第四話 未知の世界ではまず慣れだ
兄のところへ向かうべく、準備を始める二人。アリナは歪な形のポールハンガーから、フード付きローブを取り出し着付ける。それと革製のトートバッグに本等を詰め込む。和雪も準備をしようと思い、手持ちを確認する。
────ポケットの中身を確認したけど、何もなしか……。
所持品は衣類のみで、彼は身一つでこの世界に投げ出されたのだ。
「和雪さん。準備ができましたので、そろそろ行きましょうか」
彼女の呼び声に返事をする。和雪はまだ彼女のことを十分には信じていなない。もしものことを考え、机の上にあった万年筆を彼女に気づかれないようポケットに入れた。もちろん満足な武器にはならないが、ないよりはましだろう。
玄関まで行くが、一つ問題が発生した。外に出るにしても靴がないことに気づく。家のトイレに居たのだ。当然靴など履いているわけがなかった。
「アリナさん。俺靴が無くて、なにか代わりの物とかないかな?」
「あ、たしかにそうでしたね。裸足で行くわけにもいきませんし、えーっと。すみません、履けそうな物はこれだけですね」
彼女が渡したものは、スニーカーのようなものだった。試しに履いては見たものの、無論入るはずもなかった。靴のヒール部分を踏ませてもらいサンダルのように履くことになった。
───とても履き心地がいいとは言えないが今の状況だ。文句は言ってられないな。
玄関を開けると、その瞳に映された映像は目を見張る光景だった。
外は暗闇と霧で覆われていて、目を凝らせば蛍の光のように点々と青緑色に光り輝くのが見える。その様子は、さながら霧の都ロンドンに思えた。
情景の高さから推測するに、彼女はマンションあるいはアパート住まいのことが分かる。階段を下りてくと、さきほど見た景色の不気味さが際立つ。遠くを見ても霧のせいでまともに見れなかった。ふと彼女の様子をちらりと伺うとなんてことない表情がより一層恐怖を感じてしまう。
「あ、あの。お兄さんのところまでどのくらいかかるの?」
「えーっと。およそ二十分から三十分でしょうか」
───この薄気味悪いところが三十分も続くのか。最悪だ。早く抜け出したい。
和雪は恐怖を紛らわすために彼女に会話を試みる。
「そういえば、アリナさんっていくつなの?」
「63歳です」
「え、嘘!? 全然見えないんだけど」
その年齢に衝撃を受ける。彼女の見た目は二十前半、最低でも18歳の容姿をしているのだ。とても63という高齢者には言えないほどの若々しさだった。
「今の冗談でしょ? 10代に見えるけど……」
「いや、嘘なんかついてどうするんですか。」
この世界の医療はかなり進んでいるのか?もしかしたら老化を遅らせる技術でもあるのかもしれない……。
「あれ、和雪さんはおいくつでしたっけ?」
「三十歳だけど……」
「若いですね」
「やかましいわ。なんか見た目少女から言われても違和感しか感じないんだけど! ……というか。今までタメ口で話してすみません……」
「なにを言いますか! 貴方にこんなことさせてしまったのです。今の私に敬語で話される資格なんかありません」
てっきり年下かと思っていた相手が自分の二倍以上年上だったなんて。今日は驚くことばかりだな。とても数時間の起こった内容じゃない。
するとさっきの発言の影響か、なぜか彼女に興味が抱き始めた。
「アリナさんは何でそこまでして友達がほしいの?友達なんて必ずしも作らなきゃいけないものじゃないし」
「他の人が仲良く談笑したり、買い物したりするのを見ると羨ましくて……。学校に通い始めたときから、他の生徒に話しかけられず友達が一人もできなかったんです。もしかしたら口が臭いかもしれないんじゃないか。声量は大丈夫か。つまらない話題だったらどうしよ。いろいろ考えてしまって。その結果、学校では完全に影の存在になりました。」
この人はコミュ障なのか……。そんなこと考えなくてもいいのに。
「ん? でも俺とは話せているけど……」
「あ、確かに!」
「アリナさんは普通に話せているから、そんなこと気にしなくていいと思うよ」
彼女の表情がみるみる明るくなっていった。その洋々たる形相は冷たい暗闇の中でも心地の良い温かさを感じる。自然と恐怖感も和らいでいた。
そうこうしているうちに兄の家に到着した。
インターホンを押すと、中から出てきたのは一人の女性だった。
晦冥に加えてその女の少しやつれている面影で和らいだ恐怖が再び現れてくる。
「あ、あの。兄さんはいらっしゃいますか?」
「あ、アリナちゃんか。あいつなら蒸発したよ」
「え……。どういうことですか?」
「まあ、中に入って話すよ」
女は我々を家に案内してくれた。内装はレトロ雰囲気を醸し出していた。
聞くとこの人はアリナの兄の奥さんとのことだ。そして女はコーヒーを淹れながら話し始める。
「あいつ、浮気しててさ。そのことを問い詰めていたら喧嘩になって。そしたらあいつが家飛び出して、それから一切音沙汰がないの」
女はイライラしながらも淡々と説明する。
「あの、すみません。旦那様の居所とかわかりませんか?」
「そういえば、あなたは?」
「僕は酒々井和雪と申します。実は旦那様にしょ……」
すると「召喚儀式」の言葉を発しようとしたとき、アリナが口を塞いできたのだ。
「ああ、えっと。兄さんに聞きたいことがありまして……」
(すみません、召喚儀式のことはあまり話さないでください。訳はあとではなしますから)
彼女は何故か奥さんに聞こえないように話す。召喚儀式のことは他の人に聞かれたくないのだろうか?
「……? ごめんね。どこに行ったかすらわからないの」
『ウォーーーーン』
突然、サイレンが鳴り響いた。その異様な音は不協和音みたく気味の悪い警報だった。
「和雪さん! 私が良いと言うまで絶対に音をたてたり、声を出さないでください!」
「え、なんで」
「いいから、黙ってなさい」
奥さんとアリナさんの慌てぶりが事の重大さを物語る。とりあえず和雪は二人の言う通りに従った。
しかし、サイレンが鳴って5分ほど経っても何も起こらなかった。
────何だったんだ? 地震でもないし、もしかしてミサイルが飛んできたとか? いや爆発音はしなかったから違うな……。
女性二人はため息と同時に安堵した様子だった。
「あの、何だったんですか? 今の警報」
「え!? あんた、知らないの?」
「ああぁ。こ、この人は遠いところから来まして…… ハハ」
────おかしい。さっきから彼女が俺のこと隠している。まだ何か話していないことがあるんじゃないか?
「和雪さん、私から説明しますね。この町には
そんな生物聞いたことないぞ。この世界には俺がいた世界とは生態系が違うのか?彼女らが恐れているのを見ると相当狂暴なのだろう。
「でも、おかしくない? ここ数十年動かなかったでしょ」
「たしかに。何ででしょうか……」
しかし、和雪はその生物に興味はあったがそんな場合ではなかった。
「アリナさん。そんなことよりお兄さんはどうするの? 俺このままじゃ……」
「そうですよね、すみません。どうすれば……」
「あ! ケータイとかある? 最初から連絡すればよかったね」
「わ、わかりました」
彼女はケータイのような物を取り出す。しかし、彼女の様子を見ると、一向に相手に繋がらないことがうかがえる。
(おかけになった電話番号は現在使われていません)
そして、和雪は彼女の涙ながらの表情で大方察する。
「す、すみません。兄に電話をしたのですが、この電話番号は使われていないくて……」
和雪は唖然とした。アリナの兄の居所不明かつ音信不通ということは、とどのつまり和雪は元の世界に帰る術が失ったという意味である。
────嘘だろ……。どうすればいいんだよ。くそ、なんでこんなことにならなきゃいけないんだよ……。
俺は本当に帰れるのだろうか。早く戻らないと彼女が待っている……。
ワスレナグサ 佐倉総悟 @sakurakai9
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