色気より食い気

桜々中雪生

色気より食い気

 パァン!

「ぐぁッ」

 銃声が教室を切り裂き、私の目の前で、親友の、直哉が倒れた。仰向けになった彼の白い制服の胸元に、赤い染みが広がっていく。私は呆然と教壇に立つ担任を見た。彼の手には、鈍い光を放つ小銃。彼がにやりと笑うと、また一人、腹を押さえて倒れ込んだ。

「せ……んせ?」

 震える声で私が言うと、別の場所から銃声が響いた。熱いものが耳を掠る。次の瞬間、先生が笑みを顔に貼りつけたまま後ろに倒れた。ゴッ、と鈍い音が黒板と先生の後頭部の間で鳴る。

「えっ……え?」

 状況が飲み込めない私。気がつくと、私以外のクラスメイトは皆、銀色の小銃を持っていた。ちょっと待って、本当にわかんない。私、教室間違えた? いやでも、全員知ってる顔だし……。――なんて考えている間に、何発か銃声が重なった。私の周りでバタバタと三人が倒れた。そして次に銃口を向けられたのは――私。

「え、え、何これ。皆、どうしちゃったの?」

 後退りながら言う私に、隣の席の真理矢がきょとんとした顔で答えた。

「何って……。あぁ、由記はこないだ休んだから知らないのか。これ、ハロウィンだからって、先生が企画したゲームだよ。最後まで残った人が有名なパティスリーの限定ハロウィンケーキを貰えるの」

「へ……?」

「こないだの授業で銃も先生配っちゃったからなぁ。あぁ、ちなみにアレ、血じゃなくて弾に入ってるケチャップだから、大丈夫だよ」

「いや、大丈夫じゃないでしょ。洗濯大変でしょ」

「とまぁ、説明も済んだところで、残ってるのは由記、あんただけだからさ。銃を持ってない相手を撃つのは気が引けるけど……いいよね?」

「え?」

 気がつくと、教室の中で立っているのは私と真理矢だけだった。いや、正確には、一瞬前に真理矢が仕留めていたらしい大原さんが、今、ゆっくりと顔から倒れて、私たち二人だけになった。

「ちょ、待って、いやいやいや――」

「バイ。ケーキのためだから、ごめんちょ☆」

「うそ、食い気……?」

 これが、私の最後の言葉だった。倒れる間際に嗅いだのは、私の頭から垂れてくる、酸味のあるケチャップの匂いだった。

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色気より食い気 桜々中雪生 @small_drum

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