四話 スライムという生き物。

 ひとまず現時点で群れを形成しているスライムは、全て支配下に置くことが出来た。この歳……というかそんな言葉を使うのも烏滸がましいくらいだが、それでこれだけの数のスライムをテイムできた辺りは流石は転生者というか。まぁそれが関係あるのかどうかは知らんがね。無理している感じもしないし、まだまだ余力はありそうだ。スライムだからこの数を従えることが出来たのか、それともテイマーにとってこの程度の数はまだ物の数ではないということなのか、あるいは今言ったように俺が転生者だからなのかの判断は難しいが。


 現時点でのスライムの数は四十六。思っていたより多かった。偵察だか探索だかに出かけていたスライムが思いのほか多く、続々と帰ってくるスライムを見て軽く引いたね。たかだかスライムと言えども、これだけの数が集まっているところを見ると戦慄する。単体では大した相手ではないスライムだが、なるほど確かに、この数が一斉に襲ってきたらと思うと笑いごとではない。


 とりあえず、キングスライムに普段はどうしているのかを聞いてみたわけだが、ただひたすらに餌を探し回る日々だそうだ。まぁ野生の生き物なんてそんなもんだわな。スライムの食性に関してだが、基本的には雑食極まりない。食べられない物などないと言っても過言ではなかった。毒性のあるものは関しては流石に無理だそうだが、軽い毒草くらいであれば食べられないこともない。好んで食ったりはしないそうだが。


 雑食なので、そこらの草や木、挙句の果てには土や石なんかを食うことでも生きていけ……雑食ってそういう意味で使うもんだっけ……? ともかく、毒草にしてもそうだが、好んで食いたくはないらしいので、常に餌となるものを探しているのだ。ここは森の中なので、具体的に言えば薬草や果物、動物か魔物の肉と言ったところ。特に肉はご馳走である。お前らやたらと人間臭いな。


 動物はともかく魔物の肉なんぞ、スライムごときではそうそうありつけるものではない。主に死体を貪るのが基本らしい。ハゲタカかなにかか? そうした探索の最中に見つけたのが俺だったんだな。生きた生肉なんかめったに食えたもんじゃないので、見つけたスライムもキングに献上しにきたらしいってのが事の顛末だ。ほんとお前、キングでよかったよ。ただの野良スライムだったら、今頃俺は美味しく溶かされてた頃だ。


 キング以外のスライム達は、引き続き周囲の探索で果物を探してもらうとする。まぁ、近場は既にほとんど探索し尽していて、果物が近くにないのは判明しているみたいだが……俺だって好き好んでスライムを啜りたいわけじゃねぇ。甘味があるとはいえ、美味いものではない。牛か山羊みたいなモンスターいねぇかな? 牛乳くれ。


 キングには俺のベッド兼足になってもらう。だって動けないんだもの。と言ったところで、俺がわざわざ移動する用事なんて今のところないんだけど。仕方ないだろ生後一日目だぞ。なにをしろってんだ。


 唯一魔法が使えるアースは俺の護衛。魔物界最弱筆頭のスライム種と言えども、キングやアースは上位種だ。低位の魔物であれば避けることが多いらしいので、この集落が襲われることはあまりない。スライムの集団で生き残っていられたのはこいつ等のお陰でもある。上位種の名は伊達ではないのだ。


 とはいえ、魔物の跋扈する森の中。何が起こるか分かった物ではない。キングやアースの例を見るに、他の低位の魔物が進化しないとは限らないわけで、それらがここに来ないなんて保証もないのだ。


 で、あるならば。備えがあるに越したことはない。俺だって魔法は使えるが、まだ慣れてはいない以上、自分の力を過信はしないようにする。チートだなんだと言ってみたところで、使い手がポンコツであればそれは何の意味もない。赤ん坊に銃を持たせて役に立つか? そういうことだ。


 俺の魔法の習熟度があがるまでは、アースに補佐をしてもらう。どんな魔法が使えるのか聞いてみたところ、簡単な攻撃力のある魔法ならいくつか使えるみたいだ。直接見てはないし、単語で説明されただけだから詳しくは分からないが、それなりにダメージ源にはなりそうな感じ。『土 投げる』とか『穴 落とす』とかだったから、まぁ土の弾を飛ばしたり、後者は文字通り落とし穴とかなんだろう。


 とにかく、なにをするにしても自分の体が思うように動かないことが大問題である。それを嘆いてみてもどうなるわけではないので、まずは出来ることからコツコツと。やれることを増やすためにもスライムはどんどん数を増やしていきたい。あと、出来ることならば進化させたい。どういうスライムが存在するのかなんて知りはしないが、いろいろやらせてみたらいいだろう。食べ物で変わるのか、周囲の環境によるのか、あるいは進化に必要な特別なアイテムがあったりするのかもしれない。


 それに関連して、従魔術。一つの魔法のジャンルとして確立されている以上、ただテイムして終わりっ! というだけではないはずだ。なんらかの固有のスキルだとか魔法だとかがあるに違いない。やれそうなことと言ったら、感覚共有とか召喚と送還。いや、後者は召喚術かなぁ? まぁいい。そこは訓練していけばいずれは分かることだ。


 そう考え、まずは感覚共有でも試してみようと思っていたときだった。不意に、わずかな喪失感。なにがとはよくわからなかったが、何かが消えた感じがした。辺りを見渡してみても、なにもおかしなところはない。居残りのスライム達が思い思いに這い回っているだけだ。自分の体にも異変と言えるものはない。その正体不明の喪失感だけが残っていただけ。


 自分の中で、何かが消えた。正体不明のそれは、否が応でも俺の不安感を煽る。


 一体何が失われた? 魔力か? それとも体力? もっと危険な可能性を挙げるなら、感情や記憶を失うなんて話も見たことがある。もしドレイン的なスキル持ちの魔物でも現れたとするなら、それはもう一大事。目に見えない攻撃をしてくる相手など、厄介なんて言葉で収まりはしない。今の俺には手に余る。


 周りのスライム達にも警戒するように指示を出す。この場の空気が張り詰めた……ような気がした。スライム達に警戒させたところで、果たして意味はあるのどうかは疑問であるが。なにせスライム達は元から高い警戒心を持っているのである。そのスライム達の感覚を潜り抜けて、俺に攻撃してきたのだとすれば、相当なステルス能力持ちだ。今更スライム達がそいつを見つけられるとは思えない。


 などと内心大慌てで指示出しをしたり周囲の警戒をしていたりしていた俺に対して、キングが語りかけてきた。曰く。


『敵 違う』


 だそうである。俺が感じた謎の喪失感について、原因を解明したのはまさかのキングスライムだった。何故キングがその答えを知っているのかとか、俺が感じたことをキングが分かった理由とか、気になることがあるが、まずは話を聞いてみる。


 まずは結論から言おう。俺が感じた喪失感の正体。それは、テイムしていたスライムがどこかで死んだからだ。契約の導線みたいなものが途切れたことによる違和感がそれらしい。そう言われてみれば、確かに契約をしたはずのスライムの数が減っている。ちょうど今まさに感覚共有を試してみようと思っていた矢先だったわけだが、それを意識してやってみることで、初めて分かった。


 感覚共有は問題なくできたので、それを詳しく検証するのはまぁあとにするとしてだ。感覚共有に入る前に、どのスライムと共有するのかという選択肢がある。この世界はゲーム的なウインドウが出現したりしないので、頭の中に候補となるテイムモンスターが浮かんでくる感じだ。さすがに四十匹以上もいると、個体ごとに一々名前なんてつけていられないので、一見しただけではどれがどれだか分かりやしない。目の前の居残りスライムと、頭に浮かんでくるスライムとどれが同一個体なのか、さっぱりわからん。個体を識別できるのはキングとアースだけだ。


 どれがどのスライムだか判別出来ないのは困るので、これを改善するのは今後の課題としよう。それはともかく、どれがどれかは分からなくても、今現在テイムしている数だけははっきりと分かる。俺がテイムしている数は、キングとアースを含めて四十六匹のはずだ。さっき確認したばかりだし、間違えてはいない。それなのに現在のスライムの数は四十五匹になっている。確かに、一匹減っていた。


 理由は分からないが、何らかの原因で死んでしまったらしい。キングもその原因までは分からないそうだ。もしそのタイミングで感覚共有をしていたなら話は別だろうが、さすがにいきなり消えた反応を追いかけるのは不可能だ。ゲームのようなキルカメラや録画機能があるわけでもなし、それは仕方ない。


 それはそれとして、なんでキングまでもがその感覚を知っているのかと言えば、よく考えたら当然のことだった。俺がテイムする前の主人は、このキングスライムである。別にキングからの支配権が失われたわけではないので、共同支配といった感じだが。会社で例えるなら、社長と課長みたいなもんか。そうなると、俺と同じような感覚をキングも持っているので、俺が感じた喪失感を同じようにキングも感じられた、ということだ。それに、キングは俺よりも前から群れを統括している。その間にも死んでいったスライムはいたことだろう。要は慣れているのだ。キングにとってはいつものことだったんだろうな。


 キングは魔法を使えるわけでもなく、なにを持って上位種なんだろうと思ってはいた。確かに体は大きいし、それだけで通常のスライムよりは優位に立てるだろうと思う。でもこいつは魔法を使える種も配下に置いていたのだ。今でいえばアーススライムだな。純粋な戦闘能力で言えばアースにも劣るだろうキングは、どうやってアースを従えていたのかと思っていたんだが、これでやっとキングの能力について少しわかった。


 要するにキングスライムというのは、スライム限定のテイマーなんだ。まぁ人間のテイマーと同じ原理なのかはっきりとは分からない。ただ、似たようなものではあるのだろう。考えてみれば、俺と同じことをしていたのだ。スライムを取りまとめ、指示を出し、感覚共有も出来ている。まさしく、テイマーの所業と同じだ。


 喪失感の理由については、だいたいわかった。ただ、キングは敵が来たわけではないと言っていたが、死んだスライムの死因如何によっては、困ったことになる。


 確かに、今この場に敵はいないだろう。ただし、そのスライムの死因が他の魔物に襲われたという場合は、近くに敵がいるということでもある。スライムの移動速度は非常に遅い。周囲の探索に出してからそれなりに時間は経っているものの、そう遠くない位置に脅威となる魔物がいる可能性があるということだ。もちろんここは魔物がいる森の中という危険地帯ではあるが、その強さの度合いが問題だ。


 スライムは弱い。他の種族と遭遇したら……下手をすると同じスライム同士で争ったとしても負ける可能性はあるだろう。でもだからこそ、相手がどの程度の力量なのか分からないということでもある。ゴブリンや動物種の魔物くらいであれば、まだいい。俺でもなんとかなるかもしれないからな。でも、そうでなかったら?


俺の手に負えない強力な魔物とかが現れたのだとするなら、看過できない。最大限の警戒態勢で、迎撃の準備をしなければ。考えすぎならそれはそれでいいんだが、備えておいて損はない。この世界と地球は、もっと言うなら日本とは違う。やりすぎくらいでちょうどいい。


 まぁ、ここは人里からそう遠く離れてはいないだろう。俺を捨てに来る人間がいて、そこからの移動はスライムを介して行ったのであれば、そんなに遠くまで移動したわけではないはずだ。ならば、そこまで強力な魔物がいるとは考えにくい。そんな危険地帯に集落なんて作られるはずがないからな。


 そう簡単に強敵に遭遇なんてしてたまるかっての。既にスライム相手と言えども二回も窮地に陥ったんだ。本来ならば自我も芽生えていないような歳で、何度も修羅場に遭遇するなんて人生は真っ平ごめんだわ。平穏無事に人生謳歌しようぜ。


 ……ここが森の中でなければ、俺のその願いも聞き入れやすかったんだろうけどな。


 

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