オタクで陰キャでぼっちなラノベ系主人公の成り上がり
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オタクで陰キャでぼっちなラノベ系主人公の成り上がり
僕は
中学までは僕はいわゆるぼっち体質で、地味なメガネ男子。特筆すべき特技もなくて、部活の卓球部でも輝けなかった。唯一の強みは、アニメやラノベに詳しいことくらいだろうか。暗い性格が災いしてか、友達も少なかったし、もちろん彼女いない歴=年齢だ。
でも、そんな僕でも、高校に入れば、
その特徴を全て持っている僕が、モテないはずがないのだ。
あとは、ラノベのヒロインに出てくるような美少女と隣の席になれば、僕の学園生活、いや、人生は一気に変わるはずである。
これまで人生に変化が起きなかったのは、僕には幼馴染の女の子がいなかったし、近所に綺麗なお姉さんもいなかったからだ。しかし、高校生になれば、変わる。僕はそう確信していた。高校生という職業には、それだけ奇跡を起こす力があるからだ。
幼馴染がいないのであれば、同じクラスの美少女と偶然隣の席になるなどの特別な出会いがない限り、イベントが発生しない。でも、きっと大丈夫。僕には、その素質が備わっている。
そして、今日は入学式。僕の、ラノベのような華々しいラブコメライフは、ここから始まる。
あまりにも楽しみすぎて、かなり早起きしてしまったため、学校に着いたのは、始業時間の一時間前だった。
生徒玄関に張り出されたクラス分けの表を見ると、僕は1年4組に配属されているようだった。ちなみに出席番号は4番。
教室に着くと、まだ人はいなかった。僕が一番乗りだ。
出席番号4番の席は、なんど窓際席で後ろから2番目。まさしく、ラノベ的にも理想的な配置だ。
まず、自分の席について、早速愛読しているラノベ『美少女と距離を置くには?』シリーズの第1巻を開いて、読書を開始した。このラノベは、高嶺の華である美少女に恩を売ってしまったことで、主人公のぼっち生活が掻き回されてしまうもの。
もう何回このシリーズを読み直したかわからない。カバーがよれてしまっているくらいには、読み直した。謂わば僕の教典的な本なのだ。
このラノベは、僕がWEB小説時代から応援している作家のシリーズ本で、今は7巻まで発売している。しかも、今期から、なんとアニメ化だ。来週の深夜からアニメ放送が開始されるので、復習も兼ねて読み直そうと思って持ってきたのだ。
ちなみに、復習だけが目的ではない。このシリーズは、謂わば僕がこれから送るであろうサクセスストーリーに最も近い小説なのだ。僕はきっと高校生になってからもぼっちなので、いや、ぼっちでなければならないので、ぼっち高校生がなんたるかを再度覚えておかなければならない。
なぜなら、そうしないと美少女とのイベントが発生しないからだ。変にリア充ポジにいってしまうと、美少女との出会いが阻害される可能性がある。したがって、僕はぼっち高校生を装っておくべきなのだ。
なに、ぼっちなのは最初だけだ。そのうち、美少女の友達がたくさんできて、水面下ハーレムが出来上がるので、なんの不安もない。
僕がラノベを読み始めて5分くらい経った頃だろうか。不意に教室の引き戸が開いて、綺麗なアルトが響いた。
「あれー? 一番乗りじゃなかった。悔しい〜!」
ふと本から引き戸へと目を向けると⋯⋯
そこには、正真正銘、文句なしの美少女がいた。
長い黒髪はツーサイドアップで綺麗に整えられており、化粧っ気がないのにくりっとした大きな瞳が印象的で、ぱっちり二重。鼻の形も整っていて、色白で⋯⋯もう、これぞ! という美少女がそこにはいたのだ。
(キタァァァァァァァァァ!)
僕は心の中でガッツポーズをした。
やはり、高校生活での勝ち組は、オタクで陰キャでぼっちなラノベ主人公系男子で間違いなかった。サッカー部や野球部なんて目じゃない。ぼっちで帰宅部か、美少女が作ったよくわからない部への入部こそが真の勝ち組なのだ。
彼女がこちらに歩いてくるにつれて、僕の心臓が一気に高鳴っていくのが、わかった。いや、待て。これはラノベじゃない。そう簡単にいくわけがないのだ。僕の教典にだって、最初はまずは美少女に恩を売るところから始めている。何もいきなり最初からイベントが発生するわけじゃない。
(まずは、ぼっちキャラを確立させてから⋯⋯)
などと考えていると、その美少女は、僕の隣の席にカバンを置いて、にこっとひたすら可愛い笑顔で笑いかけてくれた。
「こんにちは!」
「こ、こんにちは」
早速どもってしまった。まさか、向こうから話しかけてくれるなんて思わなかったのだ。ほんの先月、中学を卒業した時にも女子から話しかけられることなんてなかったのに。
これがぼっちラノベ主人公系の高校生イベントなのか⋯⋯おそるべし。ていうか、イベント早くない!? 僕、まだぼっち高校生になれてないよ!?
「私、
「ぼ、僕は岩本春樹⋯⋯」
「そうなんだ? よろしくね、岩本くん!」
「よ、よろしく⋯」
「岩本くんはどこ中? 私は南中なんだけど」
「ぼ、僕は東中⋯⋯」
「あ、東中なんだー! 私、中学の時バスケ部だったんだけど、最後の試合で東中に負けたんだぁ」
おい、なんてことしてくれやがる東中のバスケ部! 早速僕の印象が悪くなってるじゃないか!
「女子キャプテンの相沢さんって知ってる? スリーポイントの名手だよね!」
だ、誰だそれ⋯⋯ぼっちの僕がバスケ部女子に知り合いなんているはずないじゃないか⋯⋯卓球部は端に追いやられてたし、僕はそんな卓球部の中でも隠キャだったし。そういう名前は聞いたことがある気がするけども。
「最後にスリーポイント決められて逆転された時は、悔しかったけど、敵ながら天晴れって感じで、かっこよかったな〜」
「そ、そうなんだ。ぼく、バスケ部の女子には知り合いいないから」
「あ、そうなんだ⋯⋯ごめんね? 勝手にひとりで盛り上がっちゃって」
「ううん、こっちこそ、話合わせられなくてごめん」
「あはは、いいよ〜。ともかく、これからもよろしくね、岩本くん!」
「う、うん。よろしく⋯⋯」
そこで、僕らの会話は一旦途切れた。
それから5分経っても、まだ誰もこなかった。
桐島さんは、スマホをずっとぽちぽちいじっているし、僕もラノベを読んでいた。でも、隣の彼女が気になって、正直全く文章なんて入ってこない。
「あ。ねえ、岩本くん」
「は、はひ!?」
「⋯⋯どうしたの? 声、裏返っちゃって」
「な、なんでもないよ! それで、なに?」
くすっと桐島さんが困ったように笑って、首を傾げた。
その笑顔がものすごく可愛くて、僕は一気に自分が恋に落ちたのがわかった。いや、最初話しかけられた瞬間から、もう僕は恋に落ちていたのだ。
だって、仕方ないよ。これは、そうなると決まっているシナリオなんだから。だから、僕が決して浮かれているとかではないんだ。こうなる運命なんだ。
「さっきから本読んでるけど、それラノベ?」
「そ、そう。来週からアニメ化するやつで、『美少女と距離を置くには?』っていう本なんだけど⋯⋯」
「あ、知ってる〜! 私もそれ見ようと思ってたの。予告で見たけど、女の子可愛くって」
な、なんと! この美少女、もとい桐島さんは、アニメも話せる子だったのか!
もう、これは僕と仲良くなる運命だったとしか思えない。
すごいぞ、ぼっちオタク高校生補正! 僕の高校生ライフは開始から順調そのものだ。
「原作も面白い?」
「う、うん、原作はもう神だよ。アニメ化は1期だけだから、どこまでやるかわからないけど⋯⋯」
「そうなんだ! 見てみよっと。他にも今期のおすすめある?」
「えっと⋯⋯どんなアニメ好きなの?」
桐島さんは、どうやらシリアス系と萌え系が好きらしく、ラブコメも好きらしい。逆に、転スラのような異世界転生ものはあまり好きじゃないようだ。異世界転生で許せるのは、リゼロだけらしい。
今期のオススメは、高校生球児が年上のお姉さんに誘惑されまくることで話題の新アニメ『年上美女に迫られて困っている件』だ。これもWeb小説発信のラブコメ。原作では、丁寧な野球描写が評価されている作品だけど、果たしてアニメでどこまで野球に突っ込むのかも見所だ。
「それ知らなかった〜! 岩本くんってアニメ詳しいんだね」
「そんな⋯⋯普通だよ」
「そんなことないよー。あ、岩本くん、LIME交換しよ? またオススメのアニメ教えてよ。私ニワカだから、まだあんまり詳しくないんだー」
そう言って、彼女はスマホでLIMEを起動して、QRコードを見せてきた。
「い、いいけど」
言いながら、僕もLIMEを起動して、彼女のQRコードを読み込んでから、挨拶スタンプを送る。
「あ、リゼロのスタンプだ〜。私もエミリアたんスタンプで返しちゃおっと」
彼女から、リゼロのヒロインであるエミリアたんがびくびく震えているスタンプが送られてきた。なぜこれなんだろう? と思ったが、深くは追求しなかった。
それから他の生徒もぞろぞろと入ってきたので、僕らの会話は終わった。
でも、僕からすれば、いきなりの大躍進だった。いままでお母さん以外で女の子のLIMEフレンドがいなかったのに、いきなりアイドルクラスの美少女とフレンドになれてしまうなんて⋯⋯いやはや、ラノベ風ぼっちオタク高校生の補正はすごい。
こうして、僕は、ヒロイン的美少女・桐島優奈と、友達になった。
◇◇◇
それから1ヶ月が経っても、僕は基本的にぼっちだった。ぼっち補正を守るためにはぼっちでいなければならないし、そもそも普通に生活しているだけでぼっちになれるのだから、努力しなくていい。楽なものだった。
一方の桐島さんは、やっぱりすごく人気が出て、5月を迎えた頃には、学年のアイドルとして学校中が認知していた。よもや、憧れの存在となっていたのだ。
何人かの男子が告白しているが、ことごとく撃沈。桐島優奈は高嶺の華、という位置づけになっていた。
そこまでみんなの憧れの存在になってしまうと、なかなか話しかけつらいものがあり⋯⋯教室で彼女から挨拶をしてくる以外は、僕らはあまり会話をしなかった。
でも、LIMEではたまにやり取りをしていて、彼女の好みを色々知った。
桐島さんは、アニメの他にもビジュアル系ロックバンドが好きで、その中でも特にインディーズバンドの『デスラビット』が好きらしい。知っている人があまりいないバンドを応援するのが好きなんだとか。そのバンドのライブも、隣のクラスのライブ友達とよく見に行っているとLIMEで言っていた。
桐島さんはバスケ部に入らず、高校に入ってからは帰宅部でアルバイトをしているそうだ。それも、そのバンドのグッズやチケット代を稼ぐためにやっている、と言っていた。
ちなみに、そのバンド『デスラビット』のMVを見てみたが、僕にはさっぱり良さがわからなかった。
女みたいな可愛いメイクをした青髪の男子が、くねくねしながら甘ったるい声で、よくわからない歌詞の歌って、デスボイス? というよくわからない声を出して歌ってジャンジャカ煩い、としか思えなかった。
桐島さんは崇高なアニメが好きな女の子なのに、こんなよくわからない音楽を聴くなんて、ちょっとらしくない、と思ってしまう。
まあ、でもビジュアル系はアニメと相性が良いから、それで好きになるのかもしれない。きっとそれが彼女の趣味なのだ、と思って受け入れることにした。たまに主題歌とかでビジュアル系バンドの曲も用いられるしね。
◇◇◇
6月を迎えた頃には、桐島さんと挨拶を交わすことが少なくなっていた。教室に偶然誰もいなければ、「最近どう?」と話かけてくれるが、彼女の友達がいる前では、まず話しかけてこなかった。
桐島さんにLIMEを送ってみても、なかなか既読がつかなくなった。基本的に未読だ。送った3日後か4日後くらいには一応は返ってくるが、そこから続けるのが難しいという内容だった。
彼女は『最近忙しくてLIMEを溜め込みがちで、緊急性が高いものから返している』と言っていたが、クラスのグループLIMEのどうでもいい内容にはすぐに返事しているのに、どうして僕には返事をしてくれないんだろうか。
でも、きっと、彼女にとってはクラスの世間体も大切だから、頑張って忙しい中、返事をしているのかもしれない。僕は、そう思うことにした。
◇◇◇
7月になった。
僕と桐島さんの仲に進展はなかったが、先月末から桐島さんに変化が見え始めた。
化粧っ気のなかった桐島さんのメイクが少し濃くなっていたのだ。涙袋をがっつり描いて、涙袋がツヤツヤキラキラしている。目の下にほんのりピンクのチークを塗っていて、なんだかメンヘラみたいなメイク。
桐島さんは、そのままの姿が一番よかったのに。
ちなみに、桐島さんからのLIMEは、1週間に一度、返ってくるかどうかになっていた。
◇◇◇
1学期の期末テストとテスト返却が終わって、今日は1学期最終日だ。終業式が終われば、夏休みに突入する。
テストの結果は、だいたいどの科目も平均点か、平均より少し上だった。赤点も高得点もなく、まさしく無難。
僕の方はというと、あれからも変わらずぼっち補正のためにぼっちを貫いていた。相変わらず友達もいないし、部活もやっていない。
でも、今日は『美少女と距離を置くには?』と『年上美女に迫られて困っている件』の新刊の発売日だ。
彼らは一度読んだだけではわからない伏線を出すので、そういったものを探すのも、僕の楽しみだった。春期アニメのなかでも絶好調で、春期アニメのトップはこの2作品で決まりだ。最近弱かったラノベ発のラブコメアニメに新たな波を産んでくれた。さすがは僕が昔から愛している作家たちだ。
ただ、僕のそんなテンションとは裏腹に、隣の席の桐島さんは、今日はやけに眠そうだった。何度もあくびをしていたし、船を漕いでいた。
ホームルームだったから先生も見逃していたようだったが、珍しいこともあるもんだ。彼女はあんまり居眠りをしていなかった。いや、ここ最近は結構多かったかな。
ちなみに、2週間前に送った桐島さんへのLIMEの返事は、まだない。
僕はここで思い始めた。
少し、おかしい。
ぼっちを貫いているのに、全くラノベ的なイベントが発生しない。ラノベ的イベントが発生したのは、あの入学式の初日だけだ。今では、桐島さんは僕なんて存在しないかのように、日々を生活している。
前髪を切ればモテるとラノベに書いてあったので、前髪を切ったのに、誰も僕を気にも留めない。
どうして、何も起きないんだ?
僕には、オタクで陰キャでぼっちなラノベ的主人公補正がついているのに!
いや、でも、夏休みだ。
夏休みになれば、ラノベ的なイベントがたくさん発生している。花火に海、キャンプに合宿⋯⋯きっと、そういうイベントが発生するのだ。
ちなみに、桐島さんに彼氏ができたという噂は聞いたことがない。昨日も隣のクラスのイケメンサッカー部の男子が振られたという話を聞いた。
大丈夫。彼女はやっぱりラノベ系ヒロインだから、そういうリア充には興味がないのだ。
僕も、教典を心酔しすぎて、ちょっと桐島さんと距離を置きすぎたのかもしれない。夏休みは、もう少し積極的にLIMEしたり電話してみたりしよう。
そんなことを考えていた時、教室の引き戸ががらっと開いた。
「ちょっと、優奈ー!?」
「あ、みゆう。どうしたの? 大声出して」
隣のクラスの桐島さんのライブ友達が、いきなり教室に乗り込んできた。
学校帰りによく2人でライブに行っている、と5月くらいのLIMEで教えてもらった子だろう。よく教室にきて、桐島さんとバンドの話をしている。
「
食ってかからん勢いで、みゆうと呼ばれた女生徒は桐島さんに詰め寄った。
SUIとは、彼女の好きなバンド『デスラビット』の青い髪をしたボーカルだ。。
「あの写真に写ってたスマホケースとキーホルダー、あんたのでしょ!?」
「えへへ。やっぱバレた?」
てへっと可愛く桐島さんは舌を出して、恥ずかしそうに笑っていた。
(なんのことだ?)
僕は咄嗟にSUIのTwwiterを見に行った。
SUIの最新ツイートは、昨夜の夜中3時。内容は、『終電逃した〜。友達とカラオケオール中』というもので、画像が添付されていた。
その画像を開いてみると、薄暗いカラオケルームに、SUIのメロイックサインがされた手と、色々飲み物が置かれたテーブル。そのテーブルには⋯⋯今彼女が手に持っているスマホケースと、カバンについているキーホルダーが写り込んでいた。
(え⋯⋯?)
僕は、頭の中が真っ白になった。
「うっわ、やっぱり! これって駅前のカラオケ村の部屋だよね!? あんたら繋がってたの!?」
「うーん、繋がってるっていうか⋯⋯」
『繋がり』というのは、ファンの子とバンドマンが個人的に連絡を取り合う、または密会する、というビジュアル系シーンの闇を表す単語だ。
「今、SUIと付き合ってるの、私」
「はああああ!?」
みゆうという人が叫んだが、僕も叫びたかった。
いや、叫べすらしなかった。
もう、頭の中がパニックだった。
「で、昨日カラオケオールして、家帰って、シャワーだけ浴びて学校来た、的な」
恥ずかしそうに言う桐島さん⋯⋯。
僕は、そんな桐島さんを見たくてしょうがなかったのに⋯⋯どうして、こんなにも切ないんだろう?
「え、いつから!? いつから付き合ってるの!?」
「うーん、先月末くらいかな? DMでもしよかったら遊ぼうって連絡きて、それで会って遊んでる時に、前から気になってて付き合いたいって言われて」
「うっそ!? SUIってガード固くてファンと繋がらないって有名なのに!」
「うん⋯⋯だから、私に連絡するのも、すごく緊張したんだって」
すごく嬉しそうに、恥ずかしそうに、桐島さんはSUIとの馴れ初めを話していた。
先月末⋯⋯ちょうど、彼女のメイクが変わり始めた時だった。もしかして、SUIの好みに合わせてメイクを濃くしたのだろうか。
「え、大丈夫? SUIに遊ばれてない? だって、腐ってもバンドマンでしょ?」
「わかんない⋯⋯けど、そういうの、ないって言ってくれたし、昨日も最寄りまで来てくれて、朝帰って、今日もバイト終わってから来てくれるんだって」
「え!? あのライブだとオラオラしてるSUIが!? めっちゃ大事にされてんじゃん!」
「うん、意外でしょ? ああ見えて、イチャ甘が大好きなんだよ」
いつも甘えてくるから可愛いんだぁ、と桐島さんが照れたように呟く。
なんだよ、それ⋯⋯なんなんだよ!
なんでそんなに可愛い顔をして、そんな絶望的なこと言ってんだよ!
嘘だ。そんなの信じられるはずがない。
桐島さん⋯⋯君は、僕と付き合うんでしょ?
だって、ラノベだったらそうなるのに⋯⋯!
僕と隣の席になって、たくさん話しかけてくれて、好きになってくれて⋯⋯それで、僕はいつも君のわがままに付き合って、一緒に過ごすんでしょ!?
そんな言葉が頭の中で回っていて、いきなり僕は猛烈な吐き気に襲われた。
その場に居てもたってもいられなくなって、トイレに駆け込んだ。そこで、今朝食べたものは全部吐き出した。
◇◇◇
その日はふらふら街を歩いていた。さっきまで誰もいない図書室で呆然としていたけど、閉館時間で追い出されてしまった。
(あ⋯⋯ラノベ、買いにいかなきゃ⋯⋯)
空がオレンジ色になった頃、僕はふと思い出した。
今日は僕の教典『美少女と距離を置くには?』と『年上美女に迫られて困っている件』の最新刊の発売日だ。どちらの物語も佳境を迎えていて、一体主人公は誰を選ぶのか、という大切な巻だ。
ずっと楽しみにしていたのに、忘れるなんて⋯⋯僕らしくない。駅前の本屋に予約してあるから、取りにいかないといけない。
僕はそのまま、ふらふらした足取りで、駅前に向かった。
駅近くにあるネオン街を通り抜けようとした時──
「もう、SUI。まだ早いって」
僕の大好きな人の声が、聞こえてきた。
ふと、そっちを見ると、路地裏で男性に抱き絞められている桐島さんがいた。男は青い髪をしていて、黒いだぼっとしたシャツにサルエルを履いていた。いかにも、バンドマンという風貌だった。
(あ⋯⋯)
見たくない。見たくないのに、僕はそこから立ち去れなくて、そのまま2人の成り行きを見守ってしまった。
「わり、俺もう我慢できない⋯⋯バイト中ずっと我慢してたから。毎日会ってても、全然足りねえ」
「ちょっと⋯⋯んっ」
言いながら、SUIと呼ばれた男は⋯⋯桐島さんの制止を聞かず、彼女の唇を奪った。舌が卑猥に絡み合っていて、唾液が桐島さんの綺麗なあごに伝って、首まで垂れていた。
桐島さんは口では嫌がっていながら、男の背中に腕を回して、男の荒っぽいキスを受け入れていた。
(あんな⋯⋯あんな顔をするのか⋯⋯)
桐島さんは、学校では見た事のないような顔をしていた。とろんとしたよがった雌の目、顔を赤く染めて、喜びと優越に満ちた妖艶な表情。学校では誰も見たことがない、彼女の素顔だった。
数分間それを繰り返したあと、2人はようやくキスをやめた。
「もう、待ってってば、SUI。ここだと誰かに見られちゃうから⋯⋯ホテルいこ?」
「え、いいの?」
「うん。もう夏休みだから、何時になってもいいよ。でも、
「ああ、俺もさすがに今日もオールしてたら死ぬかな。明日ライブだし」
「あははっ、明日のライブも楽しみにしてるから、今日はちゃんと寝てね?」
そんな他愛ない話をしてから、桐島さんは嬉しそうにSUIの腕に絡みついて、こちら側に歩いてきた。
「あっ⋯⋯」
「あっ⋯⋯桐島さん⋯⋯」
その時、桐島さんと、バッタリ遭遇してしまった。
僕も彼女も、どうも上手く反応できなくて、固まってしまった。SUIもそんな彼女の異変に気づいて、こちらを見る。
「お、優奈の知り合い? 同じ制服だけど」
SUIが彼女に訊いた。
桐島さんは⋯⋯ゆっくりと僕から目を逸らして、首を
「ううん、知らない人」
「そっか、優奈のこと狙ってる奴かと思った」
「ないない」
「ほんとかー?」
「ほんとだよー」
SUIは優しく微笑んで、桐島さんの頭を撫でた。桐島さんはとても幸せそうな顔をしたいた。
そして、2人はそのまま肩を並べて、僕の方には見向きもせず⋯⋯僕の横を通り抜けた。
「あ、でも今日は高いホテルは無理だからな? 今月撮影もあって、金マジでやばいんだよ」
「うん、無理しなくていいよ。お金キツかったら、私も出すし」
「女にそんなことさせられっかよ! 昨日もほんとは泊まりにしたかったんだけど、休憩分しか金払えなくて⋯⋯カラオケでオールさせてごめんな?」
「大丈夫。私はSUIと一緒だったら、どこでも幸せだから」
「お、それなら今度、屋外で1回してみる?」
「ばか」
そんな会話を交わして、2人はネオン街へと消えていった。
じりじりとした夏の夕陽に、遠くで聞こえるひぐらしの鳴き声がやけに虚しくて。
街中から聞こえてくる米津玄師のラブソングが鬱陶しくて、なにより、この目からとめどなく流れる涙が、鬱陶しくて、切なくて、苦しくて。
「う、わあああああ⋯⋯」
僕は、道のど真ん中で泣いていた。
もう、今日発売のラノベのことなんてどうでもよかった。
ともかく、ここではないどこかに行きたくて、ただただ走った。
やみくもに走って、気がつくと、街の高台についていた。
そこから見えた夕陽が綺麗で⋯⋯高台からでも見える、視界の片隅に入ったネオン街が鬱陶しくて、彼らが
ひとしきり泣いた後に、僕はひとつの真理を悟ってしまった。
ラノベ系無個性ぼっち高校生は、モテない。
ラノベ系無個性ぼっち高校生は、友達がいないから、そもそも女性が寄ってこない。
ラノベ系無個性ぼっち高校生は、何の努力もしていないので、引く手数多ある美少女が、振り向くわけがない。
だから、
そんな当たり前のことに、僕は、ようやくこの時、気づいてしまったのだ。
だから僕は、誓った。
変わってやるんだ。僕をバカにしたあのビッチも、糞みたいな社会底辺のバンドマンも、見返してやる。
僕には、それができる素質がある。なぜなら、たくさんの教典があるからだ。彼らがきっと僕に力をくれる。もっと読み込んで、彼らがやっていることを踏襲してやる。
ここからが本番だ。ここから、オタクで陰キャでぼっちな僕が、成り上がるんだ⋯⋯!
オタクで陰キャでぼっちなラノベ系主人公の成り上がり 九条蓮@MF文庫J『#壊れ君』発売中! @kujyo_writer
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