魔女集会で会いましょう ~宇部作品の魔女達が招かれたら~

宇部 松清

第1話 大食い魔女の場合

「ねぇ、見てよサル」


 俺の腕の中で空の散歩を楽しんでいたお嬢が、そんな声を上げた。彼女の手には、いつの間にか一枚の封筒が握られている。


「どうしたんだ、お嬢。何だその手紙」

「たったいま届いたのよ。誰の使いかわからないけど、ほら、きれいな青い鳥とすれ違ったじゃない?」

「ああ、ここらじゃあまり見かけない品種だったな。ええと確か『ツイッター』とかいう鳥だったか」

「そうそう、その鳥がね、渡してくれたの。サルメロったら、気付かなかったのね」

「まぁ、それどころじゃなかったからな」


 昼食後、お嬢が珍しく読書をしていると思ったら、いきなり、


「私、『ニオヤッコセのポポンポロロンソース~ニャホトトカを添えて』が食べたいわ!」


 なんて叫び出したのだ。どうやらその本に出て来る料理らしいのだが、そんな料理、見たことも聞いたこともない。この俺が。この俺が、だぞ?


 ここで自己紹介させてもらうと、俺は『樹人みきじん』という種族で、あるじであるお嬢――オリヴィエ・ファ・ユランティ・ヨランカ・グズムンラナガン・ノーヴァ・レーニヒ……(以下略)に仕える『箒』だ。樹人というのは、『樹人の森』にのみ生える不死の大木で、魔女に引っこ抜かれるとこうして人の形か――、あるいは箒になれる。

 最近の魔女はこうやってぺちゃくちゃおしゃべりをするものよりも、ただ黙って空を飛んでくれる箒の方が都合が良いらしく、俺の様な人型の樹人はかなり少ない。ちなみにこの場合、飛行スタイルはこのような横抱きの姿勢になる。


 樹人の森の樹人は、その根からこの世界のすべての植物達の知識を吸い上げることが出来る。

 植物というのは、この世界のどこにでも生えている。高い山にも、海の中にでも。種は風に乗って運ばれるから、空のことだって当然知っている。だから、大地に根を張りさえすれば、その情報はすべて俺達に流れてくるのだ。


 とはいえ、それは俺があの森で根を張っていた頃の話であって、引っこ抜かれた後はその限りではない。



 だからきっとその『ニオヤッコセのポポンポロロンソース~ニャホトトカを添えて』とかいう料理も、俺がこの魔女に引っこ抜かれた後に生まれた料理なのだろう。何もかも知っていることばかりだと、『知らない』というのはある意味貴重だ。だから俺も、その『ニオヤッコセのポポンポロロンソース~ニャホトトカを添えて』については大いに興味がある。


 あるのだが。


 何せヒントが乏しい。


「何かね、『リリアンダルス領』っていうところのお屋敷で作られてるみたいなの」


 これだけだ。

 そして、俺の知り得る限り、その『リリアンダルス領』という領地はこの世界にはない。いや、50年前にはなかった。この50年で出来たのかもしれないが。


「とりあえず、この辺だと思うのよ。日没まで探して、なかったら諦めましょう」


 と言うので、あちこちを飛び回って探しているというわけだ。日はだいぶ傾いてきている。空はお嬢の髪と同じ夕焼け色に染まりつつあった。


「これ、招待状よ」

「何?」

「ほら、見て。『魔女集会のお知らせ』」

「『魔女集会』かぁ。そういや前にもあったよなぁ」


 その頃は俺はまだお嬢と出会ってなかったけど、果たして、彼女はそれに参加したのだろうか。俺じゃない、箒を連れて。いや、このお嬢だからな、箒じゃなくて、俺みたいな人の姿の樹人かもしれない。


「しかも、今夜。お付きの方も是非どうぞ、ですってよ」

「まぁ、エスコート役はいた方が良いだろうし、なぁ」


 なぁ、お嬢は、前回のやつ、行ったのか。

 俺じゃない樹人にエスコートされて。腕なんか組んだりして、さぁ。


 無意識のうちに腕に力が入ってしまっていたらしく、お嬢が「ちょっと痛いんだけど」と顔をしかめた。


「いまサルが考えてること、当てたげよっか」

「……良い」


 どうせ、何もかもお見通しなんだ、この魔女は。俺が種族の壁を越えて、愛しく思っていることなんかも、きっと。


「安心して、私、まだ行ったことないから」

「……そうなのか」

「毎回ばあちゃんが参加してたのよ、この手のやつは。私、お留守番だったの」


 つん、と頬を突かれる。魔女の爪は長く尖っているものだと聞いていたのだが、お嬢の爪は短く切りそろえられている。薬作りの妨げになるとかもっともらしいことを言っていたが、たぶん、手づかみで食べる系の料理で爪の中に油とか食べかすが詰まるのが嫌なだけだと思う。


「だから、一緒に行きましょう」

「……『ニオヤッコセのポポンポロロンソース~ニャホトトカを添えて』はどうするんだ」

「それはまた今度で良いわ。あるのかどうかもわからないし」

「はぁ?」

「さっき読んでたやつね、フィクションなのよ」

「フィクション!?」

「うん、でもほら、フィクションでも元になってる料理とかあったりするし、そこだけはノンフィクションだったりとか、そういうこともあるじゃない? だから、あるかなーって」

「あるかなーって、おい……っ」


 それならそうと先に言え!!


「ちょっとサルとお散歩したかったのよ」

「散歩って……歩いてないだろ」

「魔女の散歩って言ったら、空の散歩に決まってるじゃない」

「そう……かもしれないけど」


 まぁ、悪くはなかったけどさ。


「よぉーっし、このまま集会へレッツゴーよ! うふふ、ご馳走もあるわよねぇ~」

「周りの魔女もいることだし、節度をもって食えよ」

「あら? 私はいつだって節度をもって食べてるけど?」

「絶対嘘だね」

「そうかしら?」


 それでも、強く言えないのは、俺が、美味そうに食べる彼女を見るのが好きだからだろう。


「……惚れた弱みってやつか」

「え? 何か言った?」

「別に何も。ちょっと飛ばすぞ」


 別に急いでるわけでもないのに、それを口実にして少しだけ強く抱き締めると、俺は、夕焼け空の中を北に向かって真っすぐに飛んだ。





※こちらは、


『オリヴィエ旅行記~大食い魔女と行く、異世界グルメツアー!~』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054886288989


 に登場する大食い魔女のオリヴィエです。

 本編は一日ごとに完結しております。ただひたすら異世界の美味しいものを食べまくる内容となっております。


 ご興味のある方はぜひ!

 

 

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