第6話 おじいちゃんとおばあちゃん

グツグツと机の真中で音を立てる鍋。そこには色とりどりの野菜と薄めに切り分けられた猪肉が味噌と呼ばれる発酵食品を溶かしたもので煮られていた。



「うん…おいしい!。」


猪肉はおじいちゃんが手早く血抜きから解体までを行ったので臭みは無く、筋肉質な身は薄く切られていても僅かな歯ごたえを残しており、顎を楽しませてくれる。また豚の類縁とゆうこともあり、味の濃い脂が味噌の風味と合わさってとてもおいしい。


沢山の野菜も鍋の味を底上げしくれるのは勿論、多様な食感・味をもたらしてくれるのでこの鍋1つで『食』が完結している…。


「美味そうに食べるのお。多めに肉を切り分けておいて良かったわい。」


「私達だけじゃこんなに食べれませんからね。遠慮せず、沢山食べなさい。」


「はい!、たくさんたべます!。」

もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。特に話すでもなく鍋にがっつく。流石に無礼かなとも思ったがおじいちゃんもおばあちゃんもそんな俺の様子を楽しそうに見ている…。


…、ごくんっ。


「あぁ、そうじゃ。今日はここに布団を敷いて寝てもらうんじゃが。流石に居間で寝かせ続けるのもあれじゃ。明日からは隣の空き家を使いなさい。」


隣の空き家?そう言えば隣にも家があったが空き家だったのか。


「あこもおじいちゃんの家だったんですか?。」


「いんや、まだ前に住んどった上田さんの持ち家じゃ。…が、まあ良いじゃろ。好きに使って良いと言っとったけんな。」


なんと、異世界に来て初日で我が家を持てた。きっとこの老夫妻に出会えた事は、あちらの世界で頑張った褒美だな!。神様がもう働かなくて良いと言っている!。


…でも、流石に甘やかされすぎでは?。この老夫妻はとてつもなく優しい。…が、それでもこれは変じゃないか?。恩人を疑うのは良くない事だが…。



「あのぉ、なんでわたしにそこまでしてくれるのですか?。うたがってるわけではないですが、とてもふしぎにおもいます。」


「ん?…。そうじゃなあ、ちと身勝手なことなんじゃがの…。」


身勝手な事?。


「お前さんとあった森。あこにな、入ったバカじゃったんじゃよ。娘がの。」


「娘さんが…ですか?。」


取捨の森…自ら命を絶つ者達が入る森…。そこに入ったと言う事は娘さんは…。


「あのバカタレ。夫からでーぶいを受けたとか、子育てに疲れたとか…。それで簡単に命を捨ておった。わしらに相談することも無くの。しかもまだ幼い孫と一緒にじゃ。1度しか孫の顔を見ておらんかったのに…、本当にバカな娘じゃ…。」


短く、淡々とした話だった。だがその言葉の少なさとは裏腹に目からは堪えるのが不可能だと言わんばかりにボロボロと涙が零れている。

ふとおばあちゃんの方を見るとおじいちゃんと同じ様に涙を流している。


「じゃが今日な。森を軽トラで走っておったらお前さんがポツンと立っとったんじゃ。心配になって声を掛けたらの…ワシの事を『おじいちゃん』なんて呼びおった。」


ふぉっふぉっふぉっ…涙を流しながら笑うおじいちゃん。なるほど…俺が死んだ祖父がこのおじいちゃんに重なったように、おじいちゃんもまた、死んだお孫さんを俺に重ねていたわけか…。


「さぁ、湿っぽい話をしとったらこんなボロ家、すぐに腐ってしまうわい。片付けを手伝ってくれるかの?、今日はもう寝てしまいなさい。」


「はいっ。おじいちゃん。」


俺はこの老夫婦の孫じゃない。この老夫婦も俺の祖父母では無い。だが、今はそれで良いのだ。


俺が甘えて、この2人が世話を焼いてくれる。互いの凹んだ所がしっかりと噛み合っているなら。血が繋がって居なくともそれで良いのだ…。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「良いわけが無いでしょっ!!!。」


オーフェシア王国、王城から徒歩で30分程の行為な身分の者達が住む区画。黒いローブの男とその後ろに軽装鎧を来た男たちが10人程。その集団に向けてかなり大きめの家を背にして叫ぶ女性と背が高めの青年が居た。


「ここは先生の自宅で有ると同時に魔術についての研究成果を管理している場所なの。あなたみたいな得体の知れない魔術師に荒される訳には行きません!!。」


「ミシェーラ。そうは言っても仕方ないだろう。先生と、何より我々の身の潔白を示さないと…。」


「ガル!!、あなたが弱腰でどうするのよ?聞く所によるとこの黒ローブも『賢者』なんでしょ?。潔白を示す所か私達を陥れる為にここに来たのかも知れないのよ?。」


そう、ここは異世界で新居を得たばかりで絶賛爆睡中のケンラの自宅である。そんな事も知らず師匠の誇りの為にこの家を守ろうとしているのは彼の2番弟子であるミシェーラ・テルコートだ。


「驚いた。私を賢者と知っていて検閲を拒んでいたのか?。弟子の分際で生意気な小娘だ。」


(ケイオス…王城の会議に参加していたとゆう事は間違いなく高位の魔術師だ。賢者は全員で数人いると聞くが、順当に考えるとこの人はその中でトップと言うことになる…。)

ガルはこの状況がオーフェシアで魔術師を続けて行けなくなる可能性が有ることを心の中で確信していた。


(だがミシェーラの言う通り。先生を排しようとする考えならこのまま中を探らせる訳には行かない。このまま拒み続けてもまずいが、中に入れてしまえば…この人がミシェーラの考える通りの人ならもはや詰みだ。俺達もタダでは済まない。)


「王都にこもってばっかりの陰険な魔術師が先生の『2番』弟子である私に偉そうな事言わないで。」


「な、なんだとぉ??。」


(空気がピリピリとしている…。まずい…一触即発だ。誰か、助けてくれ!!。先生!、早く帰って来てくれ!!。)


ガルは賢かった。師匠たるケンラへの信頼はあったが盲信していた訳では無い。それ故に浮き足立った彼の考えは突風の如きケイオスとミシェーラの意見の衝突に今にも吹き飛ばされそうになっていた。


(だ、誰かぁ…。)


「ケ、ケイオス様っ!!。」


そんな彼の願いが届いたのか。夜遅くにも関わらず1人の男がこちらへ向かってくる。


「騒がしいっ!。200m前からお前が来ているのは分かっているわっ!!。何の用だ。」


ミシェーラのしぶとさにイライラしていたのだろう。配下と思しき男にすら怒鳴るケイオス。


「も、申し訳ありません!。ですがお伝えしなければ行けない事がありまして…。」


男はそう言うとケイオスの耳元で何かを呟く。すると気のせいか、つねに高圧的であったケイオスが僅かに戸惑った表情を浮かべたような気がした。


「聞けガキ共。俺は『現職』の賢者だ。故に常に忙しく、常に国家の危機を案じている。私の時間は貴重なのだ。今は帰るが次きた時、同じ様に渋るなら…覚悟を決めておけよ。」


「はん!。滅多にない仕事が入ったからって良い気にならないで。先生が戻ればまたあなたの仕事なんて無くなるんだから今くらい真面目に働いたら?。」


ケイオスは強い…。そこらの魔術師ならばその覇気で凄まれれば否応なしに言いなりになってしまうだろう。


だが、ミシェーラも負けていない。少しも気にすること無くまだ喧嘩を売りに行っている…。


そのままケイオス達は王城の方へ向かっていった。一体何があったのだろうか?。


「ミシェーラは凄いな…。あの人に1歩も引かないなんて。」


「ガルが弱腰なだけよ。戦場を焼き払う先生に比べたらあんなのただの魔術師でしょ。」


まあ、確かに。先生が戦いで本気を出すと余波でこちらが危うくなるほどの凄まじさだ。


「なあ、ミシェーラ?。俺たちで先生の部屋を調べてみないか?。もしかしたら何処へ行ったか分かるかもしれない。」


「ガル…。あなたも先生を疑っているの?。先生の部屋を勝手に荒らして良いわけないでしょ。」


やっぱりな、ミシェーラなら嫌がるとは思っていた。だが、


「ミシェーラ。現実を見るんだ。ケイオスは取り締まる側で俺たちは捕まる側だ。こんな事をいつまでもは続けられない。それなら俺達で真実を見つけるしかないだろ、奴らに濡れ衣を着せられる前に。」


ケイオスを悪者扱いしてしまっている。が、ミシェーラにはこういった方が良いだろう。その方が理解を得られる。


「…まあ、確かに。一理あるわ。そうと決まればすぐに取り掛かりましょ、真相は先生に会って聞けば良いだけだし。」


切り替えが早いな。やはりミシェーラも先生に対して拭い用のない疑問を抱えているのか。『何故僕達に何も言わなかったのか』…、これを聞かぬまま事が進んでいくのは俺も嫌だ。




「まあ、そう都合よく行き先が書かれた物が見つかるとは思えないけどね。」


「ふふん。案外私達が後を終えるようにわざと残しているかも知れないよ?。」

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