歪んだ柩

下村アンダーソン

歪んだ柩

 告白し合おうよ、と巴に言われて、なにを今さらと笑い飛ばしたのが数分前。彼女がベッドを抜け出してトイレに立ったタイミングで、私は煙草に火を点けて吹かしはじめた。生温くて気だるいこの時間の、恒例の儀式のようなものだ。巴が寝室を出ていって、私は一服する。

「さっきの話だけど」

 戻ってきた彼女が軽い笑みを浮かべつつ、後ろ手にドアを閉める。部屋着を着こみなおしたその薄い体を鑑賞しながら、私は煙草をもみ消して、

「嫌だよ、恥ずかしい。今さらなに言っていいか分かんないし」

「言葉が足りなかった。もう少し面白い話だよ。悪事を告白するの。やったことあるでしょう? ちょっとした悪いこと」

「心も体も清らかだから、そういうのない」

 両腕を広げておどけると、巴は珍しく不満げな表情を見せた。小さい頃のでいいから、もう時効になったような話で、と粘る。私の隣に腰かけて、こちらに身を凭せ掛けながら、

「聞きたいなあ――悪い女だったんでしょう、昔から」

「今も昔も悪くない」

 吐息を聞かせ、それから過去を回想した。古びた思い出を、記憶の奥底から引きずり出す。


 ***


 子供の頃、遊ばなかった?

 私たちはよく遊んだ。廃品置き場っていうのかな、がらくたが山ほど捨ててある、空地みたいなところ。小学校の通学路の外れにあって、溜まり場にしてたんだ。何人かのグループでさ、ここは私らの陣地だって言って、他の奴らは近づけさせなかった。

 本当はああいうとこ、立ち入り禁止だったりするんだよね。でも知ったことじゃなかった。田舎だったしね、別に誰が見てるでもない。コンクリートのブロック拾ってきて、目に付くもの片っ端から壊して回ったりさ、どうせゴミなんだから同じじゃんかって思ってた。

 いや、ボスじゃなかったよ。そう思った? ああ、そう。

 ずっと二番手だった。リーダーだった子の名前――忘れちゃったなあ。巴にしとこうか。考えるの面倒だからさ、いいでしょ、巴で。

 そっちの巴のことは、正直言うとあんまり好きじゃなかった。逆らえなかったんだよね、なに言われても。服脱げとかさ。舐めさせろとかさ。当時は意味分かんなかったけど、命令されたら従うしかなくて、うん、許したよ。がっかりした? するわけないか。あはは。

 いや、告白ってのはこれじゃなくて。餓鬼が人目につかない空き地でやってたって話じゃなくて。続きがあるんだよ。

 普通の遊びでも、そういう特別な場所でやると面白いって感覚、分かる? 好きだったのは、かくれんぼ。笑う? でも廃品置き場で真面目にやるかくれんぼ、楽しそうじゃない? 実際、めちゃくちゃ楽しかったんだよ。巴がリーダーだったあいだは、ずっとやってたな。

 私の告白ってのは、巴がいた最後のかくれんぼの話。

 その日は確か、けっこう大人数だった。いつもなら来ないような奴もいたな。単に大勢でやったほうが面白いってだけだったのかもしれない。少人数向きの特別な遊び――言ってること分かるでしょ――に馬鹿を入れると、親にチクる奴が出てきたりして面倒くさいけど、かくれんぼだからね。ただのかくれんぼ。

 私が鬼だった。当たり前だけど、巴を勝たせてやるつもりだった。他の子を全員見つけてから、巴ちゃんどこ、本当にいなくなっちゃったのって、みんなで捜索してやる気でいたの。そうやっていつもご機嫌とってさ、だから二番目でいられたのかもね。巴って気に入らない子には絶対容赦しなかったし、あの子に嫌われたら終わりだった。私はそれがよく分かってた。

 で、ゲームが始まるじゃん。私、最初に気付いちゃったんだよね。巴の隠れ場所。

 冷蔵庫の中。家庭用の小さいのじゃなくて、業務用って感じの、とにかくでかいやつ。子供なら余裕で身を潜められるくらいの冷蔵庫がさ、どんと捨ててあったの。そこに隠れたんだって、私は直感したのね。

 だけどすぐには見つけなかった。勝たせる気でいたからね。他の奴らがタイヤの山の陰とか、ドラム缶の裏側とか、詰まんないとこに隠れてるじゃんか。そいつらを先にして、巴を最後まで残した。

 それで予定どおり、全員で捜索開始。でっかい声出してさ、いないね、いないねって。あれ、隠れてる側としては気分いいよね。誰も見付けられないんだ、馬鹿だなって。しばらくそういう気分を味わわせてやれば、出てくると思ったのね。

 でも、けっこう長い時間呼び続けても出てこない。夕方、帰る頃合いになっても。

 隠れ場所知ってるのは私だけだったから、行ってみたのね。他の奴らには別のとこ探すように言って、私一人で。

 そしたらさ、冷蔵庫、かたかた揺れてたの。中からくぐもった声がしてた。なにやってんのかすぐに分かんなくて、ぼけっと見てたのを覚えてる。

 あれ、内側から開かなくなっちゃってたんだね。ドアの調子が悪くて、巴、出るに出られなかったんだ。

 すぐに大人を呼びに行って、助けるべきなのは分かってた。

 でも、行動に移せなかったんだよ。秘密の遊び場がばれるのは嫌だったし、それより巴にされたいろんなことを思い出して、ひとりで腹が立ってきて。

 もともと、好きじゃなかったって言ったじゃんか。好きでもない奴にくっ付いて、あれこれ命令聞いて、ご機嫌伺いして。裸まで見られて、玩具にされて。そう考えたら、ちょっと懲らしめてやりたくなったのね。

 当然じゃない? そのくらいの気持ち。

 それで私、知らないふりして引き返した。みんなには、巴は飽きて帰っちゃったんだよって言って。私たちももう帰ろうって、解散させた。

 物凄く怖くなったのは、家に帰って夜寝るとき。子供の考えることだから、トラックで運ばれてって、プレス機っていうのかな、ゴミをぺしゃんこにする機械に入れられて、小っちゃく圧縮されて死んじゃうんじゃないかとか、そんなくだらない心配して、よく眠れなかった。

 どうなったと思う? 巴、次の日から学校に来なくなったの。

 本当の話。先生が理由とか――たぶん話したんだと思うけど、ぜんぜん覚えてない。急に転校したとか、そういうありがちなやつだったはず。当たり前だけどさ、冷蔵庫に隠れててプレス機で潰されるとか、ありえないわけじゃんか。いくら田舎のしょぼい廃品置き場だって管理者はいるはずだし、ゴミの回収だってするでしょう? 誰にも気付かれなかったってことないと思うんだよね。そうでしょ?

 巴とは、それ以来会ってない。どうなったかは分かんないまま。


 ***


 私の話を巴は――こちら側の、現実の巴は、黙ったままで聞いていた。作り話と思われたかもしれないが、彼女はとくべつ、感想らしきものを述べようとはしなかった。ただ私に凭れかかって、静かに呼吸を繰り返すばかりだった。

「次はそっちの番だよ」

 私が促すと、巴はその姿勢を保ったまま、隠してたことがあるの、と言った。

「隠してた? なにを」

 彼女はすぐには問いに答えず、

「冷蔵庫の女の子はね、プレス機で潰されたりはしなかった。でもゴミ回収の係の人が来て、運び上げようとしたとき、自分が中にいることを知らせようとして暴れたから、冷蔵庫ごと落とされちゃった。冷蔵庫は思いっきり地面に投げ出されて、その勢いでちょっと歪んで、中にいた女の子は、打ちどころが悪くて死んだの」

 私は笑った。

「巴は、そう思うわけ? 私も悪かったと言えば悪かったけどさ――それは私のせいじゃないじゃん。落とした係の人たちの不注意でしょう? 回収する前に、きちんと確かめておけばよかったんだよ」

「そうは言うけど、実際、冷蔵庫の女の子はそう感じなかったはずでしょう? あなたに見殺しにされたって思うんじゃない?」

 あのさ、と私は呆れ声で、

「勝手に想像して、肩入れするのは自由だよ。でももう、終わった話。万にひとつ、その想像が当たってたとしても、時効になった話なんだよ」

「――やっぱり、悪い女だね」

 巴がそう呟くのと同時に、本棚の上に置いてあった小さなマスコットが、かたかたと踊りはじめた。振動は徐々に部屋中に伝播し、突き上げるような大揺れに変わった。

「嘘、地震?」

 立ち上がった。大慌てで本棚に取りつき、倒れてこないよう抑え込んだ。

「なにやってんの、手伝ってよ」

 叫びながら振り向いて、唖然とした。傍らにいたのは、巴であって巴ではなかった。

 血の気の失せて白んだ顔と、虚ろな目。酷薄な笑み。

 なにより怖ろしかったのは、関節を複雑に折り曲げ、自然ではありえない姿勢をとっていることだった――まるで、狭い箱に無理やり押し込められてでもいるように。

 隠していた。巴はずっと、隠していた。私は今までこれを抱いて、口づけをして――。

 悲鳴を上げ、本棚から飛び離れてドアへと向かった。ノブを握った。

 開かない。

 私は半狂乱になって、閉ざされた扉を殴りつけた。こんなにも分厚く頑丈だったのかと、今さらのように気付く。ドアノブに縋りついて泣き出した。

 子供のように泣きじゃくった。私は閉じ込められたんだ。誰も助けに来てくれないんだ。私は、ずっとこのままなの? 酷い。そんなのってない――。

 巴がゆっくりと近づいてきて、私の体に冷えた両腕を絡めた。身じろぎひとつできない姿勢のまま、壁という壁が軋んで、崩落する音を聞いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

歪んだ柩 下村アンダーソン @simonmoulin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説