第9話 ラナトリス防衛戦 1
ラナトリス近郊の草原…
王都に近い為魔物等は片っ端から軍・騎士・冒険者達に討伐されるので、壁外でありながら一般市民の姿もある程平和な草原だ。
だが今、その平原には背の低い草の緑とは明らかに違う…より黒く汚い緑の皮膚を持つオークの群れが波のように押し寄せていた。
その波を阻むように立ち塞がる冒険者・騎士達の中にアンナは居た。
(何だこの数は?。100は優に超えているぞ…。)
人の領域ではオークの群れなど20匹も居れば大きい部類に入る。つまりこの数は魔界で集結したオーク共と考えるべきだ。
(何故この規模のオークが王都周辺までなんの知らせもなく迫っているのだ?。いくら軍部の教育が雑だからと言ってこれはおかしいぞ。)
心の中で愚痴をこぼすアンナ。しかし、その間にも向かってくるオークを1匹2匹と両断していく。
(幸いにも我々がラナトリスにて待機していた事とギルドの連中が血気盛んなお陰で退けられそうだが。)
圧倒的な数のオークに対して王都に待機していた軍系部隊は近衛や王都の守備軍のみ。さらにその守備軍は訓練もそこそこの雑兵らしくこの戦いへの参加は出来ないと言われた。
騎士団もそれぞれが任務に付いており待機していたアンナの騎士団のみがこの事態に動ける状態であった。なので足りない頭数を依頼としてギルドに貼り付け、冒険者の協力を得てなんとか押し止めているのだ。
(国土が広すぎる…俺を働かせすぎなんだ…か。ケンラはこうゆう事態を案じていたのか。)
休みたい、働きたくない。それと同じくらい彼が言っていた言葉だ。その時はやる気が無いのだとばかり思っていたが…。確かに現状の戦力の薄さではいずれどこかの綻びから大きな被害が出るかもしれない…いや、既に出ている。既に最寄りの村が焼かれたと聞いた、もしかしたら他にも同じ様な所があるかもしれない…。
「ぐへぇっ。」
ズパァンッ!!。潰れると切れるの間のような音が近くで響く。
音の方を見てみると頭の上から半分が無い冒険者が倒れてる…。
(ッ!!)
この者と同じ死に方をする!。そう本能が叫ぶのを感じたアンナは自らの背中に剣の平の面を当て、防御の姿勢を取る。
ゴォッ!!!
質量のある金属同士が激しくぶつかる音がする。
不意打ちだが、それを予測し全身に力を込めていたアンナ。しかし、その衝撃に防御の姿勢のまま3m程飛ばされる。
「おぉ、吾の初太刀を防いだか。」
短い銀髪から緩やかなカーブを描く黒い角を2本生やした魔人。
背丈は2m程あり、細身ながら筋肉質な体をしている。
右手には得物と思しき剣を持っている。両刃の長い直刀だ。人ならば力自慢と言えど両手で振るうような大きさだが魔人の膂力を持ってすれば片手で十分なのだろう。
「お前がこの群れのリーダーだな。」
明らかにオークとは格が違う。この群れとこいつ1人を相手にするなら断然こいつ1人を相手にする方が辛いだろう。
「この群れのリーダー?…強き娘よ、それは違うぞ?。」
空いた左手を顔の前でふり、違うという事を大袈裟に告げる魔人…
「吾は…アーバルム様より加護を受けしクルツ村の村長……同胞を滅ぼされし、ヌシらの敵だぁっ!!」
爆発的に増す敵意と殺気。それを放ちながら地を蹴り、魔人が迫る。
ゴォッ!!!
再び剣でその一撃を受け止める。しかしあまりの威力に足が浮き10m近く飛ばされる。
(さっきのは本気じゃなかったのか?!。)
柄を握る手が痛む。強過ぎる衝撃が剣を伝って手にまでダメージを与えたのだ。
「やるではないか、娘よ。命乞いをし、吾の『子を産む』なら、四肢をもぐ適度で済ませてやろう。」
「面白くも、モラルも無い冗談ね。低俗な魔人にはお似合いだけど。」
大きく息を吸う。剣士の魔力の使い方は魔術師とは異なる。出来る限り大きく息を吹い、世界と触れる表面積を広げる。そうして魔力を少しでも多く体に取り込む。取り込んだ魔力によって体内の魔力を動かし、魔力の渦を作る。これを繰り返し体内の魔力を濃く、激しくしていく。
「あっつい…。」
魔獣とは魔力によって体細胞を強化する事で通常生物より遥かに高い身体能力やタフさを得た獣だ。これは魔力を変換して運動力を得る魔術とは少し違う。剣士の魔力の使い道はどちらかと言えば魔獣に近い。
「ほぅ。魔人だなんだと煩いが…貴様も大して変わらぬでは無いか…」
スゥッ…魔人の言葉の中、アンナの姿が霞む。
斜め右へ大きく跳躍、魔人の横から更に鋭く迫るアンナ。そこから魔人へ下段から上段へ跳ね上げるように剣を振る。
「っっ!!」
凄まじい瞬発力で体を仰け反らせ、回避する魔人。瞬速の切り上げを紙一重で避ける。
そのまま飛ぶようなバックステップでアンナから距離を取る。
「……速いな…、だが所詮は人間。吾には届か、」
「届くわよ、絶対に…」
アンナは止まらない、魔人が2秒で動く距離を1秒で詰め寄る。
「ズタズタにしてやるっ!!。」
ガンッ!…ガンッ!ガンッ!ガッ!!
アンナは常に詰め寄る。剣を振るえば詰め寄り、詰め寄っては剣を振る。
だが、魔人はそれを捌く。外から体で振るわれる剣を最小の動きで受けきる。
「無駄だ…、、、非力なお前では、、、その様な大振りで無ければ…、、、っ!?」
アンナはこの魔人に力で敵わない。アンナが魔力操作によって『模倣』している事を魔人は産まれた時からその体に宿し、ましてやこの魔人は並の魔人を遥かに凌駕する個体だからだ。だが幸いにも速さではアンナが勝っている。
ガッ!、ガッ!、ガッ!、ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!
(こ、この娘…速さが増している!。それと共に1太刀毎の重さも増していっている…。)
僅かな間を開けて、全く別の方向から全力で無ければ受けきれない一振が襲い続ける。
余裕を持っていた魔人の薄ら笑が険しい表情へ変わっていく。
大してアンナは両の口角を持ち上げる…。本来ならば笑みと呼ぶべきだが、蘭々と輝く彼女の目は美しい彼女の顔ですら他の生き物を圧倒する狂気を帯びている。
(あぁクソっ。…忌まわしき魔人を刻もうとしているだけなのに…)
「ハ、八八八ッ…。」
(私には背にある市民の日常を守ろうと…気高き意志を持って戦っているのに…)
「ア、、八八八八八ッッ!!」
(どうして…こんなに『楽しい』の?。本気を出し続けてもこんなに『長持ち』する相手なんて…さ、最高…。)
「アハハッ♪、アハハ八八八ッ、!♪♪」
全身を濃い魔力で強化する。筋肉、骨、皮膚等は勿論。それを制御する脳や神経細胞に至るまで。通常の生物が魔獣化した場合の攻撃性はこれによるものだ。
剣を振る度に昂るアンナの感情。魔力によって補強された体、その限界で剣を振り続ける…人から外れた運動量に筋骨の未補強部位が激痛と言う悲鳴を上げる。
それを誤魔化す為に惜しみなく分泌されるアドレナリン、強烈に刺激された闘争本能がアンナを動かし続ける。
ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!……
魔人は強い、全力全速の振りですら魔人に受けられれば弾かれる。しかし、その反発力すらもアンナは無駄にしない。
ガッ!ガッ!ガッ!ガガガガガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガガガガガガガガガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!ガッ!……
(っ!?、更に速くなろうとしているのか?!)
打ち付けた剣が弾かれる。その反発力で、刃先を綺麗な円として右へ左へと軸足を変えながら打ち付ける。
(……こ、…これは……)
ガッ!ガッ!ガッ!ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!!!!
絶え間なく打たれる斬撃。そう、文字通り『絶え間なく』魔人を襲う。
(む、無理だ!!、刻まれる!!!)
「細切れに…してやッッ……。」
パキャンッ……
鋼がぶつかり合う音に、厚めの焼き菓子を勢いよく割ったような…子気味のいい音が混じる。
「あえ?…あひが……オブッ!!?。」
膝から崩れ落ちるアンナ。だが地に伏せることは無かった。
彼女の真横から、魔人を遥かに超える巨体にちぎれんばかりの筋肉を纏った『怪物』が彼女を玩具のように弾き飛ばしたからだ。
「おお、ダイダロス。冒険者共を殺し終えたか。」
「ダァ…ダイダロス……。」
「ほぉ…ダイダロスの体当たりよりも『自壊』の方が酷そうだな。」
弾き飛ばされたアンナ。上半身だけを何とか持ち上げ自分を飛ばした怪物を睨む。
……血の涙を垂れ流しながら……
両目だけじゃない。口も耳からも、運動量が特に多かった四肢の、ズッパりと裂けた皮膚からも…血を流している。
「無様なヤツめ…。その出力まで出せるのにムラなく均等に全身を変質させるのは不得手と見える。人の身では到底耐えられぬ力を容易く出しながら、人の体を脱しきれて無いとは。」
「う、煩い…死ねよゴミ……。」
普段の彼女はこんな悪態はつかない。身も体もボロボロになった事の証明とも言える。
「死ぬ訳にはいかんな。しかし良くやったよ、吾ももう動けん。故にお前の最後はダイダロスに任せよう。」
魔人の言葉と共にのそのそと動き出す怪物。体高は7m程だろうか。その背丈ながら細身とは対極の、圧倒的な筋肉の塊。冒険者を殺し終えたとか言っていたが…こんな奴が出てこられてはオークの相手だと思って出てきた冒険者達には為す術もないだろう。
ドンッ、ドンッ、
重く、鈍い音が響く。
(これが報告にあった『眷属』か…。なるほど、確かに醜いな…。)
その巨大な掌が、ゆっくりとアンナへ…
「触ったら細切れにする…なんて言っても無理か…。」
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