三話 生きてはいたが。

 ということがありまして。


 いやーアレだね。見事に、生きてたよね。どうやら最後の最後でテイムが効いたらしい。気絶こそしていたみたいだが、そのあとビッグスライムは解放してくれたようだ。気が付いたら、ビッグスライムの体の上に寝かされていた。さすがに死んだと思ったね。


 なにはともあれ窮地は脱した。このあとどうするのかって話になってくるわけだが、さてどうしたものか。


 とりあえず、さっきの一件で食糧問題に関してはクリアされた、と、思う。スライムの体を食えそうだという発見があったからな。あとは彼らが大人しく食べられてくれるのかという話と、果たして彼らの体に赤子の成長に必要な栄養素は含まれているのかという問題はあるわけだが。


 当然、一度の食事で食べ尽くせるはずもないし、仮にも従魔だ。彼らにとって無理のない範囲でおすそ分けしてもらえたらという程度。どこかのアンパンの妖精みたいな感じでな。ひとまずそれで食いつなぐことが出来れば、徐々に果物だとかを食べるようにしていけばいい。


 そうなるとあとは……どうすりゃいいんだ? 赤ん坊からの生活ノウハウなんぞありゃしねぇぞ。食って寝るだけか?


 実際それ以外にないよな? どう頑張ったところで出来ることは限られている。一日のほとんどを寝て過ごすのが赤ん坊だ。


 異世界転生のセオリーに則ってみるとするならば……とりあえず魔法の練習? 一応人より魔法の才能はあるはずだけど、ぶっ壊れチート性能というほどではないんだよね。いや、訂正しよう。あらゆる魔法を使えるという点で既にチートだわ。魔力もそこそこ多いわけだし。


 でも現時点でいきなり最強クラスの実力があるわけではないんだし、ここはやっぱり魔法の練習はしておくべきだろう。身を守るためにもね。


 だってほら、赤ん坊だし。ハイハイもできんのやぞ? 魔法でなんとかするしかない。とりあえず従魔術はマストで、ひとまず一通りの魔法は試してみるか。


 それはそうと、今の俺の現状確認しておかないと。周りのスライム達のこともあるし。あと、ここはどこやねんって話。とはいえ今の時点ではここがどこだか調べようもないんだけどさ。近くに集落がある森ってことしかわからねぇ。


 えーと? まずはこれだな。異世界転生のお決まり。これが一番手っ取り早く自分の状況を確認できる、魔法の言葉。


 ステータスオープン!


 ……。


 …………。


 さて、まずは腹ごしらえしよう。そうだそうしよう。腹が減っては戦は出来ぬというしな。栄養が頭に回らないとまともな考えも出てこないし? 下手な考え休むに似たりってやつよ、おん。


 ……ふん! 詳しい説明もせずに異世界に放り捨てた女神が悪い。ほんとに大した説明もなかったからな。魔法の使い方も詳しく教えないし、ここがどこだかも説明なし。文明レベルも分からなければ、この世界の事情も分からない。本当に、神にとっての暇つぶしレベルで転生させられたんだな。停滞している世界の発展がどうとか言ってたくせに。


 まぁ、俺に特別なにかに秀でた能力があったわけでもなし、世界が滅亡の危機に瀕しているとかいう事情があるわけでもないのに、かなり高い能力を与えてもらったことには感謝している。あまりにぞんざいな扱いには一言物申したくはあるが、神がいちいち人間に肩入れすること自体が特例と言ってもいいんだろう。本来なら、死んだからといって全員が異世界転生するわけでもない。


 とりあえず、ステータスとかは存在しないタイプの世界なわけね、はいはい。ということは、目に見える形で自分の能力が分からないわけだから、スキルとかもないのか? 概念としてはあるんだろうが、可視化されてない。ゲームのようにはいかんですよと。


 一応、メニュー! とか、オプション! とかも試してみたけど無反応だった。そういうゲーム的なシステムを採用している世界観ではないらしい。


 ちょっと面倒くさいタイプの世界だ。いや、まぁ自分のステータスが見えないなんて地球じゃ当たり前なんだけどさ。異世界転生とかそういうの、標準装備みたいなとこあるから……。


 情報が少なすぎてどうにも、なぁ。こればっかりはおいおいやってくしかないのかね。なにせ生後間もないわけで、行動範囲も狭いし、やれることが限られている。慌てず騒がず、ゆっくりやるか……。前途多難だなおい。


 そのあたりのことはまぁ諦めるとして、スライム達か……。そういえば俺がテイムしたコイツ以外のスライムは、果たして俺の指揮下にあるのだろうか? 襲ってくる気配はないわけだが。俺がビッグスライムの上にいるんだし当たり前だけど。


 なんか指示を出してみようか。一番近くにいるスライムに近づいてくるように指示を出してみる。すると、そのスライムはゆっくり俺の方に近寄って……来なかった。


 まぁそうだよね。テイムしたモンスターと仮に思念的ななにかで意思の疎通が出来たとして、それが可能なのは実際にテイムしたビッグスライムだけだろう。では、ビッグスライムに命令してもらうことはできるのかな?


 結果、出来た。間接的にならば命令できるわけだな。あくまでも従っているのはビッグスライムにってことではあるが。どうするかな。一応こいつら全部まとめてテイムしておいた方がいいんだろうか? いざというとき命令の伝達が遅れるのはよろしくないよな? 戦闘中とか。ていうかスライムで戦闘することなんてあんのかね……。どうせなら他のモンスターの方が強いし。


 っと、そういえば腹減ってたんだ。飯にしよう。と言って食うのがスライムとかなんなんだよって思うが。


 それはそうと、ちゃんと食えるんだよな? 確かにさっき少し口に入ったときに違和感もなかったし、なんか甘かったけど、食中毒とか食べた瞬間に発症するもんじゃないからな。実は有毒で、後になってから致命的なダメージになって帰ってくるとか、笑い話にもならんわ。


 別に毒があるというわけではないだろう。あるとしたらポイズンスライムとかそういう奴らだ。となると、腹を壊すとして原因になりかねないものは……細菌? 地べた這い回ってるしな。そこらへんは内側を食べるってことでなんとかなるか。


 他には、あれかな。魔力の過剰摂取でなんたら~みたいな、異世界物でたまにあるやつ。魔物の肉を食べ過ぎると罹りますよ的な。そこまでいくともう本当に想像の範疇を出ないから、無いものとして扱う。アホみたいに大量に摂取しなければとりあえず大丈夫だろうと思いたい。


 どの道食べるしかないかなぁ。せっかくスライムがいるんだし、果物でも集めてもらうのも手か。ただどうやって絞るの? って話になってくるけども。スライムの力でいけるかぁ? 不安だ。手も足もない真ん丸なこの体でどう絞らせたらいいのやら皆目見当もつかん。


 とりあえず少しずつ食べてみることにする。食べ過ぎてどうこうなるようであればその兆候はあるだろうし、毒だのなんだのに当たるようであれば運が悪かったと諦めよう。一応果物の類がないかどうか、周りのスライム達に探してきてもらえるようにビッグスライムに頼んでおく。


 命令を受け取ったらしい数体のスライムが離れていくのを確認しつつ、ビッグスライムにもう一つお願いをする。つまり体を食べさせてはくれないかと。


 もしかしたら渋られるかもしれないと思っていたが、意外とすんなり了承の意思が返ってきた。今更だけど、スライムと普通に意思疎通出来てるな。俺の言葉が分かるらしい。声に出してはないから思考というか、思念というか、その類の物だけど。


 従魔術の効果、かな? スライムから返ってくる意思ってのもなんとなくわかる。明確に言葉としての反応ではなく、単語が頭の中に浮かんでくるって感じだが。


 許可も出たことだし、少しずつスライムの体を啜りながら、試しにいろいろ質問をしてみた。腹八分目程度になったくらいで、スライムから得た情報をもとに考えをまとめてみることにする。ちなみに味はうっすい砂糖水みたいだった。ほぼ水の味に僅かに甘味があるような。食中毒とかなったら笑える。


 で、質問をしてみたわけだが、なかなかに難儀した。なにせ返ってくる反応が単語なのだ。たまに要領を得ない返答をすることもある。あと、これは質問した俺が悪いのだが、『ここはどこ?』と聞いてみたところで得られた答えが『森』である。


 考えてみれば当たり前なのだが、スライムが地名など知るわけもない。ああいうのはあくまでも人間が勝手に決めたことでしかないのだ。むしろ知っている方がおかしい。残念ながらこのあたりの情勢なんかを聞き出すのは諦めた方がいいだろう。ある程度成長してから、近くにあるのであろう村にしれっと紛れ込む方がまだマシだ。問題は、こんな辺鄙な森の中にある集落に、いきなり見知らぬ子どもが現れるなんて怪しさしかないところか。十中八九、村人は知人だらけだ。誰だお前は!? となること請け合いである。


 いつかは人里に向かわないといけないと思うので、そのあたりのことは成長してから考えよう。今はまず生き抜くことが先決だ。ていうか服欲しい……。


 そういう世界情勢的なことはスライムに聞いても無駄なので、ならば君らのことについて伺おうじゃないかと、スライム達のことを聞いてみた。


 一番驚愕だったのは、ビッグスライムだと思っていたコイツがキングスライムだったことかな……。なぁビッグスライム君さぁ? って問いかけたら、キングスライムなんですけど? みたいな反応をされて目が点になったね。そらテイムもなかなか効かんわ。


 キングにしては小さくね? とか思ってたらいきなり巨大化されてビビったよ。自分が小さすぎてなにと比較すりゃいいのか分からんが、たぶんバスくらいはある。乗り物繋がりで例えるなら、普通のスライムは一輪車くらい。まぁ俺を飲み込むくらいだし。ビッグはいないから知らん。キングが小さくなっていた時をビッグ相当だとするなら大型のバイクとか。


 なんでそんな小さくなってたのかと思ったら、住処にしていた木の洞の中だと狭いかららしい。確かにこのサイズで入っていたらくそ狭苦しかった。小型化も納得である。


 このキングスライムはこのあたり一帯を支配下に置いていて、周辺で見つけたスライムを集めて徒党を組んでいる。まぁスライム一体じゃあ弱すぎてすぐに死んでしまうので、群れるのは妥当だ。少しずつ規模を拡大し、今の数になっている。


 スライムが群れたところで他のモンスターに勝てるのだろうか? という話だが、やっぱり数は力だ。狼系のモンスターなんかは向こうも同じく群れる習性があるので、見かけたら即退散か身を隠して震えて待つのどちらからしいが、単体であればそこそこ戦える、らしい。基本的に集団で体当たりで徐々に弱らせるか、押しつぶして圧死か窒息死、あるいは、タイミングさえよければ魔法も使う。


 タイミングというのは、群れの中に魔法を使えるスライムがいた場合。そんなに強力な魔法を使える個体はそうそういないが、意外と使える個体も産まれることがあるみたいだ。が、そうは言っても所詮はスライムである。普通のスライム以上に打たれ弱い傾向が強く、ふとしたことで死んでしまうことも多いため、常にいるわけではない。よって、タイミングが良ければという話になってくる。


 ちなみに、今も一匹だけいる。呼んでみて観察したら、なんか茶色かった。何やコイツと思ったらアーススライムらしい。魔法を使えるスライムというのは、所謂上位種のことだったってわけだ。


 キングスライムにしてもそうなんだが、当然スライムにも進化ってものはある。ただ、元が弱すぎて中々進化しないことが多く、個体数は少ない。群れの中にいる上位種は、キングとアースの二匹しかいなかった。過去には他の種類もいたっぽい。


 少々残念だが、仕方ないな。そういうことならば自分で進化させてやればいいのだ。スライムの進化種はだいたい面倒な相手で、利用価値があるものだと相場は決まっている。スライムがこんな強いなんて!? とかいうラノベの展開はくそほど見た。進化のさせ方も目星はついてる。関係の深そうな物を食わせたり、融合させたりすればいいんだろ? やってやんよ。俺の安全と快適な生活のためにもな。


 ということなので、ここいらにいるスライムは全部テイムしておくことにする。一気に全部は魔力が足らなそうなので、少しずつ。今の俺に最大で何匹テイム出来るのかは知らないが、きちんと統率をとれるのであれば、テイム出来る数に限りはないらしい。理論上は百でも千でも従えることができるってことだ。あくまで、理論上はな。


 まぁ限界が来そうだと感じたらその時対策を考えよう。従魔術の技量を上げて限界値を伸ばすなり、種類を厳選するなり。とりあえず、ここらのスライムくらいならなんとかする。数十くらいならテイムしている人間もいることだろう。種類にもよるだろうが。


 結局、行動するにしても分からないことが多すぎるってことに帰結する。魔法についても、元から知っていたかのように知識を思い出せているけど、時々思い出せない項目があるらしい。あれかな、レベルを上げないと使えない魔法がある的な。アンロックしないとダメなんだね、うん。ゲーム脳ここに極まれり。


 俺からすればゲームみたいな世界だし、仕方ないことだと思うことにしよう。この世界の仕様も分からんことだし、参考にするくらいはしてもいいだろう。ゲームだけじゃなくて、ラノベやアニメからもいろいろ考察できるはずだ。何も考えずに物事にあたるよりはいい。


 地球よりは遥かに死にやすい世界だろう。現在進行形で死にそうだしな。なんの庇護下にもなく、保証や保険なんて制度も受けられない。日本にいたころのように、なにもしなくても安全で快適な生活を送れるわけではないのだ。日々之精進っと。


 とりあえず目の前のスライム達をテイムしていくとするか。さーて、現時点でどれだけテイムできるかな?

 

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