五話 いろいろ試してみる。
おはようスライム、とりあえず一口齧るね。
というわけで朝ですよ。小鳥の囀る森の中で目を覚ますという、非常に爽やかな朝である。マイナスイオンやフィトンチッドといったリラックス効果もばっちりだ。清々しく一日を始めることができるね。
などという現実逃避をしながら、キングスライムを少しだけ齧る。齧るというかもう啜るに近いが、そんなことはどうでもいい。
もっと警戒を、危機感をとか思ってはいたのだが、如何せんこの体は赤ん坊であるわけで、襲い来る睡魔に全面的な敗北を喫したあと、気が付いたら朝である。仕方ないのだよ。精神年齢がどうであれ、肉体的な年齢にひっぱられるらしく、どう抗おうとも眠気には勝てないらしい。多少は抵抗も出来るみたいではあるんだが、長くは持たないらしいね。困ったもんだ……。それはそれとして、スライムベッドさ……案外気持ちいいねこれ。
このまま健やかに成長出来るならそれは別にいいんだが、危険度合いが地球の比ではない。ただでさえ異世界では危険が多いというのに、それに輪をかけてひどい状態だ。転移だったらまだマシだったろうな。寝ている間に魔物に襲われでもしたらひとたまりもない。
昨日に引き続き、スライム達は探索をしてもらう。今更何か新しい発見があるとは思えないんだが、やらないよりはいい。ちなみに昨日の成果は特になかったようだ。
少し変わったことと言えば、探索組のスライム達をスリーマンセルにしたことか。一匹ずつだといともたやすく死んでしまうスライム達である。わずかでも生存率を上げるために、三匹で班を組んでもらうことにした。
まぁそうは言ってもスライムなので、スリーマンセルになったからと言って生存率が目に見えて上がるかと言えば、答えは否だろう。やらないよりマシ程度である。どの道この辺り一帯はほとんど探索し終えているので、探索範囲よりも生存率を取った形だ。
それに三匹で行動していれば、もし三匹のうちどれかが死んだとしても、すぐに感覚共有を使うことで、現場の状況を確認することも出来る。三匹まとめて死んだりしたら元も子もないが、よほどのことがなければ大丈夫だろうと思う。スライム達は警戒心や危険察知能力は高いからな。
感覚共有の脳内リストに、班ごとの名前もつけてみた。一班から順にアルファ、ブラボーと言った感じで、フォネティックコードというやつである。軍事系の映画やゲームなんかを嗜む人なら分かるだろう。そうでもしておかないと、せっかく班分けしても個体が分からんからな。ちゃんと脳内リストに班ごとに浮かんでくるようになってよかった。アルファを思い浮かべれば、ちゃんとそこに所属する三匹の様子を確認できる。
試しにアルファ班の様子を確認してみた。さすがに移動速度が遅いな。まだ近くにいるみたいだ。どうやら距離もある程度分かるらしい。俯瞰や鳥瞰できるわけではないから、なんとなく近くにいるなぁくらいだけど。
こうしてよくよく見てみると、個体ごとに違いがあるな。見た目はほとんど変わらないが、多少大きさも違うようだし、移動速度も微妙に違いがある。個体値ってやつか。見た目だけじゃなく、ステータス的な違いもあるんだろう。現に移動速度も違うわけだし、ゲーム的な表現をすれば、筋力値や器用値とかも差がありそうだ。判別するのはめちゃくちゃ大変だと思うから、そこまで細かく確認したりはしないけど。
というか、スライムには目が無いわけなんだけど、どういう原理で視覚の共有をしているの? まだやったことないけど嗅覚とか聴覚もだ。水っぽいあの体のどこで感覚を共有しているのやら。魔法だからの一言で終わらせてもいいが、果たしてそれでいいのだろうか……?
まぁそれはさておき、今のところは特に異常もないらしい。そりゃこんな近場で異常とか起こってもらっても困るんだが。魔物もいるし、何が起こるか分からないのが怖いところだ。
さて。スライム達になにかあったときは感覚共有で知らせてもらうとして、俺の方が問題だ。
やることがねぇ。
耳にタコが出来るほど言ってやるぜ? 赤ん坊なんだわ、俺。どうするよ、マジで。この体じゃあ話にならん。なにかの行動を起こすということが出来ないわけで、何回思い返してみてもため息が出る。まずはここをどうにかできないか考えてみるか。
まず現状のまま無理やりにでも動けるかどうか確認してみる。当然、無理だな。筋力が足らん。体のバランスも悪いので、上手く立てないはずだ。立てるようになった子供も、最初の内はよく転ぶ。ようは頭が重いわりに、下半身が発達してないからふらつく。生後間もない俺なんざ、何をか言わんや。
ではどうするか。この世界には魔法があるではありませんか。一歩外に出れば、常に危険が付きまとう殺伐としたこの世界においての夢と希望。願いは叶うさ。そう、魔法ならね!
まずは単純に筋力でも強化してみようか。あらゆる魔法が使えるってすごく便利! 女神様文句言ってごめんね? 身体強化魔法、ありがたく使わせていただきます。
早速やってみる。主に脚力でいいのかね? 魔力を体に浸透させて強化するらしいが、さてどうなるか。
キングスライムに地面に降ろしてもらって、ゆっくりと立ち上がってみる。四つん這いの恰好から徐々に膝立ちへ。とりあえずここまでは行けた。ただ、ちょっとふらつきますねこれはぁ……。大丈夫か?
考えてても仕方ないので、思い切って立ち上がってみる。片膝をついて、いざ!
おおおおおぉ!? 立てはしたけどふらつく! バランスがすげーとり辛い。強化具合が足らんか? もっと魔力を込めてみる。
……よし、とりあえず安定はしてきたか。でもこれ、歩けないよね? 一歩でも踏み出そうとすると体が揺れる揺れる。流石に無理があったか。それになんとなく、体に悪そう……。幼いころから過度な筋トレとかすると成長を阻害するとか聞くもんな。あれ、因果関係の実証とかされてたっけ? いずれにしても、体に無理な負担をかけていることになるわけで、あまり褒められたもんじゃなさそうだな。
歩くのすらまともに出来とらんようじゃあ意味はないね。却下だ。では他に方法はないだろうか?
思いつくのはやっぱ飛行魔法とかかな? 鳥のように自由自在にとまでは言わんけど、まぁなんかふわふわ浮くくらいのことが出来れば、移動することはできるだろう。それ以上のこととなると厳しいか。なにかを採取しようと思ったりしたら別の手段がいるな。
そうなると……念力的な魔法はあるかな? サイコキネシスでもテレキネシスでもいいが、物を浮かせるようなやつ。糸魔法だとかでもいいか? 影魔法とかをうまく作用させれば物を掴んだりできるかもしれない。
それじゃあ次は飛行魔法を試してみようか。アニメとかゲームとかで、空中をビュンビュン飛び回るキャラクターなんてザラだったから、イメージするのは何となくできる。空を自由に飛び回れるイメージさえできれば、そこに原理だの法則だのが存在しないのが魔法なんだが……一体どうやって浮かんでるんだ? という疑問が湧いてくるのは仕方ねぇよな? やってる本人ですら分からねぇ。
ひとまずは、ふわりと浮かぶことは可能だった。胡坐をかいた体勢のまま空中浮遊する様はなんというか、傍から見るとすげーシュールなんだろうな。座禅でも組んでんのかと。悟りでも開けそうな気がしてきた。まぁその前に即身仏になりかねないけどな!
ゆっくりと移動してみる。特に問題はないかな? もう少し高度をあげ……いや怖いわ。慣れないうちはやめとこう。んじゃあこのまま影魔法を使って――おっ!?
「いえっ」
落ちた。それはもうコントのように。数センチ浮いてただけだし下にキングスライムがいたお陰で怪我はないが、かなりびっくりした。キングスライムが咄嗟に受け止めてくれてよかったぜ。下手をしたらボヨンと跳ね飛ばされてたかもしれねぇ。
なんだろ、飛行魔法はかなり集中が必要なのかな? ちょっと意識を逸らしただけで魔法が途切れた。確かに、空を飛ぶなんて相当高度な魔法といってもいいかもしれない。慣れてきたら話は別かもしれないが、今は複数の魔法の同時行使は難しいと思っておこう。じゃあ影魔法単体で使ってみようか。
そのあとも糸魔法だとか念動魔法だとか、思いつく限りの魔法を一通り試してみた。女神さまに言われていた通り、どの魔法にしても本当に使うことが出来たわけだが、問題もある。
熟練度というか、やれることの幅が思った以上に狭いのだ。これは今後使い込んで行けば解決するのだとは思うが、現時点ではあまり期待できるものではないように思う。影魔法を例にしてみると、魔法が作用する範囲はあくまで自分の影のみだ。周囲の影まで操ることはできないし、自分の影の面積以上に広げることはできないなど、まだまだレベルが足りないと言わんばかり。現状ただの器用貧乏である。
それに比べて従魔術は割とやれることが多い。キングスライムという遥かに格上の相手をテイムしたから、経験値的なものが多く得られたのかもしれない。まぁ感覚共有が便利ってだけかもしれないが。遠隔でいろいろ指示を出せるのはありがたいよね。何と言っても俺自身が動けないからな。スライム達が代行してくれるのは非常に助かる。
まぁ結局のところ、魔法をもってしても俺自身の移動の役に立つことは現状では難しく、最終的な結論としては、今は大人しく魔法の訓練でもしていろ、ということになる。魔法の技量が上がれば出来ることも増えていくことだろう。そうなってきたら歩くなり浮くなりで、自分で移動することも可能なはずだ。
なのでとりあえず周囲の探索はスライム任せにして、ときどき感覚共有を使って俺自身の目でいろいろ確認しながら探索することにしようと思う。スライムだけでは分からないこともあるだろうからな。そもそもスライムにとって必要な物って言うのが少なすぎる。スライム的にはいらないものでも、俺にとっては欲しい物だなんて可能性も無きにしも非ず。どうせ他にやることもない。従魔術の訓練だと思って探索に加わるとしよう。
とりあえず今一番遠くまで移動している班の様子を見てみる。感覚共有で周囲の景色を見ているが、相も変わらず森の中だ。そういえば、この森はどこまで広がっているんだろうか。近くに村があったことを考えると、まだ浅い地域ではあるんだと思う。むやみやたらに探索して、森の奥に進んでいくことになるのはよろしくない。こういうの、大体は森の奥に強い魔物とかいるもんだからな。
方角も分からないから、どっちが森の奥なのかもわからないのが痛い。まぁ太陽の位置を確認すればいいんだけど、北がどっちか分かったところでそっちが森の入り口なのか奥なのかは不明だ。まさか西から太陽が昇るとか言わないだろうな? そんなことはないと信じて、まずは現在地から少しずつ範囲を広げ、俺のいた村を探すことから始めよう。村さえ見つけたら、その反対側の探索は浅めにやればいい。
うん、当面の目標は俺の産まれた村を見つけることだな。実際のところ、村のことなーんも分からないんだよね。だって産まれてすぐに捨てられたんだもの。視力もイマイチだったし、どれだけの規模なのか、どんなところなのかさっぱりである。
そうだ、村を見つけてやりたいことっていうのがあってさ、まずは服が欲しいんだよね。最悪ただの布でもいい。未だに裸なんだもん。毛皮なら持ってるけどさ、着心地最悪なんだよ。前世の記憶を持ったまま転生した身としては、いくら生後間もない子供だったとしても、全裸のままで居続けるのはちょっと抵抗がある。
まぁ……対価とか払えないから盗むことになるんだけどね……。一枚だけでいいからさ、ちょっとだけ分けて欲しいかなぁなんて。
分かってる。どんな事情があったって、盗みはどう取り繕っても犯罪だってことはさ。こんな森の中にある村だ。俺の捨てられた事情を考慮すると、決して裕福だってことはないだろう。それでもこちとら捨てられた身の上だ。少しくらい物資を拝借したって罰は当たらないと思ってる。ちょっとした復讐だ。村を滅ぼしてやるなんて言わないだけ、可愛いもんだと思ってほしいね。
問題はどうやって侵入するか、盗んでくるかってことなんだけど。スライムを使うってのもアリかなぁ。夜中に侵入させて、感覚共有で指示してやればなんとかなるだろう。地球みたいに完全防備の家なんて早々ないはずだし、ましてや森の中にあるド田舎村だから見つかりさえしなければ簡単じゃないかなぁとは思う。
まぁ森の中という危険地帯にある村だ。見張りくらいは立ってるだろうさ。とはいえ軍事的重要拠点とかではないのだろうし、スライム一匹が侵入する余裕くらいありそうな気はする。しっかり訓練された兵士とかがいるわけじゃないだろ。いたらいたでその時また考えるわ。
まずは周囲の探索で状況把握を急ぐか。あんまり成果には期待できないけど、何もしないよりはマシ。ゲームでは周囲のマッピングって大事だからな。地形の把握が出来てないといろいろ困る。まぁこれはゲームではなく現実だけども……。そんで村を見つけて侵入しよう。俺の文化的生活のために!
いやまぁ服を盗むためだけに村に行くわけじゃないけどさ……。
おはようスライム、とりあえず一口齧るね。 紅茶美味しい @green-tea
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