第7話 賢者は休んでも敵は休まない
「「……あった。」」
オーフェシア王国 首都ラナトリス とある賢者の家の、その家主の部屋で…2人の弟子が机の上に広げられた大きめの日記?の様なものを前にして揃った声を上げる。
「異世界視…異世界転移…。先生はこの世界に行ったんだ。」
「でもガル。これには『帰り方』についての考察が全く載ってないわ…。」
当然の事ながら彼は帰る気が無かったからだ。
「となると…本当に出ていってしまわれたか、行きと同じ方法で帰れると考えたか…どちらもありえる。」
無礼極まりないが、本当に先生は賢者に嫌気がさして出ていってしまわれたような気もする…。
「今は最悪の場合を考えるべきよ。なんせ異世界だもの。つまり、帰らないじゃなくて『帰れない』場合の想定をすべきだと私は思うわ。」
「『帰れない』か…。」
成程、ミシェーラの言い分も一理ある。となると先生は帰れるだろうと異世界に転移し、帰れなくなったのか…。
「しかし、いずれにせよこの術式を完全に模倣する事は今の俺達には難しい。せめて他の賢者を…。」
他の賢者…。ケイオスに頼むのは辞めた方がいいだろう。他に頼れる賢者が居るのならそれに超したことは無い。先生の研究成果が漏洩する事にはなるがそれはどうしようもない。
「他の賢者かぁ…誰か頼れそうな人は…。」
「私達は先生以外の賢者とは面識すら無いもんね…。」
「なに?賢者を探しているの?。1人…紹介出来るわよ?」
凛とした声が2人の後ろからした、
「一応、私の家は貴族の家だから。たまに家に来て、その度に魔術を少し教えて貰ってる人が居るのよ。その人で良いなら紹介するわよ?。」
「「ア、アンナさんっ!!」」
赤毛と美しく整った顔の愛国主義者(ケンラ目線)、若くして騎士団長を務める女性…アンナである。
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「な、なんと…。」
王城の一室。机と椅子と、私達がこの部屋の主だと言わんばかりと用途の分からない道具が大部分を占領する部屋に、遠隔視を発動させたケイオスが居た。
「ケンラの馬鹿め…何が『敵は殲滅しました』だ!。」
正確に言うとケンラはそんな事は言ってないのだが、心の狭い彼がケンラ発言を偽造して悪態を付いてしまうには十分な事態を見ていたのだ。
「『夜刻の19』…それを信奉する魔族の集団を排したと?……。クソが、1番の『大物』が残っているではないかっ!!!。」
首都ラナトリスから魔族の領域…『魔界』の方角へ15km程離れたとある農村。
比較的首都に近いこともあり、普段なら収穫期を迎えたこの頃は村全体が夜であっても熱気を帯びている。
しかし、今夜この村を暖めるのは村民達の幸福感や活気に満ちた労働の余韻では無く…純粋な『熱量』そのものだ。
「ディグ!!、早く逃げなさい!!。」
燃え盛る家々、農村であるこの村の家屋は木材を多用しているので火事となればもはや全壊は免れない。
ドンッ! ドンッ!
何かが勢いよく叩きつける扉。普段なら客人を通す扉を、笑顔で客人を迎えるその家の家主の妻が、必死に開かれまいと体重を掛けて押さえつけている。
「お、おかあさん!。おかあさんも来てよ!!。」
まだ幼い子供が母の悲痛な願いを拒む。
「あぁ、ディグ…。今日ぐらいいい子で居てよ…。お母さんも後から行くから…。お願いだから裏の窓から出てラナトリスまで走って…。お願い。」
「お母さん…、絶対に?。本当に後から来るんだよね!!。」
「えぇ…。お母さんが嘘を付いたことがあるかしら?」
ドシャァッ!!……
「……だか、ね?。…早く…、行きなさい?。」
「……お母さんの嘘つきっ!!!!。」
母の言われた通り、裏の窓へ駆け出す少年。二人の会話を邪魔しまいとなり止んでいた扉を叩く音は…最悪なタイミングに、最悪な形で破られた。
ガチャッ。
扉を開けまいと重しとなっていた『母親』が…反対側から飛び出た槍によって『縫い止め』られ、重さを増した扉が開かれる。
(あぁ、…ごめんねディグ。嘘をついてしまって。でもね、せめてあなただけは逃げて…。あなたが生きていれば私はどんな事も耐えられるから…。神様…どうかあの子を…。)
しかし、神とは多くの命を『見殺し』にする存在。どれだけ美しくあっても、どれだけ懸命な祈りであっても。高々人間1人の祈りなどに真摯に答えるわけが無い。
「や、やめろぉっ!!ぼ、僕わ!、ラナトリスに行かなきゃ行けないんだァ!!!!!」
(あぁ、…ディグ…。ごめんなさい。あなたを守る事が出来なくて…。)
「ブ、ブヒィッ!!!」
肌が緑で豚頭の魔族。『オーク』が数匹家の中へ押し入ってくる。金品をゴソゴソとかき集め、食料を手当り次第に食い散らかす。扉に張付けになった母親には興味を示さない。彼らが興味を示すのは『健常な子供を産める』女だけだからだ。
(ごめんなさい…ディグ…。)
「な、何故こんな事を…。」
あらゆる場所で火の手が上がる村。しかし、その中でも1番大きな屋敷には一切火がついていない。何故なら既にこの大火事よりも『致命的』な存在が中へ入っていたからだ。
「何故だと?、それは吾が魔人でお前らが人間だからだ。だろう?、村長殿。」
2m程の魔人、全身は褐色で短めの銀髪からは緩やかなカーブを描いて、黒く太い角が2本生えている。
「そ、そんな…。そんな事で…。」
「そんな事だと?。」
魔人が老いた村長の胸倉を掴み、持ち上げる 。
2mも有る魔人が老いた村長を持ち上げれば、村長の足は完全に床から離れ、宙に浮く。
「貴様ら人間はどうなのだ?、少なくとも吾の同胞達は『そんな事』で滅ぼされたぞ!!!。アーバルム様を称える祭りの用意をしただけで貴様らの仕向けた者共に…『滅ぼされた』ぞっ!!!。」
「ぐ、ふぐぅ…。」
怒りから握りしめる拳に力が入る。巻き込まれた衣服が村長の首を締め上げ、苦悶の声を上げる村長。
「吾は村長であると同時に『最高司祭』であった。故にその場に居合わせなんだ。日が暮れ、村に戻ればどうだ?、この有様だ。」
そう言って屋敷の窓から見える村の景色を指さす魔人。そこには生活とゆう人々の生の色を…丹念に塗りつぶす炎の赤と、絶望の黒が広がっていた。
「男は皆死んでいた、切られるか焼かれていた。女は2択だ、犯されてから殺されていたか、犯されずに殺されていた。子供はいなくなっていた!、変わりに何本もの『足』が落ちていた…。」
叫びながら、帯のように涙を流す魔人。
魔族の子は売れる。運ぶ際にスペースを取らず、成人よりも軽く運びやすい。女児は物好きに高値で売れ、男児は労働力や『必要』とする者達に売れる。
その際に1部…特に『玩具用』として売られる女児は足を切り落とされる場合が多い。逃亡防止の為だ。
「故に吾も同じ事をするまでだ。男は殺し、女は犯し、子供は然るべき『処置』をしてから売る。だが既に吾の同胞達は滅んだ故に、道中におうたオーク共に声を掛けた。オークは残酷だ、『やり過ぎて』いても感情的になってくれるなよ?。」
どさぁ。宙で手を離され、床に叩き付けられる村長。しかし、そうとう痛いはずがのっそりと体を持ち上げると老いた双眼で遥か上にある魔人の顔を睨みつける。
「貴様ら魔族の事などしるかぁっ!!。下等生物の分際で人の真似事などするから然るべき罰が下っただけじゃろぉが!!!!。お前らのような下等な存在は!。我ら人の営みの糧になれるだけで涙を流して感謝すべきじゃろがっっ!!!!。」
バシャン。瑞々しい果物を勢い良く切ったような、フレッシュな音を立てて宙に舞う村長の首。
「やれやれ、うるさい
部屋を見回す魔人。すると隅に腰が抜けて逃げ遅れた少女が居た事に気付く。
「ほう、こいつの孫か?見た所16程に見える。顔も中々吾好みだ。」
ドスドスと足音を鳴らしながら少女に近付く魔人。
「オーク共と同じ女を『使い回す』のは解せぬ。決めた、今晩は貴様が吾を楽しませよ。なに、楽しんだ後はしっかりと『後処理』をしてやる。故に思う存分吾に『奉仕』するが良いぞ。」
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁああっっっ!!。」
炎に焦がされる村に、一際悲痛な少女の叫びが響いた。……
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「う〜ん、良く寝た。」
「おー、起きたか。はやく布団をしまいなさい。すぐに朝食にするぞ。」
あー、こんなに寝たのは久しぶりだ。目覚めもバッチリ。木々に囲まれた村とゆうこともあり、昼間とは違うひんやりと澄んだ空気が頭の中をクリアにしてくれる。
「ふぁ〜。…異世界…最高。」
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