第19話 天から授かる白いもの

 時の流れというのは、不思議な力がある。

愛しい人を失った若い娘には、“時が癒してくれます”などと気休めに聞こえるかもしれない唯一の治療の言葉をいう。

この言葉の重さを味わう機会など皆無だと思っていた。

しかし、時折思い出す憎まれ口を利く亀が居なくなって、時間だけが淡々と過ぎて行く、もの寂しい感覚をこれほどまでに感じたことが無かった。

失った存在を思う時、時が癒す・・・と言う言葉にすら、救いをもとめてしまうもの。

生意気な口をきく亀は、もうこの世には居ない。

ぼんやりと、憎まれ口を利く亀の事が浮かんできた夕刻の薄暗いころ、意に反した方からお迎えが来た。

人目につかぬように、薄暗くなったこの頃を見計らって使いの者をよこすのはある貴族のお方。

わたしは個人的なよろずの相談や、占盤をつかった暦読み、各種儀式もする。

その貴族の方とは、もう何年もの付き合いになる。

宮中の窮屈な世界が嫌で飛び出し、隠れても、不思議と見つけられてしまう。

逃げ出して・・・見つかって・・・逃げ出して・・・何度もこんなことをしている間に、わたしはもう、この方から逃げるのをやめた。

迎えの牛車ですら、何から何まで嫌味なほど高級で、ギトギトとした権力の匂いがする。

迎えの者の衣服や、香や牛車のしつらえまで、何もかもが隙がなく見せつけるほどに・・・完璧。

権力社会を抜けてしまったわたしにとって、かしずく必要もない相手となったが、人として接している分には妙に愛嬌があり、わたしの人恋しさをチクチクと突く存在となっている。

その方の大きな屋敷に着く。

「今夜は何事ですか?」

その方は、わたしが口火を切るのを待っていたかのように、ゆっくりと酒の盃を置いた。

「そなたに是非見せたいものがあってな。きっと面白い酒の肴になると思うて心待ちにしておった。」

楽しんでいるような無邪気さ。

大層な紙に包まれたものを開きながら見せる。

「何なのでしょうな、この白いものは・・・。」

渡された紙をひろげ、わたしはその白い粉を指先でなぞってみた。

すべすべとしながらも匂いは無い。

「花粉か・・・のようにも見えますが。どこでこれを?」

「さあ。天から降ってきたと言うべきか。いつのまにか・・・という次第じゃ。よくわからぬゆえ、とりあえず集めておいた。」

その方が白い粉を軽くふう~っと飛ばすと、ほのかな灯りを受けてキラキラと光る。

その光は螺鈿のように様々な色を放ち、寒い冬の朝などに舞う光の粉のようで、空中にしばし舞ってから軽やかに板の間の上にうっすら落ちた。

(光を粉にしたようなものだな・・・。)

しばらく観察しているわたしに、その方は言った。

「つまらぬ朝令の時、握られている手の平に違和感を感じ、掌を開いてみたら、掌に粉が握られていた。何度払っても、払っても手から湧き出てくる。あきらめて粉を紙に集めたのだ。」

「その出来事が起きる前に何か、在りませんでしたか?」

その方は思い起こしながら、

「夢ではないが・・・そういえば不思議な事があった。」

といい、思い出しながら語り始めた。

ひと月ほど前、宮中の管弦の宴の帰りに、突然空から白い光が一直線に自分に向かって差し込んで、光の方を見るも眩しくて目を開ける事も出来なかった。夜なのに、日の光が集められたかのように強かったそうだ。なぜか、その光に包まれている時は恍惚とした感じがしていたそうだ。

「その夜から、時々手のひらに違和感を感じると、このように白い粉がわき出てくる・・・ということですか。」

「さよう・・・。どうしたものか。」

わたしは考え込んだ。

(分からない・・・・。)

相談した相手が黙り込んでしまうことほど、不安に思うことは無い。

その方は、黙り込んでいるわたしを不安げに見ている。

酒の杯をぐっと開けて言う。

「しばらくこの粉を預からせていただけますか?」

「好きなだけ持っていくがよい。また、集めておくゆえ。」

そういって、その方は私の目の前で手の平をぎゅっと握ってからひらりとかわすと、ゆっくりとこぶしをひらく。

するとわたしの目の前で、さらさらと白い粉が糸を垂らすように流れ落ちた。

段々と調子が掴めてきて、最近は特に念ずれば出せるそうだ。

(奇術師か?)

心の言葉をぐっと飲みこみ、白い粉の正体もわからないのに自慢げに見せつけてきたり、自由自在に出せるところを意気揚々と披露するところは、浅はかというか無防備でありながらも、どこか憎めない。

不思議な粉を眺めつつ、わたしは帰りの牛車の中で大胆にも少し舐めてみた。

塩や糖の類ではない。

口に入れても味も雑味もない正体のない、何とも言えない妙な粉だった。


 翌日・・・

頼みの綱の、和尚を訪ねる。

すると、こういう時に限って出かけていて留守。

寺で遊んでいた数人の童たちが、わたしに話しかけてきた。

「何を持っているの?」

「何って・・・何も持っておらんぞ。」

「嘘だ~!お腹のところが光ってるよ。」

そう言われて自分の腹のあたりを見るが、全然光っていない。

「嘘だ、嘘だ!太陽みたいに光ってる!」

今度は別の童が言った。

どうやらその場の全員の童には見えるらしい。

昨日の不思議な粉を包んだ紙に包んで、懐にしまって来たのだ。

その包みを取り出すと、童たちが一斉にその紙を覗きこんだ。

「うわぁ~、すごい、すごい!光っている、光ってる!」

「これが、光ってる?」

「おじさん、見えないの?」

おじさん・・・と言う言葉の方が、度肝を抜く。

そのうち、その粉を一人の童が額に塗った。

額に塗ったその白い粉は、大地に水がしみこむかのように、不思議とすう~と消えた。

すると、その童が叫ぶ。

「頭の中で何かが弾けたよ~。」

「私も!私も!」

目の綺麗な童は自分の腕をまくりあげ、腕の大きな傷の当たりにそれを塗る。

すると、傷がみるみる小さくなった。

自分の目の前で起こっている事が、信じられないわたしは童たちに囲まれながら、呆然とその場に立ちつくしていた。

気が付くと、その懐の紙に包まれた白い粉は無くなっており、童たちが大騒ぎしている。

「どんな秘術をつかったのですかな?」

聞き慣れた声が後ろから、肩を叩く。

振り向くと、いつもの慈悲深い笑顔の和尚が立っていた。

童たちが一斉に和尚に、今ここで起こったことをワーワー言うので、和尚は面喰っている。

「わかった、わかった。順番に話ておくれ。」

子どもたちにはいつも優しい目を向けている和尚。

「あの童たちは訳のある子たちばかり。みんな可愛らしい子じゃ。」

まるで仏様を拝む時のような温かな微笑みだ。

「一番大きなあの子は、びしゃ・・・と言います。と言っても名付けたのはわしじゃ。毘沙門天(びしゃもんてん)様の名前をお借りしたのじゃ。年上で皆の面倒をよく見る。勇敢でたくましい。頭に大きな腫があってのう・・・。頭の中がいつもいつも火山のように火を吹いておるという子じゃ。」

「そうでしたか・・・・。」

「あの様子を見てくだされ。嬉しそうじゃ。」

腕の大きな傷に塗った子は、綺麗になった腕を和尚に見せている。

嬉しそうに跳ねまわるその童の様子に、わたしは思わず一筋の熱いものがこぼれた。

すると、そのこぼれた涙が足もとで転がった。

「竹風殿の思いが、このような珠になりましたぞ。」

和尚が拾い上げて開いた手のひらには、透き通る丸い珠が一粒載っていた。

「あちらの女の子はべん。弁財天(べんざいてん)様のように美しい心の子じゃ。川に捨てられておりましてな。手に大きな傷がありました。見てやってくだされ、嬉しそうな顔をして・・・。」

「和尚、六人の子供の名は、七福神の名前からですか・・・。」

「そういうことじゃな。七人目は寿老人のわしじゃ。これで七福神じゃ。ほほほ・・・。」

止めようと思っても止まらぬ涙が足もとに落ちて、透明の珠玉となった。

和尚はそれを集めて言った。

「この奇跡を生んで下さったお方に、この珠玉を渡して数珠でも作られるとよい。七福神からのありがたいお気持じゃ。」

恥ずかしいとか、悲しいとか言う気持ちとは裏腹に、溢れてくる泉を止めることなどできず、収まるのを待つしかない。

やがて涙の粒がおさまり、足元に転がった透明な粒を集めた和尚が

「幸せとは関わるもの全てを幸せにする力があるのですな。生み出し、運び、与える、受け取る、そして更に広げる・・・物事は周り回っていく事が森羅万象の道理です。お役目、御苦労でありましたな。」

和尚の言葉はどうしてこうも、わたしの魂に触れるのだろうか。

「童たちをどうか大切に・・・。」

うなずく和尚に深く頭を下げ、山門を出る。


来る時に包んできた紙には、今、わたしの涙の結晶の透き通る珠玉が入っている。

それぞれが、個として存在するだけでは意味を成さない事が、あることで一つにつながり多くの叡智を授かった。

これこそ、お導きの賜物であろう。

今回の役目の大きな意味と、導きの偉大さにひれ伏すわたしであった。


「ほう・・・そんな出来事があったのか。」

白い粉をわたしに託した貴族のお方は言った。

「使い方を知らぬ者が分不相応なものを手にするということは、際どいことよ。今の話でその意味を知り、畏れ多くて震えておる。」

「その後はいかがですか?」

「それが・・・竹風に会ってからというもの、さっぱりでな。ひょっとして、我の霊力を吸い取ったのでは?と邪推したものよ。」

子供の様な悪戯っぽい目で私をみている。

「ははは・・・。そうだとしたら、話す相手を間違えましたな。」

声を上げて笑う二人は、もう友と呼んでもいいだろう。

その方は懐の包を渡し、

「家の者たちが、珍しいものだからと集めておった。残り少ないがこれじゃ。竹風殿に託そうと思うてな。」

「わたくしにですか?」

「使い道は分かったものの、我では荷が重すぎる。それに噂になれば、よからぬ事を考える者も出てきて面合臭いし厄介じゃ。」

「さようですか・・・。では有難く。」

こうして、わたしは白い粉を授かった。

「お礼と言っては何ですが・・・これをお納めください。和尚曰く、数珠でも作られては?とのことでした。」

忍ばせてきた涙の結晶の透明の小さな珠を手渡す。

「ほう…これは水晶のようじゃ。わしにはこちらのほうが有難い。」

誰にも相応なものを手にしてこそ、価値が生まれるという事か。

貴族のお方から託された粉を、和尚に手渡すと心に決め、眠りに就いた。


その夜・・・

天から降り注ぐ白い光の中に、召されたのは今度はわたしだった。

貴族のあの方がおっしゃっていた通り、恍惚とした得も言われる感覚だけが残った。

翌朝・・・

わたしの手のひらにも、白いあの粉が握られていた。

新たなお役目が授かったのだ。


    天からの役目、大いなる意図のなせる技なり・・・竹風




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