第2話 引きこもり魔女の場合

 コツコツ、と窓を突く音が聞こえ、席を立つ。

 本当はテナの方が近かったけど、ちらりと僕を見つめたその瞳は「プーヴァ、お願いね」と言っていた。確実に。


「はぁい、いま開けます」


 今日はそこそこ天気が良いけれども、外気温はマイナスだ。だから、窓もあまり大きくは開けないようにする。すると、その狭い隙間に、つい、と封筒が差し込まれた。見ると、僕の手のひらにすっぽりとおさまるくらいの大きさの青い鳥である。確か『ツイッター』という名前の鳥だったと思う。その小さなくちばしでしっかりと咥えられていたそれを受け取ると、任務完了、とばかりに、その鳥はさっさと飛び立ってしまった。そんな、お茶くらい飲んでいったら良いのに。


「何だろ……。ああ、テナ宛みたいだよ、はい」

「あたし? 誰から?」

「ええと……知らない人」


 首を傾げつつ、それを渡すと、受け取ったテナもまた、差出人を見て僕と同じくらいの角度に首を傾けた。


「あたしも知らない人みたい」

「何だろ、間違い?」

「まさか。この森にはあたししかいないし。それに、テナって名前……そんなにいるかなぁ」

「どうだろ。魔女の名前のことはわかんないよ。白熊の名前なら……ごめん、それもわかんないや」

「奇遇だね、あたしもわかんない。プーヴァはばあちゃんがつけた名前だからなぁ。どういう意味があるのかとか、さっぱり」

「テナは? 『テナ』っていうのはどういう意味があるの?」

「さぁ? 昔、そんな美人の魔女がいたとかどうだとか」

「そうなんだ」


 ということは、きっとテナもそんな美人の魔女になるのだろう。いまもとびきり可愛いけど。僕もそういう『昔、プーヴァって名前のとっても勇敢で雄々しい白熊がいた』みたいなのがあると良いのに。


 さて、そんなことよりも、だ。


「それで、そのお手紙にはなんて書いてあったの?」

「ええとね。……何これ『魔女集会のお知らせ』?」

「『魔女集会』? ああ、そういえば地下の書庫にそんな内容の本があったような……」

「どんな内容? 集会って、何するの?」

「待って、いま持ってくるよ」


 とんとん、とちょっとウキウキした気持ちで階段を下りる。

 集会ってのは確かアレだ、ここじゃないどこか大きなお屋敷でパーティーみたいなのをするやつだ。確かそんなことが書いてあった。


 テナ、ちょっとだけだけど、興味ありそうな顔をしてたな。

 もしかしたらテナが外に出るきっかけになるかも。


 そんなことを考えて。


『#魔女集会で会いましょう』という変わったタイトルの本を探し当て、再びテナの元へと戻る。


「ほら、これだよ、テナ。見て見て」

「うわ。すっごい。色んな所に住んでる魔女が集まってる」

「わぁ、テナ見てよ。こっちの魔女は森に捨てられた人間と一緒に暮らしてるんだって」

「ほんとだ。人間と一緒になんて暮らせるものなのかなぁ」

「ねぇ、楽しそうだよ、テナ。色んな魔女と友達になれるよ」

「別に……あたしはプーヴァがいれば良いもん」


 ぷぅ、と頬を膨らませ、つん、と唇を尖らせる。

 やっぱり駄目か。と肩を落とす。いや、でも、もう少し頑張ってみよう。


「ねぇテナ。いつもブラッドやタオからは、楽しいお話を聞かせてもらってるでしょ?」

「え? うん、それは、まぁ」

「きっとさ、あの2人もテナから楽しいお話聞きたいって思ってるはずだよ」

「そうかなぁ」


 テナは、椅子に深く腰掛け、背中を背もたれにぴったりとくっつけた。そしてちょっとだけ俯いて、足をばたつかせている。何か脈あり……な気がする。


「僕も一緒に行くから。ね?」

「……プーヴァ、白熊じゃん。この国から出られないじゃん」

「人間の姿になれば大丈夫だよ」

「薬、半日も持たないやつじゃん。白熊に戻ったら、プーヴァ、暑くって溶けちゃうよ」

「大丈夫、ここ見て、テナ」


 そう言って、招待状を指差す。

 テナはちょっと面倒くさそうに身を乗り出した。


「何よ、開催日? 15日後? それがどうしたの?」

「いまのテナだったら、もっと強力な『へんしん薬』が作れるはずだよ」

「無理だよ、あたしなんかに」

「そんなことない。だってテナはもう二十歳なんだから。僕もついてるし」

「ううん……そうかなぁ」

「やってみようよ。それで、僕と一緒にお出掛けしようよ」

「……ま、やってみるだけよ。失敗したら、あたし行かないから」


 大丈夫、絶対成功するよ。

 君はもう十三歳の魔女じゃないんだ。

 たった一瞬だけど、この小屋から飛び出す勇気もあった。

 だから、大丈夫。


「さぁ、そうと決まれば僕は明日、材料を集めに行ってくるよ。それから――」

「……それから?」


 やっぱりまだ不安なのか、眉の間に深いシワを刻んだテナが恐る恐るといった声で尋ねてくる。


「街でテナの靴を買ってくる。ぴかぴかの、可愛いやつをね」

「……ぴかぴかじゃなくても良いから、歩いても疲れないやつにして」

「はいはい」

「それと、今日のおやつまだ?」

「ああ、忘れてた。いま用意するよ。今日のはね、すごいよ。ふるっふるのババロアを作ったんだ」

「いつものホットミルクも忘れずにね」

「はいはい」

「『はい』は一回! もうっ!」


 頬を真ん丸に膨らませて腕を組んでいるその小さな魔女を見る。

 これでも彼女はもう二十歳なのだ。魔女としては、まだまだ半人前ではあるけれども。でも、また確実に一歩踏み出そうとしている。僕はそれがとても嬉しい。


「集会では僕がしっかりエスコートするからね、


 調子に乗ってそんなことを言ってみると、


「あたしに恥かかせたら、承知しないんだから」


 と、人間達から恐れられる『魔女様』は耳まで真っ赤にして、ぷい、と顔を背けた。



 それから2週間後、この小屋は、3日ほど無人となり、近くの村では「北の森から魔女が消えた」という噂で持ち切りだったらしい。





※こちらは、


『テナ&プーヴァと厄介な客人』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054883420258


 に登場する引きこもり魔女のテナです。

 本編は、テナと白熊のプーヴァが住む小屋を訪れる人間が色々と酷い目に合う、というお話です(説明が雑すぎる)。


 ご興味のある方はぜひ!

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魔女集会で会いましょう ~宇部作品の魔女達が招かれたら~ 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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