70 そして、新たな「普通」がはじまる
波瀾万丈だったプールでの休日から、数日が過ぎ去った。
その後の顛末を簡単に話しておこう。
「不良のカリスマ」こと清原兄弟は警察の事情聴取を受けることになった。
これまでグレーなことをしてきた彼らだが、いわゆる「帝開バリア」に守られて問題にされなかった。帝開グループが目をかけている存在は、なぜか法の網の目をくぐり抜けてしまうというアレである。
だが、そのバリアが外れた。
あのブタさんの前で醜態を見せたことで、「見切り」をつけられたのだろう。
清原兄弟も抵抗した。
「超弩級の闇情報を暴露します」なる動画をあげて、この前のメンバー限定配信についての釈明をした。あれが事務所による「やらせ」であり、台本があったこと。桃原ちとせに対するドッキリであり、本気で襲ったわけではないこと。「とびすぎ陰キャくん(俺のネット上のニックネームらしい)」も同じくやらせで、数々の非人間的戦闘は映画の特殊効果を使ったトリックであると、苦しい言い訳を並べ立てたらしい(俺は冒頭数分見て興味を無くしたので、後で彩加に聞いた)。
この動画の再生数は、驚くほど伸びなかった。
この暴露動画より前に、例のメン限配信の切り抜きがすでに百以上もあがっていて、何百万回も再生されている(これも彩加談)。
そこで見せた清原長男のやられっぷりがあまりにブザマで、カリスマとしての威厳を保てなくなったんじゃね? ――というのが、トレンド有識者・鮎川彩加センセイの見立てである。
カリスマ失墜と同時に、これまで清原兄弟が行ってきた婦女暴行、未成年に対する淫行が明るみに出た。
これも帝開バリアが外れた結果だろう。
今度は少年院ではなく刑務所に入ることになるだろう――というのが、一連のニュースを読んだ胡蝶涼華会長の見方だった。
清原兄弟が落ちぶれる一方で、急激にバズッているのが「とびすぎ陰キャくん」である。
モンゴルマンに腹を殴られ、その勢いで金網を突き破って場外までブッ飛んでいく「陰キャくん」は一躍ネット上の有名人となった。数々のネタ動画やMAD動画、真面目な科学的考察から「外国人の反応まとめ」「うちの柴犬にとびすぎ陰キャくん見せてみた」に至るまで、様々なネタにされているようだ。
ただ――。
なにしろ「陰キャ」なので外見的な特徴に乏しく、あまりに地味すぎるため、今だ特定には至っていないようだ。
もちろん、うちの学校の連中は気づいているはずだが――例の帝皇戦以降、俺の存在はアンタッチャブルになっている。触らぬ神に祟りなしということで、誰も言い出さないのかもしれない。
ゆえに、今のところ、俺は平穏な日々を壊されずに済んでいるのだが――。
「とはいえ、時間の問題かもね~」
と、今回お留守番だった綿木ましろ先輩の弁。
ふわふわとした綿菓子みたいな笑みを浮かべて言った。
「そろそろ、日本の、ていうか世界の人が気づき始めてるんじゃないのかなあ。かずくんの存在に」
「そんな大げさな」
「いやいや、大げさじゃないとおもうよ~?」
先輩の予言が当たるのかどうか。
今の俺には、知るよしもない。
◆
ネットがそんな感じで盛り上がっている一方で、とあるニュースがちょっとした話題を集めた。
アイドル・桃原ちとせの芸能界引退である――。
◆
放課後の地下書庫。
「お助け部」の部室となっているこの場所には、今日は甘音ちゃんと涼華会長、彩加、ましろ先輩がたむろしている。いっちゃんは演劇部の練習で不在だ。
甘音ちゃんは机で冬の新番アニメ台本の読み込み中、会長はノートPCで仕事中、ましろ先輩はキャンバスに向かい、そして彩加はソファに寝転がりながらスマホを弄り、ため息ばかりついている。ダンス部は今日はお休みらしい。
「うぅ~、超しょっく。なんで引退すんのよぅ」
今日何度目になるのか、同じことを彩加は言った。
「ももちーは何も悪いことしてないのに、悪いのはあのチンピラ兄弟なのにさ、ねえ、なんでなの? 皆瀬さん」
さっきは同じ質問を会長にしていた彩加である。
甘音ちゃんは台本を置いて答えた。
「今回の件で芸能界に見切りをつけたんじゃないでしょうか。あんなことがあった以上、テイカイミュージックでお仕事するのはもう難しいでしょうし」
「事務所移籍すればいいじゃん! 皆瀬さんも瑠亜とモメた時、移ったんでしょ?」
「わたしの時はたまたま運が良かったんです。本当ならそんな簡単にはいきませんよ」
「またトップアイドルに返り咲くのを期待してたのに! なんでなんで?」
二人の芸能界談義を隣で聞きながら、俺は別のことを考えている。
ももちー先輩は、途中で夢をあきらめたりする人じゃない。
芸歴は長くても、まだ高校二年生なのだ。いくらでもやり直しはきくはずだ。
だが、その「夢」自体の誤りに気づいたのだとしたら――。
「こんにちは、お邪魔しまーす!」
唐突に扉が開かれ、桃色の髪の美少女が入室した。
純白のブレザーに赤いチェックのスカート姿は、帝開学園の近くにあるお嬢様学校・双祥女子高校の制服である。
甘音ちゃんを問い詰めていた彩加の目が、まんまるに見開かれる。
噂をすれば影というか、本人のご登場であった。
「ももちー先輩。どうしてここに?」
にこっ、と先輩は魅力的な笑みを浮かべた。
小悪魔の笑みだ。
「どうしてって、カズマを探しに来たに決まってるじゃない! 『S級学園』の生徒だったなんて、意外と近かったわね。――それにしても何ここ。図書館にしちゃ狭いわね。帝開って新設校のわりに、こんな古めかしい場所があるんだ」
物珍しげに地下書庫を見回すももちー先輩に、甘音ちゃんたちは呆然としている。
はっと我に返ったように彩加が立ち上がった。
「あ、あのっ、あのっ、ももちーさん! うち、うち、あなたの大ファンです! 握手してください!」
「本当? どうもありがとう!」
にこっとビジネススマイルを浮かべて、彩加の手を握り返した。
「あの、本当にアイドルやめちゃうんですか?」
「うん。こないだの一件で冷めちゃった。トップアイドルになるって夢はもう叶えちゃったわけだし、芸能界にしがみつく理由ってもうないって気づいたの」
「でも、うち、もっとももちーさんの歌やダンス見ていたかったです。特にダンス。あたしダンス部なんですけど、いつかももちーさんくらい踊れるようになるのが夢なんです。だから、やめないで欲しいです!」
ももちー先輩は、憧れのまなざしで自分を見つめるギャルの肩を叩いた。
「あなたの気持ちはとっても嬉しいけど、あたしにはまた別の夢があるの」
「トップアイドルより大きな夢があるんですか?」
「うん。大学進学して、小学校の先生か保育士になるの。もともとあたし、子供たちの笑顔が見たくてアイドルになったからさ。別にそれって、アイドルじゃなくてもできるよね? って。なーんでこんな簡単なことに気づかなかったんだろう?」
屈託のない笑みをかつてのトップアイドルは浮かべた。
完全に吹っ切れたようだ。
良かった……。
「あと理由はもうひとつ。ほら、アイドルって基本、恋愛禁止じゃない?」
「はあ」
ももちー先輩は俺に向かって、片目を瞑った。
「アイドル続けてたら、カズマと付き合えないから。夢と恋、二つそろっちゃったらもう、アイドルは卒業しするしかないでしょ?」
甘音ちゃんの口が、ぱかっと開かれ。
会長は頭痛をこらえるようにこめかみを押さえ。
ましろ先輩は「あはは~」と困ったような笑みを浮かべて。
そして、彩加はのけぞった。
「う、うそでしょ!? ももちーが恋のライバルって、なにその無理ゲーっ!?」
素知らぬ顔で、ももちー先輩は俺の右腕をつかんだ。
「ね、カズマ。帝開学園の中、案内してよ。実は前から興味あったんだ!」
「いや、さすがに目立ちすぎるでしょう……」
元だろうとなんだろうと、トップアイドルの容姿はまぶしすぎる。しかも今身につけているのは名門女子高校の制服だ。きらきらしすぎてて目が潰れそう。
ステージ上の彼女も、プールの彼女も、素敵だったけれど。
普通の女子高校生としての彼女は、もっともっと、素敵だ。
「ま、ま、ま、また増えたぁぁぁ……」
甘音ちゃんが机に突っ伏して頭を抱えている。
「仕方ないよねぇ、カズくんだし」
ましろ先輩はのんびりと言って、湯飲みのお茶をずずっと啜る。
会長は何も言わず、淡々とホワイトボードの部員の欄に「桃原ちとせ」と書き込んでいる。
彩加は途方に暮れたようにソファの背にもたれかかり、天井を見上げたまま動かない。
「ほら、行こうよカズマ! もし気に入ったら、ここに転入するつもりだからさ」
俺の腕を引っ張っていこうとするももちー先輩に、俺は頭をかくしかない。
やれやれ……。
俺の周りは、普通じゃないくらい可愛い女の子たちで、埋め尽くされていくようだ。
「アンタと幼なじみってだけでも嫌なのにw」「ああ、俺もだよ」「えっ」 末松燈 @dddddddddd1
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