第8話 雨の休日

「いや〜、すまんのう。村を案内するなんて言っておいて狩りに出るなんてのう。まあ、案内するようなものなんて無いんじゃがな。」


「いえいえ、俺もきょうみが有ったので。」


濡れた土の匂いが心地良い。今はおじいちゃんに付き添って森の中を歩いている。

知り合いが開いているお店から鹿肉が欲しいと連絡があったそうだ。


「全く、そう都合よく狩れるもんじゃ無いんじゃがのう。あいつめ…取れたてが良いやら、鹿でないとダメやら…うるさくてかなわんわい。」


鹿肉を頼まれた知人の事からの依頼に愚痴をこぼすおじいちゃん。その割に表情は嬉しそうだ。


「嬉しくないのですか?。」


「ん?、…ふぉっふぉっふぉっ。顔に出てしもうたか。いやな、これくらいの歳になるとな、誰かに頼られるのが嬉しくて仕方が無いんじゃわい。頼られる所か話す相手も殆どおらんからのう。」


頼られるのが嬉しい。よく聞きはするが俺はそうは思はない。人からの感謝は心地良いがその為に何自ら忙しなく動き回るのはどうにも損をしているような気がする。


「う〜ん、やっぱり簡単には見つからんのう。かなり前はバカでかい鹿もおったんじゃがのう。」


「バカでかい?しか?。」


「そうじゃ、家が小さく見えるくらいに大きい鹿じゃ。」


そう言って腕を広げて大きいという事を伝えようとするおじいちゃん。


「あまりにデカくての。こいつを何発も頭にぶっぱなしてようゆく逃げていきおったわい。鹿に怪我をさせられたのはあれが最初で最後じゃろうな。」


そう言ってスリングで肩に掛けた猟銃を軽く叩く。あちらでも見掛けた物だ、確か火薬の力で金属の弾丸を撃ち出すものだ。非魔導武器の中ではトップクラスの殺傷力が有るらしいが魔術師からしたらただのおもちゃだ。


ぽつん、ぽつん。……雨か?。


「ん?雨が降って来おったな。ある程度なら匂いと足音が消えて狩りには良いんじゃが…。お前さんも居るしもう帰るか。」


「あれ?、お願いは良いのですか?」


「あー、気にしなくても大丈夫じゃよ。3回に1回くらいしか上手くいかんからな。ちょうどお前さんも紹介したいと思うとうたし、昼はそこで済ませるか。」


次の行き先を決めた所で、俺とおじいちゃんは少しづつ強まる雨に急かされるように早足で森を抜けた。




「ん?、おお、じいさん。どうですか?良い鹿は居ましたか?。」


「失敗じゃバカタレ。雨も降ってきたし、ケンちゃんもおるから早めに切り上げたわい。」


「ケンちゃん?。」


店に入ると奥の方にあるカウンターから白い服を着た男性が声を掛けてきた。恐らくこの店の店主だろう。


「あ、あの。俺がケンラです。おじいちゃんからはケンちゃんって呼ばれてます。」


「おぉ、お前さん男かい?。白いし、細いし…女かと思ったよ。」


ハッハッハと口を開けて笑う店主、豪快な笑い方だ。

そのままおじいちゃんが店主の目の前の席。カウンター席に座ったので、その隣に座る。


「しっかし…見れば見るほど白いなぁ。まさかじいさんの孫ってわけじゃ無いですよね?。」


お茶を出しながら聞いてくる店主。やはり俺の白さは変わっているのか。

孫じゃないと聞かれ少し考えた顔をして固まるおじいちゃん…少ししてから口を開く。


「孫じゃよ。ワシの。そんなに変化のう?。」


孫だと言い切るおじいちゃん。…少し恥ずかしい。だが店主がそれを信じるだろうか、色だけでなく、もはや人種も俺とおじいちゃんでは違うと思うのだが…。それにおじいちゃんの本当のお孫さんはもう…。


「…そうかい。孫かい。似てなかったからつい聞いきたくなってな。じいさんとは違って随分イケメンじゃねーかよ。」


「そうじゃよ。わしと『同じ』くらいのいけめんじゃ。」


そう言葉を交わし笑い合う2人。どうやら諸々の経緯を店主は察してくれたようだ。


「にしても本当にかっこいいな、兄ちゃん。おーい!、陽菜っ!。ちょっと来てくれ!!。」


店の奥へ誰かをよぶ店主。どうしたのだろうか。


「なに?お父さん。」

すると奥から少女が出てきた。長めの黒髪を後ろで1つ結びにしている、特徴的な所は無いがそれ故に均整の取れた顔はとても可愛らしい。


顔を見ていると目が合ってしまった。……


「ほれ、陽菜。どうだいこの兄ちゃん。長谷川さんのお孫さんなんだってよ。お前彼氏が欲しいな〜とか言ってたろ?この兄ちゃんはどうだ?。」


「は、はぁ?…な、何言ってるの?。バカじゃないのっ!!。へ、変な事言は無いでよっ!!。」


そう言って顔を赤らめながら奥へ戻る、前にチラッとこちらを見てから奥へ戻った少女。


「あっははは!!。お前さん、陽菜に振られちまったな。」


「振られたのう。まあ、そんな日もあるわい。」


ワッハッハ、ふぉっふぉっふぉっ。2人して笑っているが…


「あ、あのぉ。…俺告白もしてないんですけど…。」




「さてと、寝るか…。」

お昼はてんぷらとゆう料理だった。サクサクと歯切れのいい衣をまとったエビや様々な野菜の揚げ物だ。塩を掛けるだけで食べたがサクサクの食感と食材の味、風味が揚げることで、いい所はより良く。野菜の青臭さ等は綺麗に無くなりとても食べやすかった。


昼食を食べ終わったあと、雨という事もあり村を回るのは辞め昨日貰った我が家に帰っていた。


「やっぱり1人になれる時間は必要だな。思う存分寝れる。」

異世界に来てからは食う、寝る、歩くのどれかだ。特に寝るが凄い。元々寝るのは好きで休みの日はほぼ全て睡眠に使っていたが、ここまで長い時間、質の良い睡眠を取れているのは初めてだ。



「ふぁ〜〜。……。」



………………………



……………ズ、ズズ………



…………ズ、ズズ…ズズズズ………



……っと、ガルっ……、んく……って!……

ん?…聞き覚えのある声が。



……まって、…ェーラッ………うわぁっ!…



ドサァッ!!

「押すなよミシェーラ!!」


「男がもじもじしてるから悪いのよ。いつまでも入口塞いでさ、早く行ってよね。」


……「「「あっ。」」」……


弟子だ。ガルとミシェーラが居間にワープホール的な物を開けて、そこから出てきている。



「「せ、先生!!」」

その弟子2人が大した距離もなきのに俺の寝る布団へ駆け寄ってくる。


「先生!大丈夫ですか!!具合でも悪いのですかっ!!」

「先生!…って、髪の毛が凄い伸びてますよ!!」


「だ、大丈夫。寝ようとしてただけだから。髪の毛はこの世界が魔力の薄い世界だからだと思うよ。」

弟子達が未だかつて無い程食い付いてくる。


「あー、あれだ。何も言わずに出てって済まなかった。ちょっとした休みのつもりだったんだ。」


「「先生…」」


「おーい、そろそろええかのう?どうやらこちら側の世界は魔力が少ない様で、穴を維持するのも結構しんどいんじゃが。」


そう言って『穴』から1人の老人が出てくる。


「マーリン様!、先生早く行きましょうっ。ラナトリスが大変なんですっ!。」


マーリン?。あぁ、存命の賢者の中で最古参のじいさんか。


…あれ?、それって結構な大物じゃね?


ガルが容赦なく俺の手を引っ張り、布団から引きずり出そうとしている。…え〜、まだ休み2日目だぞ?。


「あ、あ〜…で、でもほら…。俺はまだこっちでやり残した事が有るし…、今戻ったらもう来れなくなるかもじゃんっ?!。」


こ、ここで諦める訳には行かない!!。俺の休暇に未だかつてない危機が迫っている!!。


「ん?、それならこのゲートを魔紋として刻んだドアを作ってやろうか?。そうすれば行きも帰りも魔力を使えば簡単に出来るぞ?。」


こら!マーリンッ!!。なんて提案をしてくれるんだ!!!。


「先生!、マーリン様もこういってくださってます。本当にラナトリスが大変なんです!。前回の作戦の『生き残り』がオークを引き連れて攻めてきているんですっ!。もうアンナさんは前線へ向かいました!。」


ミシェーラまでもが俺の手を握り、ガルと共に引きずって行こうとしてくる。なんだ、アンナが行ったのか。じゃあ何とかなるんじゃね?ケイオスとか戦える賢者も少しは居るだろう。


「相手は既に『夜刻の19』の眷属らしき物を従えています!!。このままではアンナさんも含む大勢の人が死んでしまいます!!。」


「何?、眷属だって?。」


確かにそれは厳しい…。眷属とはいえ異次元の存在だ。ただ強力な魔獣では済まない強さを誇る。

アンナが死んでしまうのも嫌だ。精神汚染の危険性があるとは言え共に戦い続け、背中を預けた者だ。

テルマとアルマも心配だ…。


「マーリン様、本当にここへ出入りできるのですよね?。嘘だったら俺は賢者を辞めますよ?。」


「勿論じゃよ。だから安心してアンナちゃんを助けてあげなさい。」


そう言ってウインクしてくる老人。もしかして俺とアンナの関係を勘違いしていないか?


「はぁ…仕方ない。これが終わればまた長い休みを貰うとするか…。」


「「せ、先生。」」


まあ、そうは言っても敵には眷属が居る。もしそれが本当なら今までの相手とは比べ物にならない強さだろう。勝てるかどうか…。


「なぁ、お前ら。もし負けそうになったらアンナやテルマ、アルマを連れてここまで来るぞ。国と共に心中するなんて許さない。分かったな?。」


「せ、先生?。何故そのような事を?。」

ガルが戸惑った声を上げる。まあ、こんな事を自分の弟子に言う日が来るとは俺も思わなかった。


「『負ける』事も考えるべきだ。俺は無敵じゃない。アンナやお前らに死んで欲しくはないが、お前らを全ての驚異から守れる訳じゃない。」


「んー。それにワシは混ぜてくれんのかのう?。」

じいさん、あんたは1人でも来れるだろう。


「取り敢えず今言ったことを必ず守れ。それが出来ないならお前らを担いで戦いもせずこっちへ連れて来る。良いな?。」


「「……はいっ!!。」」


はぁ。とは言っても正直不安だ。一応戦ってはみるが…その後アンナを連れて逃げれるだろうか?。そもそもアンナはまだ生きているだろうか?。


「全く…。今までで1番名残惜しい休みだった…。」


弟子達と共にラナトリスに繋がる穴を潜る。サヨナラは言わない。必ず戻ってくるよ、愛しき我が家マイホームよ(入居歴1日)。






「おーい!ケンちゃーん!。せんべい食うか〜。」

静まり返った家に1人の老人の声が響く。


「ん?、なんじゃこれは?…。」


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