ここよりあたたかい場所
滝川創
ここよりあたたかい場所
ここはとても暖かい。
かといって暑すぎるわけでもなく、丘の上に立てば涼しい風が吹き抜ける。
半袖、短パンがちょうど良い。
一面に広がる花畑、木漏れ日が降り注ぐ森、さらさらと心地の良い音と共に流れる小川、虹のかかる滝。
ここには何だってあった。
アイスクリームの木にチョコレートの花、海を泳ぐお寿司にカレーライスの池。
食べ物だけじゃない。
どんな道具もどんな本も、映画も音楽もゲームもその全てが手に入る場所だった。
僕はよく花畑を走り回った。
大声で歌ったり、坂を転がり降りてみたり。
滝の上から滝つぼにダイブしたことだってある。
この世界に居る限り、怪我をすることも、年をとることもない。
毎日、好きなことをして、のんびりと暮らすことができる。
それでもひとつ、この世界にはないものがある。
それが欲しくて、海のさざ波に耳を傾けながら、砂浜で涙を流すことがある。
この世界には、僕以外に人がいない。
僕は毎日、地面につけられた窓から下を覗く。
それは潜水艦の窓のように歪んだ丸い窓だ。
そこに顔を貼り付けて、下の世界を眺める。
その窓は野原のど真ん中にぽつりとあって、横には下の世界へと伸びる滑り台の入り口がある。
とっても急な滑り台だから、一度滑れば登ってくることは出来ないだろう。
僕はその日も窓から下の世界を覗いていた。
街が見える。汚れてしまった街を、様々な服装をした人々が動き回っている。
僕はその中に一人の少女を見つける。
ボロボロな服を纏った少女は、道の脇に座り込んで体を震わせ、うずくまっている。
冷たい風がびゅうびゅうと吹き、彼女の体は一層強張る。
僕は窓から顔を上げ、滑り台へ目を向ける。
降りようか。
あの世界に降りて、あの子に毛布をかけてあげようか。
僕は迷う。
暖かいこの世界にまだ居たい。だけども、あの子の寒がる姿が頭から離れない。
僕はついに一枚の毛布を手に取ると、滑り台の前に立った。
降りよう。
僕は毛布を抱えて滑り台の中へと入っていった。
下の世界は予想以上に寒かった。
僕は毛布にくるまりながら、彼女を探し回った。
随分と長い時間がかかってしまって、彼女の顔も忘れてしまった。
それでも僕は探し続けた。
何をしにここへ来たのか、思い出せなくなる時もあった。
それでもぼんやりとした、その何かだけは胸の奥で感じているのだった。
ある日、道を歩いていると道端にうずくまる彼女を見つけた。
その途端、この世界へ降りてきた理由は余りにも自然に思い出され、僕はすぐ彼女に毛布をかけた。
彼女は毛布にくるまると、顔を上げて微笑んだ。
僕も彼女に微笑んだ。
彼女は毛布を広げて、僕に手招きした。
彼女の横に座って、一緒に毛布にくるまった。
毛布の中は前の世界よりも、ずっと温かかった。
僕たちは寄り添って空を眺める。
いつか一緒にあの世界へ戻れたらな、何て思う。
ここよりあたたかい場所 滝川創 @rooman
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます