それぞれのコロナ対策


 魔王城前、焚き火しながら勇者たちは話し合う。


 明日がおそらく、この長い旅の終着点になるだろう。


「明日は…魔王城へ挑戦、だな」


「勇者、お前なんでそれ付けてるんだよ。もっと他にいい装備品あるだろ」

 傭兵は勇者に問う。紫色の宝石だった。


「コロナ対策だよ。『ポイズンオパール』は毒耐性付いてるからさ」

「コロナには効かないでしょ」魔法使いはあきれて答えた。

「あれ毒じゃないの?」

「毒っていうかウィルスでしょ」


 勇者はアイテム欄に手を突っ込み、ごそごそと目的の物を探す。

「じゃあ、『カースシールド』は? 呪い耐性ついてるし」


「コロナは呪いじゃあないよね」


「『白い包帯』を腕にまくと厨二病属性付いちゃうけど、代わりにスリップダメージ無効になるぜ」


「なんだよ厨二病属性って」


「話す言葉が厨二病になるんだ」


「コロナはスリップダメージって感じじゃないでしょ」


「『天使の耳栓』は死の宣告無効だけど、詠唱出来なくなるし、歌の効果も受けなくなるからなあ」


「コロナは死の宣告じゃないし、あれ飛沫感染するから」


「じゃあ歌魔法やめようぜ。大声で叫ぶ系の技もやめよう。唾が飛ぶからな。『猛々き慟哭ステップアップデート』は使用不可に設定しておこう」


「それより、誰かマスク持ってないの?」


「代わりに『砂トカゲのスカーフ』をマスクみたいに付ければいいんじゃないか? 砂埃無効だからな」


「嫌だよ、アレ、チクチクするんだよ。かぶれちゃうよ」


「じゃあアレだ…! 先日カジノでゲットした、『セクスィなしたぎ』をマスク代わりに……」


「『死渇問題デスエンデッド』!!」

 魔法使いは死の宣告を唱え、勇者の頭の上にカウントが表示された。残り10秒。

「ちょ! マジごめんて!!」


「ほら勇者、カースシールドだ」傭兵は笑い転げた。


「死の宣告っつってるだろ、これ呪いじゃねえから!」残り5秒。


「大丈夫。死ぬと言っても瀕死なので、生き返れれば生き返りますよ。しばらく棺桶に入っててください」にこりと笑う魔法使い。


 口は災いの元。コロナのように目に見えない死の恐怖よりも、刻一刻と減っていく残り秒数を目に、何もできずに勇者は立ち尽くすほかなかった。


 魔王よりも怖い者がパーティーにいる。

 勇者にはその天使の笑みが悪魔に見えた。




 ◆




 一方魔王城では……。


「おい、お前たち、きちんと手は洗ったか?」


 スライム「ちょっと手が無いもんで…」


 火の玉「洗うと消えちゃうんで…」


 言い訳する奴らにアルコールを吹きかけてやった

 スライムは溶け、火の玉はより燃え上がって、燃え尽きた。

 しまった、これエタノール100%だ。薄めてないや。


 魔王は玉座で頭を抱えた。

「まったく…、魔王がコロナに倒れるとか、それだけは避けなければ…」


 勇者よりも何よりもまずコロナが怖い。

 コロナで魔王が倒れたとなれば今までの威厳が失墜する。

 魔の王がその程度だと思われたくはない。


 魔族幹部のゾゾマがチェックリストを片手に場を取り仕切る。

「まず、魔王城内では風属性の魔法を禁止しましょう。コロナが吹き飛んで感染リスクが高まります」


 それに魔王も応える。

「風魔法禁止か……。いや、でも換気はした方がいいだろう。全ての扉を開放しておけ。え? 魔王の扉は6つのカギが施錠されている? ええい!全部開けるんだ!」


「扉が開いてれば、扉を介して他者に感染するリスクを最小限に抑えられますね!」


「おい、そこのモンスターハウスはやめだ! 密閉空間に30匹も待機してるんじゃない! それぞれの魔物は2メートル以上間隔を空けて配置位置につけ!」


 勇者が接近攻撃を仕掛けてきたら一時撤退してもいいですか?と、融けた金属が。


 勇者がトイレ行ったあと手を洗ってないって噂本当ですか? と、ゾンビが。


 勇者御一行はコロナの検査してるんですか? 入口で検問してもらえるんですか? と、ウィルススライムがしつこく聞いてくる。

 お前は勇者に見つかるとややこしいから地下牢で大人しくしておけ!!




「ええい! めんどうだ! 戦いどころではないぞ!」




 ◆


 翌朝。


 勇者は魔王城の前で真剣な顔をしていた。

 魔物にコロナウィルスの検査をしてもらっているからである。


「はーい、それでは次の方ー?」

「あ、はーい。お願いしまーす」


「いやー、でも助かりましたよ。どこ行っても検査してくれなくて、自宅待機でって。こっちは世界を救う旅をしてるんですよって話ですよ」


「大変ですよねぇ。でも、今は世間も冷たいんじゃないですか? 今魔王倒すよりも部屋で大人しくしてろって声も聞きましたよ」


「でも王から頼まれちゃったしさあ! なるべく早い方がいいかなぁって思って」

「板挟みですねぇ、大変ですねぇ。いや、私もですね……」


 何を今から命懸けで戦う敵と世間話に花を咲かせているのか、と喝を入れたくなったが、飛沫感染を思うと声を大にもできないところだ。

 部下の魔物どもも、最近自粛でひきこもって話し相手がいなかったので、勇者相手に話をするだけでも気が紛れるのだろうか。やれやれと、頭を抱えた。


 ※もちろん、かれらの会話はアクリル板を介して行われているので飛沫感染への配慮は欠かしていません。ご安心いただきたい。



 ◆



 検査を行い、戦いの場の消毒を完了した。

 相対するのは、人間族の誇り高き戦士。勇者、魔法使い、傭兵。

 魔族の王と禍々しきその配下。魔王と魔物。


 勇者が武器を構え、魔王は迎え撃つ。

 勇者の鎧が、カチャカチャと武者震いの音を立てた。


 今、戦いの火ぶたは切って落とされる……。

 その時だった。


「なあ勇者」

「なんだ、魔王」

「一旦休戦といかないか?」


 勇者は思いを巡らす。これは何かの、罠か?

 魔王は話を続ける。


「これから行われるのは、人間の中でも熟練の戦士である勇者と、魔族の王たる我らとの戦いだ。お互い傷つき血が流れる。濃厚接触となる。それは避けられないだろう」


「そうして勇者と魔王、どちらも共倒れとなっては、王国に帰ったとしても貴様らの場所はない。無症状感染状態で凱旋パレードだなんだと行うつもりか? そんなことをしてみろ、いざ陽性が出たら隔離され、非難され、死んだとしても悲しみだ別れだなんだと言われもせず、ひっそりと埋葬され、貴様たちは死んでからも勇敢な旅路のことよりコロナのことを語り継がれるだろう」


「今我らが乗り越えなければならないのは、協力して各々の生活拠点へ帰り、自粛して、コロナが過ぎ去るのを耐えることだと思わないか? それが、それぞれの種族のためだと。

 我らとて、きさまらを倒したところで、コロナに倒れ死んだとなったら末代までの恥だ。そんなことは、死んでも嫌だな」


 と、魔王は笑った。


 勇者は武器を下ろした。鋼の剣を構えたまま話をするのは、重くてきつい。


「魔王よ。お前たちと初めてこうして見合い、話をしたが、意外だな。もう少し、話の通じない奴だと思っていた」


 まず人間の言葉が通じるということにびっくりだったのだが。

 それはともかく。


「お前たちの提案、乗りたい。休戦だ」

 ちょっと、本当に? と魔法使いが言う。

 傭兵は、勇者様が言うんなら、そうするかぁ、とあくびをした。


「いや、そもそも、戦わなくてもいいとさえ思わないか? もしコロナを乗り越え、お互いが生きていたら、うまい酒でも飲もう。会場は、ここでいいか?」


 魔王は再び笑った。

 それも、悪くない、な。



 勇者は手を差し出す。

 魔王はその手を握る。


 力強い手だ、と勇者は思った。

 生きていて、温かい。血の通った手だ、と。


 心許ない小さな手だ、と魔王は思った。

 しかし、剣を振るうために作られた無数のタコが、彼の芯の強さを物語っていた。


「これは……?」


 魔王は握手をした手に渡された小さな宝石を手にした。


「有効の証だ。受け取ってくれないか」


 ポイズンオパール。毒鉱山の紫色の鉱石を浄化加工したアクセサリーだ。装備したものに毒耐性を付与する効果を持つ。

「コロナは毒じゃないけどな」


 魔族の王はアクセサリーを装備しても追加効果は得られない。

 しかし、言葉と意志が形で残るのは、分かりやすくていい。魔王は受け取ることにした。


「代わりといっては何だが」

 魔王は勇者に禍々しい装飾が施されたカギを手渡した。

「なんだこれ」


「我の玉座の扉のカギだ。まぁ、コロナのおかげで今は解放しているから、これは不要でな。そもそもそのカギは我が眷属を6体倒さないと手に入らないかなりのレアアイテムだぞ」


 レアアイテムはレアアイテムだけど、これ換金できないアイテムだなぁ。

 まぁ、アイテムではあるかもな。


 なーんて、これは魔法使いに言ったら棺桶に入れられるほど怒られそうだから黙っておこう。あいつ、親父ギャグ言うと死の宣告かけてくるからなぁ。

 とかいろいろ考えながら、勇者はそのカギを受け取った。


「お互い、無事でな」

「道中、幸運を祈る」


 勇者たちは背中を見せ、二度と魔王城の方を振り返ることはしなかった。


 ※握手をした手はその後、きちんと2分以上の時間をかけて洗いました。



 ◆



 こうして勇者は人間の王国に。

 魔王は魔族の谷に。

 それ以外の種族もそれに倣い、世界は、戦いは、停滞した。

 それは消極的な停滞ではない。より良い未来を見据えた素晴らしい、停滞だった。


 しばらくの時が経った後、コロナは収束のときを迎える。この世界の生命は、装備の力に頼らずとも、己を律し、他を律し、己の力で乗り越えたのだ。


 その後、約束の地、魔王城にて宴が行われる。勇者と魔王、その他の種族も集い、どんちゃん騒ぎ。

 血なまぐさい戦いのことなど忘れ、共に困難を乗り越えた戦友として、疲れを労いあった。


 種族を越えた平和がそこにはあった。




 しかし、時が過ぎれば熱さを忘れるように、 諍いは何度となく起きた。コロナという共通の敵がいなくなると、人々は再び武器を手に取り、領地争いを始めたのだ。



 すると、どういうことだろう。ひとたび収束したかに思えたコロナがまた猛威を振るう。慣れや気の緩みもあり、戦争は留まることを知らなかった。だが、また数千人の死者が出ると、おかしな事だが戦争行為を非難し、世界平和を唱えるものが増えた。


 コロナを鎮める特効薬は自粛の他なかったため、無意味な戦闘はまたピタリと無くなり、第2次コロナ蔓延はやっと収束の兆しが見えてきた。


 コロナが我々の仲を取り持つ側面を持っていることを、苦々しく思う。コロナが殺した幾千人もの犠牲者を忘れるはずがなかった。美談ではない。悲劇である。こうした悲劇があっても、人々は争いをやめないという、悲劇。


 しかし、我は考える。

 いつの日か、コロナを介さずとも、種族の差を埋め、人々が手を取り合い、共存していける未来。そんな未来がいつかきっと来る。


 話し合えば、分かり合える。

 分かり合えば、補い合える。

 補い合えば、助け合える。

 助け合えば、乗り越えられる。


 そんな未来が来ることを。

 そんな日が来ることを、願わずにはいられない。




 手の中で、紫色の鈍い光を放つ宝石を握りしめた。




 完

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