取調室にて

沖野唯作

取調室にて

――あなたには黙秘権があります。自己に不利益な供述をする必要はありません。


わかりました。


――それでは取調べを開始します。氏名、年齢、職業を教えてください。


藤原周磨、二十八歳、無職です。


――あなたは、令和二年三月十九日、父親と母親を殺しましたね?


はい、罪を認めます。


――あなたと両親は、京都市内にある一軒家で同居していた。間違いありませんか?


はい。私が産まれた時から二十八年間、家族三人で暮らしてきました。


――なぜ、両親を殺したんですか?


…………言わなければないけませんか。


――冒頭で告知したように、あなたには黙秘権があります。自分が言いたくないことを無理に喋る必要はありません。


嫌だというわけではないんですが、理解してもらえるかどうか……。


――事件の前日、あなたの家から激しく言い争う声が聞こえたという、隣人の証言があります。あなたと両親の間には確執があったのですか?


むしろ、仲は良かったと思います。私が大学卒業後、就職に失敗して実家に引きこもっている間も、両親は私のことを温かく見守ってくれました。結局、知り合いの伝手をたよって食品メーカーに雇ってもらったのですが、病気のため半年ほどで会社をクビになりました。それでも両親は文句一つ言わず、私を養ってくれました。


――では、なぜ両親を殺したのですか? あなたに動機があるようには思えませんが。


そう見えるでしょうね。両親を殺したところで金銭的なメリットは皆無ですし、私は二人を憎んでいたわけでもありません。かといって、私は危険思想に染まった狂信者でも精神異常者でもなく、ましてや殺人狂とは程遠い平凡な人間です。両親を殺しても、私には何の利益もない。そう結論を下すのが普通の反応です。


――しかし、あなたは当初、事件そのものを隠蔽しようとしました。両親を殺害後、二人を人里離れた山奥に投棄し、死体が発見された後も、確たる証拠を突きつけられるまで自身の犯行を否定し続けました。容疑を逃れようという魂胆はあったわけですね?


はい。私は一家心中を試みたわけではありませんから。父と母を殺したうえで、一人の市民として生活を続けるつもりでした。


――もう一度お尋ねします。なぜ、両親を殺したのですか? 前日に隣人が聞いたという喧嘩の内容と、何か関係があるのですか?


はい、あります。ただし誤解しないでくださいね。私は腹を立てたから、二人を殺したのではありません。要求が拒絶されたから、二人を殺したのです。


――要求、ですか?


二十八年間、ずっとやりたいと思っていたことです。しかし、両親は私の願いを受け入れてくれませんでした。それが事件前日のことです。私はその時、殺人を決意しました。欲求を満たすためには、二人を殺す以外、方法は残されていなかったのです。


――あなたは何を望んでいたのですか?


実はその…………、一人暮らしがしたかったんです。

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