第22話 黄色い角

 久々に夢に和尚が現れた。

(竹風殿、ちょっと厄介な事が起こりました。)

やれやれ・・・と、あきらめ気分のわたしに和尚は無言で微笑む。

夢解きだからといっても、和尚の言いたい内容まではわからない。

 翌日、寺に足を運ぶ。

朱雀は日に日に、穏やかさを身につけ、生き生きと雑務をこなしていた。

その朱雀を取り囲むように、子供たちが元気に駆け回っている。

こういう平和な風景を垣間見ると、やがて来る過酷な運命を忘れてしまいそうになるが、この平和に相反するような地獄の釜の蓋が開くのは時間の問題なのだろうか。

いつ、何が起こるかはわからない。

ならば、平和を今のうちに満喫するのも悪くないだろう。

「竹風様、お久しゅうございます。」

「少し見ないうちに、すっかり一人前になられましたな。」

「この子たちの世話をしていると、時がたつのを忘れてしまいます。」

「それはそれで、良いことではありませんか。」

「ええ・・・。」

朱雀の心穏やかで、こぼれる笑い声に幸せを感じる。

「和尚は?」

「本堂にてお待ちです。」

本堂で、大きな釈迦像の前にたった一人で対峙している和尚からは、何ともいわれぬいい香りが漂ってくる。

(蓮・・・だろうか?)

そう思った途端、和尚が振り向いた。

「まるで、後ろに目が付いているようですな、和尚は・・・。」

振り向いた和尚は、いつもの穏やかな微笑みを浮かべた。

「蓮の香がいたしましたか?」

(人の心を読んだな・・・)

と、毎度のことなのであきらめる。

「ええ・・・。」

「ありがたいことじゃ。お釈迦様のお導きじゃな。」

じゃらっと数珠をこすり、わたしを円座にすわるように誘った。

「ところで・・・厄介なこととは?」

「先程、朱雀と一緒におりましたかな?また新しい子供がここにやって参りましてな。」

「そういえば・・・額に布を巻いた子供がおりました。腫れものか怪我でも?」

「うむ・・・段々大きくなっておりましてな。それを取って欲しいのです。」

「そう言う事は、わたしでなく薬師に任せられた方が・・・。」

「任せられるならば任せております。まずはご覧いただけますかな?」

「はぁ・・・。」

和尚がその童を呼び、膝の上にちょこんと座らせた。

「この子は小虎といいます。」

頭に巻かれた白い布を取ると、そこには不思議なものが生えていた。

「なんですか?これは・・・。」

「さぁ~、何んでございましょうな。」

「少し、触れても構いませぬか?」

童は不思議そうに、竹風の顔を見ている。

「固いですな。それに、しっかりと根を張っている感触でございます。わたしの見る限り・・・べっ甲のようです。固くて、琥珀色で、透明な・・・。」

額と眉間の中間に、黄色の透明な固い棘のようなものが小さく付き出ていた。

「どうして、これを取らねばならぬのです?」

「いや、この子が取ってほしい・・・と言うものですからな。」

その童に直接問いただす。

「どうして取ってほしい?」

「これが出てくると、悪いことが起こる。だんだん大きくなって、ポロリと取れると怖い事が起こる。」

「いずれ自然に取れるならば、そのままにしておけばよいが・・・。怖いこととは?」

うつむいてしまう子の頭を優しく撫でた和尚が、代りに応えた。

「竹風殿、この子が言うには、この角らしきものが鬼を呼ぶそうなのです。」

「どういうことです?」

「この角がぽろりと取れたある晩、この子の枕もとに鬼が来たそうです。そして取れたこの角をみて、大層気に入ったらしく、自分の角と交換してほしいと言ったそうで・・・。

翌朝、自分の枕もとに鬼の角が代わりに置いてあったそうです。」

「だから、鬼が取りに来る前に取って欲しいと?」

童はコクンとうなずいた。

「この子が持っていた鬼の角をご覧になりますか?」

「あるのですか?」

和尚が奥から持って来た箱には、大小10本くらいの様々な角が入っていた。

「これは・・・すごい数ですね。」

小さなものはほとんどが黒くひなびた形で、所々が黄色の乳白色であり、中ぐらいの物は先が少し透明になっているものの、ほとんどが瑪瑙か何かの石のようにも見えた。大きなものは一つあり、半分ぐらいが透明で途中で折れていた。

どれも興味深い物ばかり。

丁寧に見るわたしに和尚は言った。

「角の話を聞きつけた人買いに売られたところを、偶然わしが引き取ったのです。」

「なるほど・・・・。鬼がこの角を目当てにしているのなら、何かの方法を考えてみましょう。」

(鬼封じが効くだろうか・・・。)

そう言う単純なものではないような気もする。

鬼が自分の角と引き換えにするというくらいだから、鬼にとってもやはり価値のあるものだろう。

厳重な封印のしてあるその木箱を納め、額の布の内側に鬼除けの護符を貼る。

童の額を、また元のように布で見えないように覆った。

帰り路の道すがら考える。

(鬼か・・・・。そういえば、あそこの“鬼”はどうしているだろうか?)

何の根拠も無く、頭の奥の方から湧き上がる予感にこそ、糸口がみつかるものだ。

(よし・・・あの方にきいてみるか。)

急ぎの文を託し、半時ほどでその方へと文が届く。

「やれやれ、また竹風殿か。今度は何に首を突っ込んでおるのやら・・・。」

文にはこう記してあった。

 


~≪取り急ぎの文をお許しください。

  最近の宮中の鬼はいかがでしょうか?

何か特別な事でも起こっておりませんでしょうか?

偶然か否か、わたくしの周りで鬼の噂を聞いたものですから・・・。

  何やら、ざわざわとする胸騒ぎの正体は如何に・・・。≫~


(そんな巷のことに、わらわを巻き込むでない!)

パタパタと扇をせわしなく仰ぎながら、宙を仰ぎ見る殿上人・右近(うこん)衛府(えふ)・朝霧(あさぎり)。

大きく狩衣の袖をはためかせると、何かを思いついたよう車を用意させた。


 竹風の長屋では、夕餉の匂いが漂っているころ・・・

何者かが竹風の家の戸口を叩く。

戸口をあけると、この辺りにしては見慣れない、どちらかというと浮いてしまう風体の男が立っていた。

「わざわざ、おいで下さらなくても・・・。」

「いや・・・文にするには、危険が多いのでな。」

「貴方のように雅なお方が居らっしゃる所ではありませんよ。」

「それを承知で来ておるのだ。」

心なしか二人は小声で話す。

「離れたところに牛車を停めて、徒歩(かち)で来たのでな、とりあえず水をもらえるか?」

「粗末なところですので、おもてなしもできず、申し訳ございません。水より酒はいかがでしょう?」

「なほ、よろし・・・。」

二人は酒を酌み交わしながら、ぽつりと話を始めた。

「どうして、竹風殿が宮中の鬼の話を自らほじくりだすのじゃ?

関りたくないと言い出した者の割には耳が早いではないか!」

朝霧は訝しみながら言う。

「宮中だろうと巷であろうと、出るものは出ますよ。」

「まあ・・・な。そちらの鬼はどんな話だ?」

「ある寺に預けられている童の額に角が生えており、その角を鬼が欲しがる…という話。童の角が取れると交換してくれと鬼が枕元に立つらしいのです。その際に、自分の角を置いていくと・・・。怖いからその角を抜いて欲しい・・・と言う依頼をうけまして。」

「そなたなら簡単であろう?抜くぐらい。」

酒の杯を空けながら朝霧は言う。

「抜くのは簡単でも、抜けるたびに鬼と取引するのはいかがなものかと・・・。」

「まあな。鬼が自分の角を差し出してでも手に入れたい角だという事とは興味をそそるな。」

興味津々な朝霧をたしなめるように、酒を注ぎながら

「そこが不気味なのです。」

と竹風が釘を刺す。

「参考になるかどうかわからぬが・・・宮中の鬼の話も、角が生えてくる女官がいると噂されておるわ。不気味がって誰も夜の見回りをせぬ。つい昨日は、柱に長い爪で引っ掻いたような傷が見つかって、鬼の爪痕だと噂になっておる。」

「朝霧様はどのようにお考えで?」

「引っ掻き傷は怪しいものだが、何かの災難の予兆として鬼は隠れ蓑になっていることもある。大体、鬼の噂が出るときは、何かしらの禍(わざわい)の予兆とみているがな。」

酒を酌み交わすうち、朝霧は饒舌になっていく。

「鬼が欲しがる角とはどんな角なのじゃ?」

「わたくしがみたところ・・・べっ甲のような固く透明な色形でございます。」

「べっ甲とな・・・。それは、鬼でなくとも手に入れたいものじゃ。」

べっ甲に興味を示すとはさすがの殿上人。

「べっ甲のような、と申し上げただけです。」

「ふむ・・・・。もうすぐ射場(いば)始(はじめ)(内裏の弓馬での弓術初めの儀式)の人選もあるし、人の邪心がうようよしておるわ。」

「わたくしはその手の邪は苦手ですので、鬼の話の成り行きを見て、また文などいたしましょう。言っておきますが、宮中の鬼の間は封じてはまずい。封じれば何処かにその抜け道を求め、それこそ我らの手に負えないものと成り得る。宮中の鬼は宮内で跋扈(ばっこ)していればよろしいでしょう。」

「さよう。鬼を酒の肴(さかな)に飲むとは面白い趣向であったぞ。また来る。」

粗末な住まいに嫌な顔一つせず、やってきた殿上人。

宮中に居た時にも仲の良い、身分の違う友人である。


童の額に生えた角は、日に日に大きくなっていく。

包帯も封印の書も貼れなくなり、童は頭から袋のようなものをかぶるようになった。

しばらくして、その大きさが3寸(約9センチ)ほどになったころ、それは突然取れた。

わたしが初めてみるその角は、誰もが息をのむような美しさすらあった。

ちょうど、冬の軒先に出来る氷柱(つらら)のような透明感と、天に向かうかのように完璧な弧を描いてそそり立つ勇ましさをも含んでいる。

和尚はぽつりと言う。

「竹風殿、初めの方の角と比べると、段々と美しさや透明度が増してきており、大きくなってきています。その意味するところが私にはわかりませんが・・・。どうかこの子が健やかに育っていく事だけを御仏に祈ります。」

和尚の困惑と不安が、これ以上大きくならない事を祈った。

その角は新たな木箱に入れられてから厳重に封印され、本堂の誰も知らないところに入れておくと、和尚はぽつりといった。


角が取れ、かぶっていた袋をとり、またいつものように元気に走り回る童を見ていると、角のことなど忘れてしまいそうになる。

角が取れたところは、赤く痣の様なものがついいるが、それが瘡蓋(かさぶた)のようになってくると盛り上がり、固くなっていくそうだ。

何か大きな何かが蠢(うごめ)く気配がしてならなかった。



鬼の角の霊力は如何に・・・竹風

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夢解き屋~竹風~ 夢を見ない男の話 @jennifer0318

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