね」


「みんなは元気だった?」


 今声をかけてきたのは、この屋敷の長男にして次期当主候補の1人『昂 のぼる かえで』。雪より2つ上の17歳。少し長身の痩せ形で、いつも手には本を抱えている。所謂「坊ちゃんらしい坊ちゃん」である。こちらも普段温厚でかなり聡いが、この歳で剣道8段を持っている。通常、6段より上に上がるのはかなり至難の業になってくるのだが、なぜかそれを悠々と駆け上がり、一部では賄賂説も浮上しているほど。まあ、そういう輩に限り、本人を見た途端逃げていくのだが。


「はい、楓様。相変わらず皆様、とてもお元気でいらっしゃいましたよ。明日の餅つきが楽しみだとも」


「そうか。ありがとう」


「いえ。ところで旦那様に、帰ってきたら用事があるからと、逢瀬使っているのですが」


 先程からこの館の主人が見当たらない。言われた通り帰ったので挨拶をしようと、指定の場所に行っても居なかった。一体どこに行かれたのかと首を傾げていると、


「とーさまならね、お寺の方に行ったよ」


 退室するすれ違いざまにハルが教えてくれた。


「お寺?」


「うん。お寺の鐘、いつもカンカンしに行ってるでしょ?」


「はい」


「でもね、ユキが疲れちゃうからね、だからとーさまが代わりに見にいったの」


「?」


 まだよくわかってない私をわざと放置し、そのまま自室へ駆けて行ったハルの補足と言わんばかりに、兄の楓が横から顔を出す。


「あー、えっとね雪さん。詳しく言うとね、去年までは混む前に雪さんが予約してくれてたから、お寺の鐘を撞けてたけれど、今年からその制度がなくなったもんで、父上が『あんまり雪に頼り切るわけにはいかないからね。少し混み具合を見てくるよ。2人はここで留守番ね』って、僕の言うこと聞かずにでて行ってしまったんだよ」


………全く彼の方は。


「承知しました。では私は傘を持ってお迎えに……」


「その必要はないと思うよ。時間からして、そろそろ帰ってくる頃だから」


 噂をすれば、玄関からノックの音が聞こえてきた。


「ほら、ね?」


「はい。それでは出迎えて参りますね」


コンコン コンコン

………………………………

コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン…


………少しイライラしながら階段を降り、彼を出迎える。


「はい。只今」


 そう言ってドアを開けると、中背の物腰の柔らかそうな紳士…この館の主人である『昂 菊重朗のぼる きくじゅうろう』が立っていた。


「やあ、先に帰っていたんだね雪さん」


「はい。おかえりなさいませ旦那様。外套をお持ちしますね」


「ああ、ありがとう。それでね雪さん。帰って早々に悪いのだけれど、湯を沸かしてはくれないかな。外が少し寒かったからね」


「はい。そうおっしゃると思って磨出にご用意は済んでおります。すぐにお入りになるのでしたら、浴衣と半纏をお持ちいたします」


「ああ、いや入るのは僕じゃないんだよ」


「と、仰りますと?」


「ほら、そんなところにいないで入っておいで。外は寒いだろう?」


 なんとなく嫌な予感がして楓の肩越しに後ろを見やると………。


「…………」


「…………今ご案内いたします」


「うん。よろしく」


 居た。さっきの孤児の少年が、そこに幽霊のように立っていた。

さっきは座っていて分からなかったが、よく見れば少年ではなく、青年と言っていいほどの年頃だった。ただ、栄養不足なのだろう。かなり小柄で骨張っており、だが顔はちゃんと青年だった。まぁ、眼は死んでいたが。


「……………いいだろうか」


「…………どうかなさいましたか?」


「その………あの御仁をあなたはどのように捉えているのかと思い…………。よかったらお聞かせ願いたい」


「…………一介の使用人である私めには、旦那様のお心の全てを把握することはできかねます。なのでこれはあくまで私個人の見解になります。それでも宜しいですか?」


「構わない。頼む」


「承知致しました。私が思うに、旦那様はとても人情に熱く、とても懐の広い方だと心得ております。ただまぁ、ごく稀にそれが災いして、いろいろ面倒にはなりますが、基本的に身内の方にはとてもお優しい方です。その分、敵に回したくはない方でもありますが。これで答えになりましたでしょうか」


「ああ。ありがとう。……………えと」


「雪と申します。苗字はございません」


「分かった。ありがとう雪さん」


「いえ」


 そのまま、2人が風呂場に着くまでただの一言も言葉を交わすことは無かった。


 それと、彼は自分の肌を他人に見せようとは決してせず、雪も結局彼が風呂から上がり服を着て呼び鈴を鳴らすまで、部屋で待機することになった。


「…………不思議なお客様だこと」


 そう小さく呟く彼女の声は、小さく控えめに鳴った呼び鈴の音に掻き消されたのだった。

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