二話 一難去って。

 ――あぁ、さっきぶりだこの感覚。まるで水中にいるかのような浮遊感。死んだあと神に会ったときもこんな感じだった。


 ……あれ? ということはまさかまた死んだ? 確か……なんとかスライムは倒したはずで、そのあとは……魔力の使い過ぎか何かで気絶したんだよな。え、もしかして気絶じゃなくて、そのまま普通に死んだ感じ? マジで? 気絶中に他の魔物に食われたとかか? どの道死んでるなら原因がどうであれ考える意味もないんだけどさ。


 嘘やろ!? せっかくの異世界転生だったのに!? 俺みたいなオタクにとっては夢といっても過言じゃないんだぞ、異世界転生は! まぁ転移ってなるとやっぱ実際躊躇うとは思うんだ。残してきた人たちもいるわけだし。でもさ、転生ってなると後顧の憂いなく楽しめるわけじゃん。どうせ向こうでは死んでるわけだし。


 なのにこの有り様か? たかだかスライムに手古摺った挙句、魔力不足? か何かは知らんけど、あっさりとお陀仏ですか、そうですか。


 あぁ、空が青い。俺の憂鬱な心とは裏腹に見事に快晴で……快晴……うん?


 空が見える? よく見たら周りに木も見えるじゃないか。ということは死んでない、な。だとしたらこの浮遊感はなんだ?


 寝返りすらまともにうてない体を、どうにか動かして周囲の状態を確認しようとする。と、思っていたのだが、思った以上に軽快に動いた。産まれた直後ってそんなに軽く動けたっけかな? というか、なんかおかしい。


 もちろん浮遊感とかある時点でそれはもう意味がわからんのだが、それを別にしても違和感。なんだろ、なんか首から下を冷たいものに包まれてるような、ちょうど水面から顔を出しているときのような感じがする。あとアレだ、景色の見え方が、今度は逆に水の中から外を見ているようなぼやけ方だ。ていうか景色動いてない?


 ぼんやりしていた思考が少しずつクリアになるにつれて、徐々に周囲の状況が分かるようになっていく。視覚、聴覚、そして触覚を最大限に活用にして理解できたことはといえば――。


 捕食されてませんかねぇ!?


 見事にぱっくりいかれている。相手はさっき戦ったばかりのスライムさんである。まぁもちろん同一個体ではないだろう。だがそんなことはなんの慰めにもならない! 食われているという事実が重要なんだ。


 謎の浮遊感は、スライムの体内で浮いているから。首から下の感覚は空気穴のように、顔だけの空間が作られているから。視界がぼやけているのは、スライムの透き通った体越しの景色だから。


 そんなことが分かったところで嬉しくない! とはいえ。


 俺の体は、こうして比較的冷静に思考分析が出来ているように、未だに消化されてはいない。何故かは知らん。いや、これでも結構焦ってはいるんだけどね。下手に動くとそのまま消化されるのではないかと思うと、迂闊なことは出来なかった。行動を起こすとしても、まずは冷静に状況を理解してからだ。焦っても碌なことにはならん。


 ということで、さてどうしましょうか? いやぁやることは一つなんだけどさ。スライムの核をぶっ叩くんだよ。でもそのスライムの核、どこにあると思う?


 俺の背中だよ! なんかコツコツあたってんだわ。このゼリーよりも柔らかいんじゃねぇかっていうスライムの体において唯一硬い物って言ったら核だろう? そんな目視も出来ない場所にスライムの核はある。


 直接見えるわけでもなく、当たっている感触が分かるほど近くにある的に、正確に魔法を当てる自信はあるか? 俺はない。


 体を反転させればいいって? それでも超至近距離にあるのは変わらんし、少し藻掻こうとすると体の拘束が強くなるんだよね。スライム程度の力でも、赤ん坊如きでは抵抗も出来ませんでした。普通の人間ならこうはいかないんだろうけど。


 そういうわけで俺、絶体絶命。またかよと。そしてまたスライムかよ。さっきより状況悪化してんじゃねぇか。いざ消化が始まったとなればイチかバチかで魔法でもなんでもぶっ放すのに躊躇いはないが、今はまだ雌雄の時。落ち着いて他の手立てを考えるのだ。


 そもそも、何故俺は未だに消化されずに生かされているのか。それが脱出のヒントとなるのではないかと考えている。普通なら俺が気絶している間に消化されて、それで終わりだったはずだ。でもそうなっていないということは、なんらかの理由があるに違いない。いくつか理由を考えてみよう。


 まずはスライムが満腹である可能性。まぁ食事の後だったのかどうかは知らんが、今はまだ食べる気はないということ。携帯食料みたいな感覚で持ち歩いているのかもしれない。魔物界のカースト的にも最下層なのであろうスライムにとっては、新鮮な生肉にありつけるのは滅多にないチャンスなのかも。スライムといえばなんでも食べる悪食なイメージは強いけど、やっぱり肉は好きなのかもね。


 次に、餌として確保された可能性。食われるという点で見れば、一つ目と変わらんが。例えば、このスライムが親であったならば。子スライムが待つ巣まで運ばれているのかもしれない。スライムが子を産むのかという疑問はあるが。あるいは群れであるとか。働き蟻みたいに、巣まで餌を持ち帰る習性があったりするのかもしれない。スライムの生態なんて知らんし、群れてもおかしくはないはずだ。むしろ、弱い生物は群れてこそ生き残れるものだろう。


 他には、ペットとして確保でもされたか? 人間が捨て猫拾うみたいな感じでな。まぁ、自分で言っててそんなバカなとは思う考え方だけど。スライムの考えてることなんて知るかいな。


 いや待てよ? なるほどペットか。いいね、それは。その手があったわ。


 やっぱりこうして熟考することは大事だ。思わぬ発想に至ることもある。素早い判断が必要な時もあるかもしれないが、時間の許す限りしっかり考えをまとめた方がいい。


 今はまだスライムもその気ではないようだし、この機会に俺の現状を改めて再認識していこう。死んでからここに至るまでを。


 死んだ理由ってなんだったか……テンプレ通りにトラックに轢かれたんだったな。なんだろ、トラックってもしかして異世界転生への必要条件かなにかなのか? 大体轢かれるか、強盗に刺されるか、工事現場の不手際からの落下事故だよな。まぁ、よほどの理由がない限り、死因を考えるのがめんどくさい作者が、『とりあえず轢かれとけばいいか』くらいで描写してるだけなんだと思ってるけど。実際興味もないしな。


 その後は、どっかの開拓村かなんかで産まれ、そして子供を養う余裕はありませーんとの有難いお言葉と共に森の中へとご案内。というか今思い至ったけど、周囲にいた人間の異世界言語をしっかり理解出来てるな。まぁ、どうせ転生特典なんだろう。その辺の説明もなく異世界に放り出された俺って不憫じゃね? ていうか説明不足にもほどがあるだろあの女神。


 お陰様で、捨てられるという事実に対して早めに覚悟を決められたと思えば、ありがたいことだったと思うことにする。あの父親の言葉、忘れねぇからな? なにが『子供なら余裕が出来てからまた作ればいい』だ。お前らが無計画に性欲爆発発情期にならなければこんなことになってねぇんだよ。ほとんど俺の視界に入ってくることすらなかったから顔は分からんかったけど、声だけは聞こえたぞ。名前も覚えたからな? どこかで会ったら覚悟しとけ。


 そしてスライムに遭遇。見事撃退するも、気絶後に目が覚めてみれば再びスライムとご対面。というか腹の中っていうのが今までの流れなわけか。


 女神と会った時のことも思い返しておこう。なんかあの女神、すげぇ適当だったし俺のスペックとか世界観の説明とかも雑だったんだよな。


 転生させられた理由は、魂の循環。なんか同じ世界で輪廻転生を繰り返していると、世界の常識が魂に刻み込まれて奇才天才が生まれにくくなるらしい。それによって困った事態が起こるわけではないが、暇つぶしも兼ねてたまに気まぐれでテコ入れをする。それによってなんらかのブレイクスルーを起こして欲しいということだとか。要はネット小説のテンプレをやれと。地球の技術を披露して、わぁすごぉいをやればいいんだな。だが俺は一般人だ。人選ミスだぜ女神様。


 まぁ女神様曰く、魂に刻まれてる知識の中には、俺自身が今世では認識してないこともたくさんあるらしいので、俺の来世の人間がなにかしらやる可能性もあるとかなんとか。もうその辺の話はよくわからんのでくっそ適当に聞き流した。女神さまも気にしなくていいとか言ってたし。こんな感じだから説明もそこそこに放り出されたんだろうな。


 せっかく転生させるのだし、異世界楽しんでねってなわけで、俺の体はかなり強化してもらっているのはせめてもの情けか。主に魔法関連で、だが。魔法と一口に言っても様々あるわけだが、基本的にはどんな魔法でも使えるらしい。普通に魔法と言って思いつくような攻撃的な魔法だったりとか、俗にいう生活魔法、変わったところで言えば錬金術や陣術など。魂に使い方や注意事項なんかを染み込ませたとかなんとかで、今すぐ使えるようだ。まぁいきなり大魔法を撃ったりは出来ないが。


 魔力の量も多めに頂いた。転生したはいいけど魔法は使えません! では流石に悲しすぎるしね。それはそれで物語にはなりそうだけど、少なくとも俺は嫌だ。どうせなら魔法使いたいよ。


 まぁそうは言っても、魔王を倒すためにやってきたというわけでもないただの一般人。神の気まぐれ暇つぶしに転生させられた、そんなに重い使命を背負ってるわけでもないただの人間でしかない。あまり過剰な量を持ってるわけではなく、常識はずれの規格外ではないようだ。人よりはかなり多いというくらいで、街一つ探してみればまぁ何人かはそれくらいの奴いるねぇ、といった感じだと聞いた。上位数パーセントくらいにはいるのだろう。


 身体能力は、この世界基準での並。地球人の平均なんて、この世界では下から数えた方が早いらしい。そりゃあ魔物とかいて、車や飛行機なんて便利なもんが存在しないこの世界の人間に比べたら、地球人の身体能力なんてあってないようなもんだろうなぁ。一部の肉体労働者やスポーツ選手なんかは話が別かもしれないが。


 いたって普通な身体能力に関しては、魔法でカバーだ。肉体強化魔法があるからな。ありとあらゆる魔法を網羅したこの体、その程度のことは訳もない。一点に特化したスペシャリストには敵わないとは思うが。俺はジェネラリストなのである。


 そういうわけで、俺はある程度全ての魔法に精通しているわけだ。地水火風など各種属性魔法に回復魔法と付与魔法エトセトラエトセトラ。その中の一つに従魔術ってのがある。術と魔法の違いについて女神様に聞いたら、『語呂が悪いから』とかいう身も蓋もない返事をいただいた。一応ある程度のことわりに則って作用するのが術で、イメージ次第で自由なのが魔法とのことだが、正直明確な差はないらしい。


 要するにだ。倒すのが無理なら従えてしまおうという話である。簡単だね。


 いくら幼いこの体だとしても、相手は世界最弱との呼び声高いスライムである。生まれ持った魔法適性の高さでゴリ押しテイム出来るだろう。出来るよね?


 魔法の資質と、テイマーとしての資質は別な気がしてきた……。い、いやいや、従魔術も魔法の一つだって言ってたんだし、それはつまりテイマーとしてもやっていけるってことさ。そうに違いない。じゃないと無理。


 よし、やるぞ。他にうまい手を思い付かんし、これも悪い手じゃないはずだ。少なくとも、見えないところにある的に魔法当てるより確実。たぶん。


 んで、女神によって強制インプットされた従魔術の使い方を脳内検索して、えーっと……なるほど、対象に向けてテイムを使うだけか。簡単だな。捻りもなんもないこのテイムの魔法を発動して、レジストされなければ無事契約完了と。


 魔力は……たぶん大丈夫だろ。それでは、いざ。集中して魔力を高めるイメージ。対象をスライムに指定。おっけ、いくぞ、テイ――

 

 「ガボォ!?」


 いきなりなんだ!? 空気穴塞いできやがった! 集中乱れる! 息できないって! ゴボォ……。


 魔法使おうとしたのがバレたか? でも溶かされてはないね。よかった。


 よくねーよ! 溶けなくても窒息するから! あ、これやばい。息が、あらぁぁぁ……。


「ごっふぁあ!?」


 やっべ! あっぶな! ギリギリでまた空気穴出来た。マジで死ぬかと思ったわ。なにこの拷問。スライムにこんなスキルあんの? 誰だよスライムは雑魚って言った奴。異世界こわ……。


 くっそ、思いっきりスライムの一部のみ込んだし。あ、ちょっと甘い気がする。見た目もゼリーっぽいもんねって? やかましいわ! 


 いや、でも待てよ? もしかしてもしかして、スライムさんって美味しい? 食べられちゃったりする感じ? 俺の食糧問題解決するんじゃね? まぁ、今むしろ俺が食べられそうなんだけどねっ!


 それにしても、なんでいきなり窒息させに来たんだろうか。かと思えば今はこうして解放されてるし。とりあえず分かったこととしては、生かしたままにしておきたいことは確かなんだろうね。じゃなきゃ今やられてただろうし。


 なんでこうなったかって言えば、やっぱり俺が魔法を使おうとしたからなんだろう。身の危険を感じたから、魔法をキャンセルさせるために、俺の邪魔をしたってのが正解かな。それ以外に考えられん。


 問題はどうやってそれを察知したかなんだけど……第六感とか言わねぇよな? スライムって、弱い代わりに危険察知能力が非常に高いってよく聞くし。まぁ、危険を察知できても基本的には逃げる間もなく狩られるから、その能力の高さもあまり意味を成してないみたいだが。


 ていうかまた手詰まりじゃん。魔法使おうとしただけで水責め始まるとか、どっちにしても無理ゲーやわ。魔法を使えない俺なんてスライムより弱いんだぞ。


 やばい。これ終わったのでは。現状ではこれ以上どうしようもない。水責めの際に集中を乱さずに魔法を発動させることが出来ればいいが、つい数時間前まで一般人だった俺にそんな精神力を求められても困る。もし、気付かれないように魔法を発動することが出来るのであれば、それに越したことはない。当然、そんな技量はないので不可能なんだが。


 あとはさっきのように機を待つしかないかな。だって俺の唯一起こせる行動である魔法が封じられてるんだ。身体能力的に、藻掻いても無駄だし。なんとか、吐き出してくれることを祈るしかない。


 俺が考えていたように、巣に持ち帰っているとかであれば、もしかすると吐き出すタイミングがあるかもしれないので、それに期待することにする。その瞬間が唯一にして最大のチャンスだ。攻撃魔法を周りにまき散らすか、テイムでまとめて従えるかはその時次第かな。数が多ければ、全てのスライムを同時に叩き潰す自信はないので、テイムにした方がいいかも。


 水責めが来ると分かってるのなら最初から息を止めとけばいいんだけど、こんな生後間もない赤子の肺活量に期待してはいけない。テイムがレジストされようもんなら、それこそやばいと思う。何度もギリギリで生かしてくれるとは限らないのだし。


 俺が脱出しようと試行錯誤していた間に、だいぶ移動していたらしい。さっきは見えていなかった大木が目の前に聳えていた。まぁ目に入っていなかっただけかもしれないが。それだけ、スライムの移動速度は遅い。


 ファンタジーでよくあるような、天を衝くかのような大木……というわけではないのがちょっと残念だ。周りと比べるとだいぶでかいねってくらい。他の木々も、地球の木と比較するとでかいような気もするが、俺自身も小さくなってるからな。余計に大きく見えるんだろう。


 それだけなら別になんてことはない、ちょっと大きいだけの木があるなって話なんだが、どうやら目的地はそこらしい。


 何故かって? 木の根元にスライムが大量にいるからさ! なんなら木に貼り付いてる個体もいるわな。群れに持ち帰ってる説、マジだったっぽい。なら子供スライムとかいるわけ? それとも仲間におすそ分けか? どっちにしてもたぶん一回吐き出すよね? 出せ。


 僅かに見えた光明に期待を寄せつつ、スライムが大木に近づくのを待つ。いやしかし遅いな。分かってはいたことだし、今までこのスライムタクシーに乗ってたから体感してるんだが、本当に遅い。こんなんじゃ野生で生き残っていけませんよ。まぁ今は目の前に大量のスライムがいるわけですが。どれくらいいるんだ、あれ。


 ざっくり見える範囲だけで大体二十くらい。木の裏とか見えない位置にいたり、コイツみたいに離れたところにいるやつを含めるともう少し増えるとみて、三十強くらいはいるのかな。


 スライムって群れる習性があるのか。まぁ弱い生物はそうすることで身を守るってのはよくあることだが。数は力である。人間にも同じことが言えるな。一騎当千の猛者となれば話は別だろうが、一般人がドラゴンを倒そうと思うのであれば、複数人のパーティを組むだろう。スライムともなれば更に弱い。数十から数百の群れを作っても何らおかしなことはないはず。


 さて、そんなスライムの群れの中に突入していく……いや、連行されていくわけだが、果たして俺は無事に吐き出されるのでしょうか。ここまで来ておいて、やっぱこのまま食うわ、すまんな! みたいな展開やめてくれよ。まさかそんなことにはならんと思ってるけど、なんせ相手はスライムだし……何考えてるか分からんし。流石に、ねぇ? わざわざここまで運んでおいてそれはないだろ? な?


 そんなことを考えている間にもスライムは着実に進んでいく。目指す場所は木の根元辺りらしい。なんか、よく見たら根本に大きな穴がある。木のうろってやつだな。成人男性でも余裕で入れそうなくらいにでかい。用があるのはその中か。


 ……いや訂正。なんか出てきた。うんまぁなんかっていうかもちろんスライムなんだけどな。でかくね? でかいよね? なにあれ。こわ。


 今の俺からすれば山のように感じられる巨大なスライムが、木の洞から這い出てきた。俺が乗車中のコイツも含め、周りのスライムでさえ俺を丸呑みにできる大きさだが、新たに現れたスライムはそれに輪をかけてでかい。他のスライムと比べて、軽く三倍はありそうな感じ。


 群れのボスなのか? 所謂ビッグスライムとかキングスライムとかいう奴なんだろう。上位種って感じか。コイツがいるから群れとして機能しているのかもしれない。群れようとも所詮スライム。そんなものが集まったところで烏合の衆というやつだ。司令塔がいなければすぐに瓦解するだろうから、それを取りまとめているのがこいつなんだ。


 ん? もしやこれはアレか? 俺を献上しようって話か? おいこらやめろや俺は供物かなにかか。偉い人間に対して貢物をするとか普通に人間社会でも行われてるもんな。気持ちはわかる。自分がその対象になるのは解せんがな!


 俺のその推察が正しいのかどうかは知らないが、二匹のスライムは確実に距離を縮めていく。仮称ビッグスライムの大きさに軽く圧倒されそうな距離まで到達したとき、ついにその時が訪れた。


 俺を飲み込んでいたスライムが、徐々に俺を吐き出し始めたのだ。まずは足から。そして腰、胸ときてようやく全身がスライムの拘束から抜け出した。目の前にはビックスライムがすり寄る姿が確認できる。後ろのスライムは逆に少しずつ離れて行った。


 よっしゃ解放されたぜ! 俺はこのときを待っていた! ここまでくれば俺の魔法を邪魔する要素はなにもない。口移しよろしく体を密着させて受け渡しをされたらどうしようかと思ったが、そこは所詮スライムの知能ってことだな! 


 さて、それでは俺の運命をかけた戦いを始めようか。なに、君たちは大人しく俺の魔法を受け止めればいいのだ。レジスト出来るものならやってみるがいい。無賃乗車するのは人道に反するからな。代金代わりだ、受け取ってくれたまえ。


 ターゲットはもちろん目の前のビッグスライム。ボスであるというのであれば、こいつさえテイム出来れば他のスライムも同時に従えることが出来るかもしれないという目論見がある。


 のろのろ近づいてくるビッグスライムを対象にテイムを発動。攻撃魔法とは違って目には見えないが、ビッグスライムに対して魔法を使った感覚は確かにあった。あとは魔法が効力を発揮するかどうかだが……イマイチ手ごたえを感じない。試しに止まれと命令してみるが、反応はなし。ゆっくりと確実に近づいてくる。


 レジストされたのか。なら成功するまで何度でもだ。ついさっき魔法を撃ちすぎて気絶したばかりで、どれだけ魔力が回復しているのか分からないが、仕方ない。やらなければ、死ぬだけだ。


 二度、三度とテイムをかけていく。その度に止まれと命令を出しては見るが、依然として止まる気配はない。七回目のテイムをかける頃には、既にビッグスライムは目の前まで来ていた。


 効かなすぎだろコイツ! ていうかよく考えたら上位種だもんね! 今の俺には手に余るんだろうなぁ! とはいえコイツをどうにかしない限り俺に未来はないんだろうけど。通常種のスライムをテイムしたところで、俺とコイツの命令系統どっちが優先されるか分からないし。


 あ、足飲まれた。いよいよ腹くくるときが来たのかもしれない。魔力の総量はまだ大丈夫そう。体に異常はない。ならテイム続行だおらぁ!


 腰が飲み込まれたあたりで八回目のテイムが失敗。首元まで来た時点で九回目も不発。そして――。


 さぁ思いっきり息を吸え! そして最後のテイムだ。残っているであろう魔力を全部注ぎ込んだ、最大威力のテイムを叩き込んでやる! うん……テイムに威力なんてあんのか?


 いやいやそんなバカなことを考えている場合じゃない。テイムに集中。もう失敗は出来ないんだ。息も吸った。魔力は残ってるっぽい。全魔力を注ぎ込むとかできるのかどうかも知らんが、なんかそういうイメージで……テイム!


 さぁ、どうだ? もう体全体飲み込まれて息は出来んぞ。空気穴を作ってくれる気配もない……ん? なんか肌がピリピリするような? あ、あぁ、これ、やばくね? 肌がひりつくということは消化っいっだだだ!?


 あーこれは消化液ですねぇ!? 本格的にやってまいりましたねぇ!? テイム効いてないってことだあだだ!? 


 バカやってる場合かくそったれめ! 人間死ぬ気になればなんでもできるっていうもんな。どうせ死ぬなら死ぬほど魔力絞り出してテイムしてみろやぁ!


 テイムテイムテイム! 効くまで何度でも! いだだ!? 死ぬまで何度でもだ! 痛いで済んでるうちになんとかしないと!


 って痛った!? 顔面になんか硬いの当たったわ! 思わず目を開けるとこだったぞこんちくしょう。なんだこれ……というか核なんだろうな。


 せめてもの抵抗に核を握りしめてやる。赤子の握力で握りつぶせるはずもないが、それでもなにもしないよりは気が楽だ。いかんせんテイムは攻撃している実感がないからな。おら、もう一発テイム食らえやスライムの核。


 でも、だめかも。テイムが効いてるかもわからんしなにより、さ。そろそろ息がやばそうなんよね……。いやぁダメでしたかぁ。スライムに食われるっていう惨めな最後とは笑えない。


 後であの女神に会ったらくそほど文句言ってやる。どうせこのあと会うんだろ? 逃がさねぇからな。


 あ、さっきと同じだこれ。気絶する前のふんわり感覚来た。天丼は面白くねぇからやめとけって芸人の間ではあれほど言われ――。

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