一話 なんか捨てられたんだが?

 吾輩は捨て子である。名前はまだない。どこで生れたかとんと見当がつかぬ。何でも薄暗いじめじめした所でオギャーオギャー泣いていた事だけは記憶している。


 当然だね! 捨て子だもんね! 名前なんかあるわけないよね!


 さて……。


 ふむ……。


 おい、どうしろってんだよ。


 事故で死んだはずだったところ能天気な神が目の前にいて、魂の循環とかなんとかよくわからん理由で、適当に選んだ君を異世界転生させるね! とか物凄く軽いノリで放り出されたかと思ったら、産まれた先が貧乏開拓村の村民だったが故に、俺を養う余力がないからっていう無責任な話の元、近くの森にポイ捨てされるっていう超エキセントリックな体験をそこら数時間程度で味わう俺の人生一体どうなってんの?


 俺なんか悪いことしたっけ? 前世では善人と言えるほどの人格者ではなかったけど、別に悪いこともしてない至って普通の人生を送っていたはずですが? 


 というか、神様? どうして産まれる場所というか人というか、そのあたりコントロールしてくれなかったの? え、できるよねそれくらい? せっかく異世界転生果たしても赤子のまま捨てられたらそのまま死にまっせ? 魂の循環とかなんとか、必要なんでしょう?


 えぇ、そうです、今わたくし、死の危険に晒されておりますとも。当たり前じゃん? 生後数時間ですよ? そんな状態で森に置き去りにされりゃあ、もれなく餓死ですわ。そうでなくてもここって異世界だよね? 魔物とか、いるよね? 食われるくね?


 よし……。ふざけるのはこのへんにしとこう。マジで死ぬ。


 落ち着いて状況整理だ。どうしてこんなことになったか……なんて考えても仕方ないな。運が悪かったんだよ。生後数時間程度の身では、そうとしか言えないでしょう。俺の方からはなんのアクションも起こせないんだから。


 差し当たって俺に必要なことはなにかを考えてみよう。ではそれはなにか。


 全てだよ! なにもかも足らんよ! どうすんだ、マジで。 


 とりあえず、なにはなくともまずは食料だ。これがないと話にならん。が、ここでも更に問題がある。俺が生後間もない赤ん坊だってことだ。つまり必要な食糧ってのは肉や野菜の類ではない。


 そんなもの、こんな森の中でどうやって手に入れればいいんだ? 捨てられた事実からして、近くに村はある。母親もそこにいるんだろうさ。でもね。だがしかしね。


 何度も言うが俺は赤ん坊なんですよ。自分で行動が出来ないんですよ。食料調達云々とか言う前にそもそも移動できないんですよ。


 結果は分かってるんだ。もうさ、詰んでるの。死は免れない未来なのさ。笑えるぜ。


 本当はもっと考えることは別にあったんだよ。結局異世界転生ってなんだったんだとかさ。生後間もないうちから前世の記憶をそのままに自我を持って思考出来てることとかさ。


 でも捨てられるのは予想外だよね。神としても失敗だったと思ってんじゃね? あぁ、いや、魂の循環って意味じゃあもう目的は達成されてんのかな? よくわからんけど。


 ねぇ、もう本当にどうしたらいい? 文字通り何もできない。このままただひたすらに死ぬまで待てと? 餓死とかさ、何気に一番辛い死に方じゃね? なまじ自我が存在するのが質が悪い。いっそ魔物が襲ってきてくれないか? その方が苦しまなくて済みそう。


 人が近くに住んでるわけだから、そんなに強い魔物はいないと思うんだよね。それでも今の俺は赤ん坊なわけだから――うん、そこに見えるスライム君にさえ余裕で俺負けるでしょ。


 いつのまに近寄ってきたのか目の前にスライムがいたよね。まぁ、足音とかないんだろうけどさ。草を掻き分ける音とか聞こえそうなもんなのにと思ったけど、俺の身体能力が赤ん坊基準だったの忘れてた。そんな些細な音を聞き分けるまでには至らないよね。


 いろいろと作品によっては見た目に多少の差異があるスライムだけど、この世界のスライムはおよそ他の作品と同じように半透明の葛饅頭ってところ。大きさは今の俺を飲み込んで余りあるな。俺の二倍くらいはあるか? これが標準サイズなのかは微妙だな。


 吸収とか消化とかのスキル的な特性持ってるんかな? だったらこっちににじり寄ってくるスライム君の目的はただ一つだよね。俺、餌ですわ。


 徐々に迫ってくるスライム。その間俺はなにをしていようかと思ったわけだが、何もできない。魔法でも使う? やり方が分からないけど、イメージによる行使でいけるかね。まぁ、このスライムを倒したところで俺の生存確率が上がるわけではないんだけどさ。どの道餓死だ。


 そんな俺の葛藤など知る由もなく、そしておそらく興味もなく、スライムは近づいてくる。絶妙に移動速度が遅いのが良くない。一思いにブスリと刺されるような攻撃をされるのなら恐怖を感じる間もないだろうし、痛みもさほど長くは続かないのだろう。でも相手はスライムだ。のろのろと這い寄ってくる様は言いようのない恐怖を感じるし、無駄に時間がかかるその姿は嬲られているようにも思える。


 まさかスライム如きがこんなに恐怖の対象になるとは思いもしなかった。だってそうだろ? スライムなんて最弱の象徴みたいなもんだし。作品によっては、物理攻撃が効かなくて、分裂によって数を増やし、消化液を吐き出してくる強敵みたいな立ち位置になっていることもある。むしろ本来のスライムはそうだったらしい。でもたぶん、この世界では違う。目の前のこいつは、間違いなく弱い方のスライムだ。こんな人里の近くに無造作に存在していることからも、そう思える。


 それなのに、コイツから放たれる圧力は……いや、俺が勝手にコイツに感じている恐怖は、そこらのスライム程度だとは思えないほどに重い。まるでドラゴンが目の前にいるかのような圧迫感。ついさっきまで現実逃避にふざけ倒していた自分など、もはや表には出てこないほど。


 手に汗が滲むのを感じる。視野はみるみるうちに狭窄していき、体が恐怖に震え始めたのが分かった。思考にもノイズが走る気がして、まともな考えなど出てこない。もともと有効な手立てなど存在しなかったが、これでは現状を打破できる解決策など浮かんでくるはずなどなく、ただその場で竦み上がるだけ。


 やっべぇな……餓死するくらいなら襲われた方がマシだなんて、どの口が言うんだろう。やっぱり死ぬのは怖いんじゃん。なら、どうするか。


 そんなの、答えは一つだ。全力で、『死』という運命に抗ってやろうじゃねぇか!


 餓死で死ぬかもなんて考えは無視だ。その問題はどうにかしてみせる。今はとにかく生き延びることが先決だ。せっかく与えられた二度目の人生。そう易々と手放してやらねぇ!


 とはいえ逃げるのは無理だ。剣も振れない、というか剣がない。じゃあ魔法しかないだろう。


 転生するときに神からざっくりとだが説明は受けた。この世界にはちゃんと魔法が存在している。使い方までしっかり聞かなかったのは俺のミスなのか、神が不親切なのか分からんが、今はそんなことを嘆いている場合ではない。


 どの道発声器官が未発達だから詠唱なんか唱えられないし、魔法陣の構築なんか形も分からんければ手も動かん。イメージの魔法を具現化するだけの簡単な行使で発動することを祈るだけだ。


 属性とかもどれを使うか大事だな。スライム程度ならどんな魔法でも効きそうなもんだけど……魔法なんか使ったこともない初心者の俺では適当な魔法じゃあ倒せないかもしれない。転生の特典みたいな、この手の話にありがちなお約束として、魔力は常人よりも多め与えられてはいると聞いたが、なんせ産まれたて、まだまだ少ない可能性がある。魔力を感じ取る技能とかも特にないし。


 魔法の才能も、転生特典で問題なくもらってはいるはず。が、今すぐ使えるのかは分からない。分からないが、やるしかない。なにもしなければ、文字通り終わりなのだから。


 スライムの移動速度は遅いとはいえ、こちとら魔法なんぞ使ったこともない初心者。ちんたら考え込んでいるより、まずはぶっ放してみる。


 使ってみるのは……水っぽいし火は効かなそうだな。てことは雷は効きそうだけど、核を破壊しないとダメだよな? たぶんだけど、スライムと言えば核があるイメージ。電気で壊れるのか分からんし……風、とか?


 それでいこう。風の刃でぶった斬るイメージだ。とりあえず……ウインドカッターとでも呼ぶか。


 イメージするのはそれほど難しくはない。アニメやゲームに傾倒していた人間なら簡単なことだ。あんまり大きな刃を作ると魔力切れとかが心配だから、小さめで。どこまでも赤ん坊であることが足をひっぱるな……。


 小さめの風の刃を一つ作り上げる。自分の頭上に、ブーメランのような形の風が渦巻いているのを確認した。こんなこと言っても仕方ないが、風なのにその場に留まってるっておかしいよね……。


 発動は問題なくできたな。詠唱とかいらなくてよかった。魔力切れみたいな症状は……とりあえず無し。なら、撃ってみる。


 スライムとの距離は、まぁ良く分からないが十数メートルってとこか? 当たるかどうかも分からんが、やるしかねぇな。


 核に当てないといけない、と思われるが、いかんせん核が小さいせいで良く見えない。視力がまだ発達しきってないんだな。マジで、捨ててくれやがった両親恨むぞほんと……。もっと成長していたらまだしも。いや成長してても捨てんなや。


 顔も覚えれなかった両親への恨み節はここを生き残ってからにして、スライムへの攻撃。薄っすら見えるような気がする核をぶち抜くために、ウインドカッターの狙いを定める。


 真ん中より若干右側……かな? ええいもうままよ! 食らえ!


 狙った場所へ意識を向けると、頭上に留まったままだったウインドカッターが射出された。風の魔法だけはあって攻撃自体は一瞬で終わる。回避する間もあたえずスライムの体を切り裂いた。


 ただ……。やっぱり気のせいじゃなかったか。


 すっぱりと体の中心付近を斬られたスライムの体だが、核へは当たっていなかったらしい。斬られた断面がそのままくっついて元通りになってしまった。更に言うなら、核は体のどこへでも移動できるらしい。ウインドカッターが当たる直前、確かに攻撃の射線上にあったはずの核は、地面すれすれの位置にまで移動していた。薄っすら見えていたアレはやはり核だったらしい。


 体は回避に反応出来なかったらしいが、核の避難は間に合うのか。ゲームのように、このまま体にダメージを積み重ねれば倒せる説もまだあるが、核を守ったことからみてもやっぱり核を潰さないとダメなんだろうな。


 核を壊せなかったとはいえ、攻撃を受けたことは当然理解したらしく、悠々とこちらへ近寄ってきていたスライムも多少動きを止めた。ただ、やはりそれでも俺のことを脅威とは認識しなかったらしく、さっきよりも速度が更に落ちたものの、再び近づいてくる。スライムの動きが遅くとも、こちとら這うことすらできない零歳児。着実に距離は縮まる。


 所詮赤子の能力か。まともに魔法を当てることすらできないのかよ。それでも諦める理由にはならんけどな! 


 再度魔法を構築。さっきと同じではまた避けられるのが関の山。ならば、量で勝負だ。昔の人は言った。下手な鉄砲でも数撃ちゃ当たると。


 今回の魔法はさっきのブーメランのような形ではなく、更に小さくしてみた。魔法が大きくなればなるほど、当然消費される魔力は増えるんだろう。だからサイズダウンさせて、数を用意した。自分の魔力の総量が分からない以上、無茶は出来ない。せめてもの節約というわけだが、今からやろうとしているのは魔法の無駄うちにも等しいんだよな……。現状他に手立てが思い浮かばないわけだけど。


 細長い針のような風魔法。さしずめ、ウインドニードルってとこだな。というか……風の針ってなんなんだろう……?


 スライムが寄ってきているので、距離はさっきよりも近い。もう数メートルってところだ。流石に核も見えやすくなってきた。


 いよいよ猶予が無くなってきたな……。これ外したら本当にもう終わりが見えてくるぞ。スライムの消化液でじわじわ溶かされるなんてごめんだからな! 最弱であろう魔物に殺されるとか、転生系小説だったらあるまじき醜態だぞ! そもそも捨てられる主人公とか笑えるかっ!


 誰に聞かせるでもなく吐き捨てた呪詛の言葉に帰ってくる返事などなく。代わりにまた数センチ、スライムが近づいてくる。ここが正念場。文字通りハチの巣にしてる! ウインドニードル!


 気合い一発、魔法を放つ。無数に、といえるほどの数を撃てるわけではないが、それでも十数発は放った。針の嵐。距離が縮まったお陰で、なんとか核を目視できている。最初の数発は外したが、遂に一つの魔法が核を捉えた。


 よし! 当たった! これでスライムも倒せ……て、ない……?


 魔法はしっかり当たったはずなのだが、それでもスライムは未だ健在だった。多少怯みはしたようだが、その歩みを止めるには至らない。


 なんでだ! 確実に当てたはずだぞ。まさか、攻撃力が足りなかった……? 魔力が足りなさ過ぎたのか? 加減が分からねぇ。産まれたばかりな上に元々この世界の住人じゃないからな。それは仕方ねぇが、そんなこと今考えてる場合じゃない!


 撃ち切れなかった分の魔法は継続中。ならば、もっと当てればいい! 


 更に魔法を追加だ。数撃ちゃ当たる作戦にしたとはいえ、魔法自体が小さすぎて攻撃範囲が狭くなったのは失敗だった。威力も足りない。ならばその中間くらいのサイズと威力で……ウインドアローってとこでどうだ。


 もうスライムは目前。ことここに至って魔力切れの症状がどうとかなんてどうでもいい。魔力がゼロになると死んでしまうというパターンも考えられるが、その前に死んでしまっては洒落にならん。やれることは全部やる。どうせ何もしなければ死ぬんだ。限界まで魔力を絞り出してやる。


 半ば破れかぶれにも等しく、魔法を構築した。とりあえず三十本作ってみることにしたが、二十本を超えたあたりから異変が生じる。徐々に眩暈と頭痛がしてきたんだ。これか。これが魔力切れとか、そういう類の症状ってやつか?


  分かってはいたことだ。こういう異世界の話には魔力切れの症状はつきものだからな。魔法も無駄うちした。生まれて間もない。そりゃあ魔力も少ないだろう。でも現状俺にはこれしか対抗手段が思い付かなかったんだ。


 魔法なんて使ったこともない地球出身の俺がいきなり魔法を使って、標的にちゃんと魔法を当てるなんて難しいだろう。想像するのは簡単さ。陰キャの俺なんかは、魔法使って異世界無双してヒャッハーなんて妄想もしたもんだ。オタクなら一度は通る道だね。でも現実はそう簡単なもんじゃねぇ。


 現に見て見ろよ。たかだかスライム如きに手古摺る始末だ。魔法一つ当てられねぇ。いや、当てはしたな。威力調節ミスってダメージ通らなかったけど。


 赤ん坊だもの。仕方ないよね。なんて言い訳、スライムは聞いてくれない。ただ己の欲求を満たすために、俺を捕食しようと迫ってくる。というかもう手を伸ばしたら触れるほど。眩暈も頭痛も押し殺して、今はただこのスライムを排除しなければ。


 乱れる思考を必死に整える。せっかく構築した魔法も、このままじゃ消えそうだ。こんな辛い思いをしてまで作った魔法、消滅させるわけにはいかない。そんなことになったら次は魔法の構築なんて無理だ。そしたらもうスライムに捕食されて終わり。


 残った数本のウインドニードル、そして新たに作ったウインドアローを全て一度にスライムに叩きつける。数撃ちゃ当たるかもしれないが一本ずつじゃあ外しかねない。そもそもそんな悠長に狙ってられないし。ならばと思いついたのは飽和攻撃。今までは弾幕が薄かったんだ。なにやってんの! と叫びたくなる。


 一本一本は攻撃範囲が狭いが、それをまとめて射出すればいいのだ。というか初めからこうすればよかった。土魔法とかでさ、上から押しつぶすとかね。後悔しても仕方ない。いくら妄想だのアニメだので魔法に触れていても、実際に自分の身で体験したことなんてないんだ。そんなノウハウ、あるはずねぇ。


 とにかく、これが最後。泣いても笑っても、当たれば勝ち。外したら人生リスタート。いや、リスタートなんかないか。今俺が転生したのがレアケース。次なんかあるはずもなし。


 さっきも言ったな。そう簡単には死んでやらねぇ! 最後の魔法、そうだな、ウインドレインだ! 


 手が触れるほどの超至近距離。さすがにそんな距離感で魔法を外すはずもなく、核も含めてスライムの全てに風の雨が降り注ぐ……のはいいんだが、あまりにも近すぎたせいで、魔法が着弾した余波が俺にまで届いてしまった。具体的には土煙と強風が。


「うぶぅ!」


 声帯が発達してないせいで、声にならない悲鳴が出た。まぁもし話せるようになっていたとしても似たような言葉が漏れたと思うが。そんなことより、スライムはどうなった?


 風魔法だったせいか、元いた場所からゴロゴロと転がされて少し移動してしまっている。赤子の柔肌では大変なことになりそうだが、両親からのせめてもの情けか、厚手の布に包まれていたお陰で怪我はなかった。というか、今気付いたけどこれ毛皮そのものか? 布というにはゴワゴワしすぎているような気がする。


 肝心のスライムはといえば、土煙が上がっているせいでイマイチ状況が掴めない。動くものはないように見えるが、視力も低いしそもそもスライムの動きが遅いしで把握が困難だ。魔力切れらしき症状もある上、転がされて目が回ったこともそれに拍車をかける。正直、吐きそうだし頭痛いしで気分は最悪だ。スライムがいようがいまいが、マジで死にそう。


 これはアレだ。マジで魔力無くなると死ぬタイプの世界だ。だとしたらもう一つ設定があるかもしれない。死ぬ直前まで魔力が無くなると、回復したときに大幅に魔力量が増えるとか言うやつ。まぁ、今はそんな検証とかしてる場合じゃないんだけどな。死ぬ直前とかじゃなくて、本当に死ぬ。


 そんな益体もない考えをしているうちに、煙が晴れてきた。少しずつ地面が見え始め、そして全ての煙が晴れたとき、スライムの生死が明らかになる。


 そこにあったのは大きくえぐれ、土も草も見事にシェイクされた荒れ果てた地面。ただ、それだけだ。スライムの姿は、どこにもない。逃げた、という説も考えられなくもないが、あの超至近距離で外すはずはないし、そもそも直撃したところまでは確認している。逃げ足も遅いスライムが逃げたという可能性は非常に低い。よく見てみると、スライムを倒したことを裏付けるものもあった。


 スライムの核だ。まぁ、恐らくそうだろう、という程度だが。未発達の視力に疲労と魔力切れ、極度の緊張からの解放といったことが重なったせいか、物凄く視界がぼやけるが、さっき見ていたスライムの核に非常によく似たものが転がっていた。ちゃんと砕けたらしく、数個の破片になって散らばってはいるが、そう見える。石とはまた質感や色合いが違う。ただまぁ何度も言うが、よく見えないので断言はできないが。


 スライムを倒すと核を残して消えるのか。水っぽい体はどこにもない。地面が湿っているようにも見えないな。まさに消えるという表現がピッタリだ。アイテムとしてドロップする、ということもないらしい。倒した魔物がアイテムを落とす可能性も考えてはいたが、そんなことはなかった。


 ということは、他のモンスターもドロップアイテムだけを残して消えていくってことはないだろう。となると……解体とか、覚える必要があるんかいね? だとしたらちょっとめんどくさい。別に血生臭い現場を見るのが嫌とかではないんだけども。


 いや、まぁそんなことはどうでもいい。必要なら覚えないといけないわけだし諦めも付く。それより問題はこの倦怠感。いや、倦怠感なんて生易しいものじゃない。今にも死にそうなほどの眩暈に吐き気に頭痛に……何もかもが変調をきたしている。


 まじでこれはちょっと……洒落にならん。全身から襲ってくる異常の数々。体のどこにも大きな怪我はないのに、めちゃくちゃ痛い。視力の未発達云々関係なく視界がぐるぐる回る。甲高い音がすると思ったら、耳鳴りだ。産まれてから何も食べていないのに、体の奥底から込み上げてくる吐き気。胃液ばかりが行き場を求めて逆行し、酸っぱい匂いが鼻を刺激する。


 回復する兆しは全く見えず、どうにもならない苦痛が全身を爆走していく。何か手立てはないものかと考えては見ても、こんな苦境でまともな思考能力は確保できない。回復魔法という手段が脳裏を過るも、これはそもそも魔力が足りないが故だと思い至る。


 使えるかどうかも分からないし、これ以上魔力を使うなんて、もはや自殺だ。いや、いっそ自分でトドメを刺すのも悪くはないと思ってしまう。


 あぁ……なんか意識が朦朧としてきた。目は空いているはずなのに、周囲の景色が認識できない。耳鳴り以外の音も聞こえない。もう自分がどこにいるのかも知覚不能。辛うじて見えていた太陽の光が徐々に消えていくのを感じる。


 これ、気絶しそうなんだな、たぶん。そりゃま、そうだよね。こんなん、意識を保っていられるほうが、どうかしている。魔力切れとかならしばらく大人しく、してれば回復する、かな。


 なら、もう、一旦、休憩がてら、寝るのもいいかも、しれ――。

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