第18日 くつのおと
隣の教室から数学教師の声が聞こえてきたと思った瞬間、私は唐突に文を書きたい衝動に突き動かされて、カツカツバンカツカツバンとうるさい黒板の音に勝るような靴の音を立てて階段を降りた。
校舎を飛び出して街道を歩き始める、アスファルトとブロックとコンクリートのアソートの道を一人で歩く。数学教師の熱烈な光をその身に浴び直近の数検の対策に肉が焼け、骨が、いや骨は特に何もならないが、とにかく仮想火葬に消えていく友人二人の事はすぐに頭から抜けた。
私の靴が、なのか、道が、なのか。知り得ないがぱつんと跳ねるような小気味のいい音を鳴らす。彼らを別に嫌う訳じゃないが、隣に友人が居ないこの謎の解放感や自由による多幸感が私の歩幅を広くして素直な線を描き、音に快感を覚えるまでにタツタツと鳴る。
後ろからバタタタタッッッと乱立する固い音が響き、響いたその招待を振り返ると黄色い帽子とランドセルを背負っていた。人通りの多い道で大胆不敵に石ころを蹴り飛ばし、信号機が変わってしまうのを急に恐れてまたどかかかかっっと煩く走り抜けていく。くだらないことで無限に笑っていられるあの無垢な笑顔に嫉妬をしてしまいそうになったが、あの頃は逆にこうやって今の私のように、さみしそうにコートをはおり、うつろに前を見すえることしか出来ない男がかなでるくつの音にあこがれたものだった。
暫く歩いた、駅が見えてきた。
信号機が赤を指しているのにそれを無視して渡ってやった。どうせ見ている者が居ようと関係ない、どうせどいつもこいつもやっているのであって、咎められようとやめはしない。
もう一度信号に捕まった、どうでも良かった。曇天が空気まで淀ませる気がしてならなかったが、マスク越しに入ってくる冷えきった灰色の空気が心地よかった。横を何の気なしに見た、顔を見たことあるなと、失礼だが凝視した。日本史の教師だった。荷物を二つのバッグに入れ暖かそうな恰好で居たが、話す事が無いので一人で納得して何も話さなかった。向かう先が一緒で、暫く平行に歩いたがやがて離れた。付き合い立てでまだ青いカップルのような距離感だったが、きっと向こうは気付いていないだろう。コツコツと聞き慣れた所謂くつのおとが私をそこに生きさせた。それだけだった。
今私は、駅で待ってこの文を、
くつのおとに見守られながら綴っている。
キーボードを叩く音 タコ君 @takokun
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