第10話 ラナトリス防衛戦 2

メシメシメシと音を立てるアンナの体。


ダイダロスと呼ばれた怪物の掌はその体躯と同じく巨大…アンナの様な細身な女性なら片手ですっぽりと握れる。


「ぁっ……、、ぁぁ………。」


体が軋む音と痛み。その痛みに耐えかねて鳴く、僅かな希望を求めて叫ぶ…しかし、強大な力で一切も膨らますことの出来ない肺はそれを許さない。



アンナの顔が少しづつ朱色に染まっていく。全身の血液が圧力の掛かっていない顔へ集まって行くからだ…。



『本当にお前は魔力操作が下手だな。』


幼い頃に出会い、今日では仲間として王国を背負う魔術師から言われた言葉を思い出す。


アンナが幼い頃は剣を集中的に教わっていた。魔術もあくまで剣を扱う上で必要だったから教わっていたに過ぎない。


(そうは言っても…確かに下手だった。マーリンおじさまも笑ってばかりだったなぁ。)



『その癖バカみたいな出力が出るから救えねぇよな。制御が出来ないもんがとんでもない勢いで出るから危なっかしい。』



出会った頃の男の子は少年に…そして青年になるにつれアンナの魔力操作のセンスの無さを具体的に指摘するようになっていった。



『精神強化の魔術を並行して発動できないのにそこまで身体を強化しても良いのか?。本気を出せば出すほど動きが雑になっていくぞ?。』



騎士団長になる前は冒険者として共にクエストを受けたこともあったが…難易度が高いもので有れば彼は必ずこう言ってきた。



(分かってるよ。そんなことは…。)


『別に無理して付いて来なくても良いんだぞ?。確かに2人の方が報酬がいいクエストは受けれるけど…多少報酬が下がるだけで対して害はないし。』



『うるさいなぁ!。立派な騎士になるための訓練なんだから良いでしょ!。それに…ケンラが居てくれれば何が出てきても逃げる事は出来るでしょ?。』



別に彼の事を好いていた訳ではなかった。だが、アンナには彼は『特別』な人。『目標』の1人だったのだ。


立派になれと言う親は死に。偉大な師匠は居らず。そんな彼を哀れみただひたすらに甘やかす祖父母に育てられた彼…。



だが、親に無理やり引かれた偉大な騎士というレールを走らされる幼きアンナが出会った彼は…


ほんの少しも腐ってなど居なかった。


自分を残して死んでしまった親…その両親を追い掛ける…ただそのために本から知識を吸い込み、魔術を独学で身に付けていく彼を見ていると、偉大になる為の道を用意された自分が恥ずかしかった。



だから頑張る。それでも頑張る。自分には既に道があるのだ。その日からアンナは彼の『前』に立てるような…そんな偉大な『騎士』を目指していたのだ。


が、それでも追い付けない。彼の才能と雑草にすら張り合える根性はアンナの事など気にせず置いていく。


だから『騎士団長』になったのだ。その時初めて親に頭を下げたっけな。もはや会う事すら出来なくなった賢者を追いかける為に、前は無理でも隣に立てるように…。



しかし、そうして再開した彼は…身に付けた強大すぎる力のために既に心を焼かれていた。

尊敬する彼は、彼の目指した力を持つ…アンナの知らない『ケンラ』だった。




悔しい…魔力操作が下手と私に言っていたお前に…。私以上に魔術が『下手くそ』だと言っても『ああそう。』と返された事が…2人だけでまた外へ行こうと誘っても『休みたい』と相手にもされなかった事が…まだまだ有る。いくらでも有る。だが、その中でも最も悲しいのが…




「おっ、まぇ…みた、いな…デカブツにぃっ!!!。」


(殺されてたまるか………。)



魔力によって体を強化し、短い人生で最も悔しい事を叫ぶ為に…目前にまで迫っていた死期へ更に近づく彼女のその叫びは……。



凄まじい閃光と、ほんの僅かな間を置いて全身を襲う爆音と衝撃波によって掻き消された……

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