第2話 逆巻くは不可帰の情念、炎
見下ろす男子生徒。なんだか草いきれの匂いがする男の人。顔が熱くなって……いやだ、何かが私の中で変わる。私、沸騰してるみたい……駄目だ、まともに見られない、どうしよう。そう思ってるとーー。
「すまん、みんなには内緒にしてくれ……。多分、見てたよな、さっきの。泣かれちゃったんだよ、頼む」
途端に沸騰が収まっていき、顔の火照りも徐々に失せていく。なんだこの男は。女子を泣かせた挙句私に対してのこの暴挙。私は関係ないのに恥をかかせたこと、私は許さないーー。
バチィ!
「しまりなさいよ、ヤリ男」
顔を張ってしまったことを、少しだけ後悔した。けど、あんな風に女性を泣かしたり……いけない感じにしたりさせるのなら、黙ってはいられない。
だってあんなこと、駄目なんだから。
放課後の教室に戻ると、生徒が居た。
鞄を整えていると、文庫本を畳んで仕舞って立ち上がると、椅子を戻して去って行った。背の高い、男性にしては長い黒紫の髪の男子生徒。立ち止まりもせずに帰ってゆく姿に、なにかを感じた。私はこの人とも今、出会った。
雨上がりの夕日の中で染まりつつ帰るなかで、今日のことを振り返る。私は怒りと優しさがない混ぜになっていて何だか狂った感覚だった。
駅に到着して、電子カードをかざして入場、ホームに入って電車を待つ。
二人の人。どちらも男だった。確かに、私の運命は変わった。沸騰し、水気が立った私の中は張り詰めて、静けさの冷たさによって再び発露し、戻ってきた水は澄み、再び湛えることとなる。後は、堰を切るだけ。
もしかしたら。あの二人と一緒なら、また元の場所へと戻ってこれるんじゃないだろうか。そんな期待を起こさせるような、刺激のある非日常だった。
「待てよ、私、非日常が好きなんだ」
非日常が日常になれば、きっとこの憂いの雲も晴れるはず。どうせの人生なら、晴れた空に住みたいじゃない。
「ようし。分かったなら準備しなくちゃ! 忙しくなるぞお。ふふふ!」
それから私の日常は非日常へ行くための準備期間になった。勉強をして、運動をして、慣れてきたなら武術の稽古をお母さんに付けて貰って。その間にも、私は策を巡らすことにした。
「ねえ、今日空いてる? なにか食べに行こうよ? やだ? じゃあ今付き合ってる彼女に破談話を聞かせて、どれほどあんたがひどい男か聞かせてあげようね、やだ? じゃあ来る。すぐ!」
あの人のところでも。
「ねえ、なに読んでるの? 私も読みたいな。駄目? じゃあどんな内容か教えて? それも駄目? んもう、じゃあエッチなのなんだ? んじゃあ見せて?」
こうして、私は二人の男を翻弄し続けた。楽しくなかった学校が、日常が、楽しくなった。これなら、私は生きることができる。そう思った。
バチィ!
「ふざけんじゃないわよ、アンタなんで私の彼氏と私より楽しそうなのよ。
しかもあんたあの根暗ヤローとも付き合ってるんじゃん。どっちかはっきりしろって言ってんだよォ!」
「なんで?」
「あ?」
「なんでそんなことしなくちゃいけないの? 私は私が生きやすいように生きてるだけなのに。あなたはあいつと居て楽しいの? あいつはあなたと居て嬉しいの? 大体、目障りなのはあんたの方よ、貞操守ってるようだけど、そんなに好きならやらせればいいじゃない。わたしなんか、もうとっくに」
てめえ、の声の前から掴み掛かってきていた女子生徒に、されるがままにする。殴られる所だけは外して、避けて、最小限に。そのうち、人が聞きつけて私たちを離した。鬼のような形相で汚い言葉を吐く女に対して、私は笑っていた。
私達は謹慎処分を受けた。その子は自主退学をして何処かへと消えた。その間にも、自宅で私は勉強を続けている。謹慎処分を言い渡されてから、五日たったある日だった。
コン!
窓際の机から、顔を上げる。外を見ると、二人が並んで立っていた。私は変装用のドギツいジャンパーやぼろぼろでブカブカのパンツなどに身体を通して、キャップを被って外に出た。
夕方の繁華街を、バイクビークルを乗り回して遊び、深夜まで踊り狂った。
私は、こういうことがしたかった。私達は幸せを分かち合う仲になれた気がした。口には出さないからわからないけれど、私は、バイクが風を切って走る中を二人の背に負われるその時、かけがえのないものを得た気がした。
やがて、卒業の時。
最終成績は学力は申し分無かった。しかし、段々いけないところで顔を覚えられてしまい、不良として内申は良く無かった。ハルトもあの人も、私と同じぐらい努力した。嬉しかった。
三人で角帽を投げて、私は私の日常にお別れをした。これからは、私達の日常ーー非日常が待っている。
そこは戦場ひしめく死活の世界。私は、それでもここにーーあれ? 帰って来た? これ……この記憶は……!?
これが私の人生。繰り返す輪廻。天の計り門を開いてまた遡る。私はしかし、後悔はない。私は何度だって立ち向かう。私には、それが出来るんだから。今度こそ、私は未来を変える。一緒に、三人で生きられる世界を、切り開く。だから……私は、生きる。
「キャスリン・エイリヴァースです!本日着任、よろしくお願いします!」
ウルス-公国機甲軍小隊伝奇録- スキヤキ @skiyaki
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