プロローグ



*   *   *



「〈旅人は乾いていた。長き荒野の果てに燃え盛る太陽がみえる〉」

 ぺらりと、少女の指先が本の頁(ページ)をめくる。

「〈あれは灼熱。触れるものみな焦がし、溶かすための機関であり、ただひとつの情熱である〉」

「……」


 少女の横で、黒いベールを纏った宇宙が昼寝をしている。

 少女の詩の朗読を子守唄にするかのように。


「〈旅人はそれでも歩いた。その熱が己の指に触れるまで、しかして足は止まらなかった〉」


 ブロンブロン、と窓の外でエンジンの音がする。

 ニラの乗ったトラックが到着したようだった。ドアを開けて、彼が店内に入ってくる。


「カシコミィ!」

「遅かったわね」


 読んでいた本を閉じ、リリーが椅子から立ち上がる。


「はじめてにしては、上出来だろ?」

「だめよ、今日から開店するのに」

「けどよ、トラック運転してメメント集めてくんのも、ラクじゃねーぜ?」


 そう言って、ニラはコキコキと首を鳴らす。

 外につけられたトラックには、彼の回収してきた遺品がつまっている。

 どこでどうやって回収してきたのかは、彼しか知らない。リリーには興味もなかったが、それより今後、メメントを集めながら雑貨屋を営むための人手が足りていないというのは問題だった。


「……まだ、みつかんねーのか?」

「……ええ」

「あんたが探しているのは、一体どんな〈記憶〉なんだ?」


 ニラの問いに、リリーは答えない。

 ただ寂しげな目をして、窓の外を眺めるだけだった。


「……あの、ごめんください」


 ドアのほうから声がした。振り向くと、ひとりの少女が立っていた。


「求人広告をみて、来たんですけど」


 そう言って、少女は求人チラシをリリーに差し出した。

 ニラの作った、広告というにはあまりにお粗末なその紙を持ってやってきたのは、半年前、宇宙が腕時計を盗んで連れてきた、あの少女だった。


「鈴花?」

「ここで働けるって聞いて、きたんですけど」


 後ろでひとつに結んだ髪を尻尾のように揺らし、意思の強い瞳がしっかりと、リリーをみつめていた。リリーは微笑すると、その紙をゆっくりと片手で受け取った。


「心の整理はついたの?」

「まだです」

「そう」

「だから」


 鈴花が言葉を切る。


「その日まで、何かをしていたいんです」


 リリーが微笑む。

 ニラは二人の会話をききながら、まだ事情が飲み込めていない様子だった。その時、電話が鳴る。


「仕事だぜ」


 受話器を握ったまま、ニラがにやりと笑う。鈴花の視線がリリーの瞳に向く。


「入社試験ね」


 リリーがトラックをずば、と指差す。


「いってらっしゃい」

「……はい」

「っしゃあ! カシコミカシコミィ!」


 ニラがどこからか取り出した祈祷用の玉串をジーンズの後ろにつっこみ、意気揚々と声をあげた。


……おい新入り、この仕事はラクじゃねーぞ……

……わかってます……それよりニラさん、まだ服着てないんですね……

……これが俺の正装なんだよボケが……


 二人のやり取りをききながら、リリーはトラックを見送った。

 今までよりも賑やかになりそう。そんな思いとは裏腹に、リリーの胸の中には一握りの闇がぽっかりと口を開けている感覚が残っていた。

 眠っている宇宙の頭をなでてやりながら、そっと呟く。


「……鈴花、か」


 誰に伝えるでもなく、それはもしかすると、己に向けて呟かれた呪いのように、静かに。

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内包的リリーオブヴァレー なんてこったパンナコッタ @nante-cotta-panna-cotta

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