第20話 炎を操る娘
毎月決まった日に行われる東市(ひがしいち)は、商人だけでなく街の人や子供も集まり賑やかだ。
地方の業者や特産品を積んだ車も乗り入れ、珍しいものが見つかったりする。
わたしには、流れ流れてこういう所に並ぶ楽器の掘り出し物を見つけたり、修理に使えそうな部品を見繕うのにもってこいである。
見慣れないものに興味を引かれて手に取っていると、雑貨屋の主人がすかさず
「これは舶来ものでして・・・何と言ったかな、新羅とかい言う国からの流れ物。奏で方もよく分からないものですが、お買い得ですよ。」
と、本当かどうかも分からない注釈をする。
見たことも無い楽器というのは、兎に角わたしの興味をくすぐる。
「奏で方もわからないとなると、多少は負けてくれるのであろう?」
「いやいや。そうはいっても異国の王宮からのものと成れば、それなりに・・・。」
「異国の王宮?」
「はい、ここの裏金を外すと文字が見えますでしょう?
ここに所有されていた王妃の名前が書かれており、もっと興味深いのは、王様が愛の印にその姫様に贈った物とかで、二人の名前が並んで書かれております。なんと言いますか・・・秘めた愛の証らしいのです。世に出てはいけない関係の、隠された愛の結晶ですな。なかなか出会えない代物ですよ。」
(この男、なかなかの商い上手!)
どんな云われがあろうとわたしは関係ないのだが、異国の流れ物となったら、かなりの掘り出し物。
これこそ縁なのであろう。
暫しの交渉の末、わたしはこの楽器を手に入れた。
心なしか速足になり、早く帰ってこの楽器をあれこれと触ってみたくなる。
その帰り道・・・
三条の橋のたもとのところに佇んでいる娘を見た。
年のころは、13,4歳ぐらいだろうか・・・。
幼さが残ってはいるが、どこか子供らしくない。
子供ながらに、子供の玩具などを冷めた目で見ている類の子供といった風情。
水面をぼんやり見つめ、つまらなそうな表情がわたしを引き止めた。
「何か魚でもいるのかい?」
話しかけたわたしを一瞬だけ見て、すぐ興味なさそうに水面に視線を戻す。
(はぁ・・・・)
小さくため息を漏らす。
「ここには吐き出した溜息の玉が、たくさん転がっているみたいだな。どんなにため息の玉を吐き出したって、軽くなるってものじゃない。」
川面をみたまま、若干の苛立ちを言葉に乗せた娘が、
「私を怒らせない方がいいわよ。」
と、小さな警告を発する。
「怒らせるとどうにかなるのかい?」
面白くなってきたわたしは、更に挑発する。
「そういって、興味半分に私を怒らせた人は火になったわ。だから、もう行って。」
「人が火になる?」
コクンとうなずく、しおれたその姿は懺悔の証しなのだろうか?
「お前さんから金を取ろうなんて思わないが、このままこの場を立ち去るのも難しいな。よければ話してみないか?」
「話すって何を?」
「夢解きをするのさ。」
「夢なんて・・・。そんなのまやかしよ。いい夢なんてみたことないし。いつも火になった人が私を追いかけてくるんだもの。」
「その人たちは苦しいからそうやって、追いかけるんだ。助けて欲しいのさ。」
「でも私が火をつけたんだもの。火を着けておいて、助ける事なんてできない。」
「どうやって火をつけるんだい?」
「私が怒ると、この指先から火が出るの。」
そう言って差し出す指はどこも変わった様子が無い。
「怒りっていうのは人間なら誰しも持っているよ。それが外に吹き出しただけだ。お前の場合は、ただその火が人より強くて大きいだけなんだろう。」
「でも・・・何人もの人が死んだ。育ててくれたおじさんや、優しくしてくれたお姉さんも。結局は私が殺したの。」
「扱いを覚えればいいんだ。それが上手くいかないんだろ?上手く扱えば、誰も死なない。」
偉大な力を授けられた者には、多大な苦難と試練が待っているもの。
今までの経緯を話しながら聞く。
長い長い懺悔の物語は、寺までの長い道のりでも足りないほどだった。
今日も和尚は山門で待っていた。
正確にいうならば、橋のたもとでこの娘と話している時に、すでにわたしの心は和尚のところに飛んでいたといってもいい。
いわゆる“念”というもの。
その念がいち早く和尚に危急をつげ、和尚はやがてここに来るだろう、その娘の事を分かっていたということ。
普段にこやかな和尚とは打って変わって、山門から厳しい顔をしたまま押し黙っていた。
いつものように本殿にはいかず、無言で境内から離れたところに向かう。
「ここならばよろしいかな?」
そういって、大きな朽ちた木を竈(かまど)に焚(く)べやすいように裁断する作業場に連れてきて娘に向き合った。
和尚はおもむろに足元の石を拾い上げて、その女にむかって急に投げつける。
かろうじて避けたものの、女はよろめいた。
その途端、和尚の方に向けた女の指から火が噴き出した。
和尚はその炎を避けもせず見つめ、その場で立ちすくんでいる。
一瞬の出来事だったが、その光景に圧倒され、わたしの方がひるんでしまった。
「和尚!」
「わしは構わん。そちらのお方はいかがですかな?」
「私は・・・。」
その娘は言葉が無い。
「竹風殿、ご覧になりましたな。この炎はただの火ではありません。」
和尚にむかって一直線に走った火の筋は、和尚の目の前で真っ二つに割れ、まるで蛇の舌先のようにゆらめき、威嚇して消えた。
「いきなりの事で無礼を致しました。しかし、この炎を確かめるにはこの方法思いつかなかった。お詫びいたします。」
和尚は深々と頭を下げた。
娘が言っていた炎を目の当たりにして、その威力が思った以上に激しく、壊滅的で、危険性をはらんでいて、わたしは次の言葉が出なかった。
「もう、怖いんです。自分でもこの炎がどんな事をするのかもわからないから・・・。今まで人は好奇な目で見るか、怖がるか、離れいくか、興味本位でからかって死ぬか・・・だったので。もう、誰にも近寄ってほしくない。」
その娘はおいおいと声を上げて泣き出した。
和尚は、
「大きな運命を背負われたからには、何かの意図があることでしょう。ここでしばらく暮らしながら、これからの行く末を見守りましょう。どうです?」
娘に寄り添いながら、優しく背中を撫でて言った。
「随分、抑え込んできたんじゃの。あのような炎を見たのは久しぶりじゃ。」
「久しぶりって・・・。どこかで見たことがあったのでしょうか、和尚様。」
その娘は和尚にすがるような眼差しで聞いている。
「ええ、似たような炎だったことを覚えています。しかし、この世の者では無かった・・・。」
「魔物ですか?」
わたしの言葉に和尚は優しく首を振り、
「いいえ、仏の世界に不動明王様がおられます。明王様の炎も慈悲ある強き炎でした。」
和尚の言葉に、誰も言葉をつづけられなかった。
倒れた娘の足元払ってあげながら、和尚は言った。
「しばらくこちらに預からしていただきますよ、竹風様。よろしいですな。」
こうしてこの娘は寺での下働きを始める。
人手不足というより、この寺の住職の元へは意味のある人が呼ばれて集まっている。
他に行き場のない特殊な人々が・・・。
しばらくして和尚に呼ばれた。
「竹風殿にお話せねばなりませんな。先日の炎の娘のことです。不動明王様の炎は邪を焼き尽くす炎なのはご存じですな。それは、相応の邪に立ち向かうべきために必要な炎。この世は陰陽の相互作用で、この世は五つの要素でできております。この娘も・・・この世に必要な要素の一つ。それと、四方を守る四神。」
「といいますと・・・?」
「近いうちに、必要な要素がここに集まるでしょう。この前の白い粉もしかり。偶然ではありませんぞ。」
陰陽五行は唐から来た思想。
この世は木火土金水(もっかどごんすい)という五つの要素で成り立っているという陰陽道の根本たる考え方だ。
(またか・・・・。)
正直、心の中でそう思う。
宮中の醜い権力争いが嫌で、権力争いの道具に陰陽道を利用するのが許せなくて逃げたのに、またもや追いつかれてしまった敗北感が伴う。
「これは出すぎたまねを致しました。陰陽道は竹風殿の専門でございますのに・・・。」
まるで心の中を読まれたかの様な和尚の言葉に、
「いやいや、術などもう忘れてしまいました。」
謙遜とやんわりとした断りを含んだ言葉で濁した。
何も言わず、微笑む和尚ほど怖いものはない。
「ここまでくれば、もう逃げられないという事ですな。」
(そうかもしれないな・・・。)
どこかでそんな気持ちがするが、その時が来るまで少しでも時間稼ぎもしたい。
「五つの要素と四神が徐々にここに集められる。それも実際の人間として現れると・・・。」
「陰陽五行には、大いなる自然の理のもと、確固たる礎(いしずえ)があります。何が欠けても、何かが余り余っても意味を成さない。そうでございましょう?」
「はい。すべては調和の上に成り立つのです。」
これから集められる大いなる意図を背負った人間とは・・・?
不動明王の霊力の源は迦楼羅炎・・・竹風
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