第21話 炎を操る娘の新しい運命

 和尚の寺にきて以来、女は指先から炎が噴き出すような事はなくなったという。

和尚がゆっくりと、この女の深い哀しみを癒し、慰め、ときほぐしていったお陰だろうか・・・。

娘の胸に宿った小さな怒りの炎が血肉を食して燃え上がり、体中を駆け巡り、行き場を失って指先から噴き出すという道筋を整えるには少しばかり時間がかかるだろう。

怒りと無縁の生活をしていれば、炎が噴き出すことはない。

しかし、封じ込めることは解決にならない。

その娘が授かった使命は、この炎を駆使することで役目が果たせる。


寺には、六人の童がいる。

和尚に名付けられた6人の福神たちも、ここで来るべき日のために大事に守られている。

わたしは今日、童たちの様子を眺めているうちに悟った。

災害を知らせる地蔵は、わらべ歌に導かれてここにやってきて、裏庭に隠されるように安置されているのもその一つ。

さる貴族の方を通してもたらされた不思議な白い粉もしかり。

そして、このわたしも絶妙に配置された“何かの要素”の一人であろう。

そんな正体のない確信がわたしにどっしりとのしかかった。

和尚を入れて七福神となる童たちの一人、毘沙門天から名をもらった童・毘沙(びしゃ)もそうだ。

その毘沙の姉のような存在が、ここにやってきた炎の娘である。

「どうしたの?みせてごらん。」

手を優しく取って、覗きこむと毘沙の手に棘(とげ)が刺さっていた。

「あっちの山に木が何本立ってるか見える?」

「いち・・・に・・・痛っ!」

「ほら、抜けた!」

「木は?」

「そんなのどうでもいいの。もう痛くないよ、どう?」

「ほんとだ!」

その様子を見ていたわたしのもとに、炎の娘が駆け寄ってきた。

「竹風様~!」

「小さい子の扱いがうまいね。」

「私にも妹がいたから・・・。」

この娘にとって、思い出は悲しみでしかないのだろう。

目の奥が寂しそうに言う。

「そうか・・・。あの子たちも嬉しいでしょう。頼りになる姉ができて。」

「朱雀(すざく)」

「えっ?」

「和尚様が私につけてくれました。私の名を朱雀と・・・。名が無いと呼びづらいって。」

「都に朱雀門がありますよ。それと同じ朱雀ですか?」

「そうらしいです。ゆっくりなさってくださいね。では、仕事がありますので・・・。」

駆けていく朱雀の表情は、初めて会った時の懺悔に押しつぶされそうな重さがどこかに行ってしまったようだった。

「朱雀・・・は、安直すぎましたかな?」

いつもの微笑みとともに和尚が現れた。

「嬉しそうでしたよ、名前をもらって。」

「自分の定めは受け入れていくしかない。隠したとしても、いずれは明るみに出る。ならば隠す必要もありますまい。それに・・・

ここはわしが守っている寺ですから、ご安心なされませ。」

和尚の結界ならば、ちょっとやそっとでは破られまい。

朱雀は、炎のごとき赤い鳥。

瑞兆の印ならば、この出会いも間違っていないということなのだろうか・・・。


 子供たちを寝かしつけた朱雀は和尚に呼ばれた。

「竹風殿と出会ったことは、御仏様の思し召しじゃ。心しておくように・・・。」

和尚からこのように改まった話をされたのは初めての事だった。

「はい。初めてお会いした時から、あの方は懐かしいような気がいたしておりました。何かに呼び起されたような・・・不思議な感覚。」

肯定するようにゆっくりとうなずいてから和尚は言った。

「そなたに言わねばならぬことがある。今は分からずともよい。しかし、いずれ分かる日が来る。必ずくる。そなたには大きな役目がある。そなたの炎は、誰もが持てるものではないのじゃ。わかるな?」

「はい、和尚様。」

「人を焼焦がすための炎ではない。邪を成仏させるための、邪を導くための炎じゃ。わかるか?」

「・・・・。しかし、何人も焼き殺しました。」

「その者たちも尊き炎で祓われたのじゃ。人に悪さをすれば自分に還る。それは人間だれでも同じこと。あの者達とて今では地獄にはおらぬぞ。改心の機会をもらい、仏様の元におる。」

「本当ですか・・・?」

「人にした事はいずれ自分に還るのじゃ。朱雀、お前に放たれた業が彼らに戻っただけのこと。もう囚われるでない。自業自得と言う言葉の通りじゃ。そなたは役目を授かっておる。過ぎた罪悪に心を乱すことなく自分の役目を全うし、人の役に立てることが大義じゃ。使わぬこそは地獄行きじゃぞ。」

「小さなころから普通でない私は人目にさらされず、いつも隠されていました。父は私を池に投げ込み、母は火の中に落としました。

しかし・・・なぜかいつも助かり、火の中に落とされても火傷一つしません。それがかえって不気味だったらしく、物心つくころには捨てられました。妹が一人いて、こんな私に寄り添うように付いて来たのですが、都に来る途中で亡くなりました。

いつも拾っては捨てられ、拾っては捨てられの繰り返し。人の顔を覚えるまで一所に居た試しがありません。ある時・・・ひどく殴られた時、初めて自分の指から炎が出るのを見て驚きました。

その男が言った言葉を忘れません。“化け物”って言ったんです。男はその言葉を最後に私の炎に焼かれました。こんな私にも役目が・・・。」

「さよう。お前は朱雀の炎を宿すのにふさわしいと御仏が決められたことだ。逆らったり、否定してはいけない。受け入れなさい。そして全うしなさい。」

「・・・・。」

「案ずる事はない。一人ではないのだから・・・。仲間の力になりなさい。大切なものを守り、育み、愛しみなさい。今は解からずともよい。いずれ解かる時がくる。いいな、朱雀。この名前に恥じぬように・・・。朱雀は都を守る四神ぞ。心せよ。」

厳しい目の和尚の奥に、朱雀は神々しい何かを見たような気がした。


こうして炎を操る娘・朱雀は、来るべき日のために、寺の結界の中で守られ、七福神の駆け回る寺で穏やかに毎日を過ごしている。


竹風が寺を後にするとき、遠き山は夕焼けの光を浴び、金色に輝いていた。

(ここまで祝福されると・・・何だか怖い気もするな。)

まだ来ぬ日が、底なしに恐ろしい事態になることは、この時考えも及ばなかった。



   都を護る四神・朱雀の目覚め・・・竹風

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