安寧の岸辺

 山から降りるとオレは警察に捕まった。車に乗ってた引きちぎれた腕、暴行の跡がある少女を乗せて、あからさまに盗難車が走っている。これだけ揃っていて捕まらないなどありえない。

 だが、幸いにもというべきだろうか。オレにも彼女にも捜索願いが出ていたらしい。逮捕の状況やトランクに空いていた銃撃痕、血中に残った薬物反応や拷問の古傷なんかも上手く作用してオレたちの証言した監禁話はひとまず信用された。

 そして、俺たちも閉鎖病棟へと一時入院。体調を取り戻したので退院という流れだ。

 今も、オレはモモナのやつと会っていない。

 ——しばらくは会わないほうがいいかもしれない。

 そう言い出したのはどっちだったか。あの施設のトラウマを刺激するだろうきっかけを作らないためにもお互いに会わないほうがいい。一見、正論に聞こえるその言葉を免罪符にオレたちはあの施設での出来事への精算を避けたのだ。

 答え合わせが怖かった。お互いに別の視点から見たあの場所を話すことで補完され真実を知ることが怖かったのだ。

 だから、急にオレの部屋のポストにモモナからの手紙が入れられているのを見た時は驚いた。

 ——あの日、私を助けてくれた誰かへ。約束の履行を求めます。

 取り調べの結果、お互いにもう住所も氏名も分かってるのによく言うよとぶつぶつと呟いて扉を開くのだ。

 行こう、あの日々の答え合わせをしに。

 はじめましてのあの日の約束を果たすために。


「オレの名前は、————」

 

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吾忘れの淵 深恵 遊子 @toubun76

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