第5話 同時進行性 異 世 界
オーフェシア王国 首都ラナトリス 王城内…
その一室。ある程度の広さがあるこの部屋には窓が無い。また、壁は厚く作られており、遮音の魔紋が描かれている。中央に縦長のテーブルが有る。そのテーブルの長い辺には片側3人づつが座っており、短い辺の片側には…
「つまり…。君達すらケンラ・ギドアスから何も聞いていないと言うのだな?」
腹が出ている中年の男。この国の王だ。王なので常に高圧的で傲慢だ。
「はい…。『先生』は私には何も仰らずに消えてしまわれました。他の3名も同様です。」
(あぁ、『先生』…何故私達に何も仰らずに消えてしまわれたのですか?。お陰で私がこのような場所に立っているのですよ?)
王がのっそりと座っている辺の反対側には椅子等はなく。変わりにケンラの1番弟子であるガル・ルハードが立っている。
1年前にケンラが募った弟子の募集に志願し、今日に至るまで師弟としてケンラの魔術を教わってきた。魔術師として1年程度の師弟関係は無いのに等しい程短い物だ。しかし、ケンラと同じ様にガルも又、21歳と若い。
魔術師となってからの年数が浅い分、この1年で自分も含む弟子達とケンラとの間には簡単に切れることの無い絆があると思っていた。それ故に、何も言わずにケンラが消えてしまったことがショックで仕方がない。
「ふむ、やはり分からぬ。奴は弟子達には惜しみなく自らの魔術を教えていたと聞く。なぜ、その弟子達を利用するでもなく、相談することも無く…1人で居なくなったのか…。」
「単純に、必要無かったからだろう。あいつは以前から任務に対して積極的で無かったと聞く。もとよりこの国にも、人にも興味など無かったのだ。」
1人の大柄な男が言う。顔も髪型も体つきに至るまでゴツゴツとした男は正に武人と言うべき様相だ。
この男はデニス・ロッドマン。国外での戦闘を行う国外征伐軍の司令官である。
「デニス…、そう言い切るのは簡単ですがケンラ君は既に我らが母国へ多大な貢献をしてくれました。そんな冷めた子だとは私は思えません。」
この人はテーゼ・ジボワル。女性にしては背が高めで出る所が大きくせり出した女性的な体と、見つめ合うだけでいかがわしい事を想像させる艶やかな魅力のある顔の女性だ。
国内の諸問題に対処する国土維持隊の指揮官でケンラ達は度々同じ任務に就いていた。
(この2人は任務で度々見掛けたから分かるが…他の4人は分からないな…。)
この部屋には王と明らかに権力を振るう側の頂点に居る人が2人も居る。残りの4人も恐らくその類の人だろう。
「私が確認した限り、彼が自分の屋敷に付いたとされる時間から程なくして強力な魔術の発動を検知しております。城壁の衛兵が目撃していない。されど壁内での目撃が無いとなるとこの時に転移の魔術で逃げたのでしょうな。問題はその転移先が壁外のどの方角でも無いという事ですが。」
黒いローブを来た男が言う。恐らくは魔術に通達する者なのだろう。にしても転移の方角が分からないか…。転移術式は点と点を結ぶ魔法。王都の全周を囲うようにして展開されている術式検知術式で拾えないとなると先生は一体どこへ転移したのだろうか。
「ケイオス。検知術式の方に問題はないのじゃな?転移術式以外で姿を眩ませる魔術は無いのか?」
王がそうローブの男に問い掛ける。ローブの男はどうやらケイオスと言うようだ。
「検知は正確かつ1つの穴もなく発動しております。可能性としては地中に隠れ家を用意しており、そこへ転移したか…私の知り得ない魔術を生みだしたか…そのどちらかでしょうな。」
地中に隠れ家なんてありえない。何故なら先生は空いた時間が有れば寝るか休むか何かを食べていたからだ。新しい魔術に関しても戦場で気まぐれで作る攻勢魔術ばかりで転移の魔術などを研究している姿は見た事ない。先生は一体…
「ん?まだおったのか小僧。もうお前から聞けることは無い。下がって良いぞ。」
………
「はい…。」
後ろを振り向くと入口に控えていた兵がドアを開け、顎で外を指す。『早く出ろ』って事か…。
(やれやれ、ようやく解放されたか。)
廊下へ出た瞬間にバンッとドアを閉められた。もともと話を聞く為だけに呼び出されたとはいえ扱いが雑過ぎないか?
(はぁ…、先生が逃げ出したくなる気持ちも少しだけ分かったかもしれない…。とはいえ私達にも伝えず何処へ行ってしまわれたのですか?)
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畳という植物を編んだ硬い敷物。しかしただ硬いのではなく、僅かに沈み込むクッション性を備えており、すべすべひんやりとした感触はポカポカとした気候と合わさり眠気を誘う。
「あらケンちゃん。畳が気に入ったの?」
「せつこさん…はい、きばりのゆかともちがう。ふしぎなかんじです。」
この人は雪子さん。俺が初めて異世界視で見たおばあさんだ。ちなみに俺を招いてくれたおじいちゃんの妻で姓は長谷川と言うらしい。
「雪子さんだなんて…気楽におばあちゃんでいいのよ?その方がおばあちゃんも嬉しいわ。」
「は、はい…おばあちゃん。」
そう言っておばあちゃんが机の上に何かを置いた。こちらの世界では畳の上には足の短い机を置く。座る時は椅子などではなく、畳の上に直に座ったり、座布団や座椅子という物に座るためだ。
「なんですかそれは?おこめ?」
「あら?おにぎりも知らんのかい?。外国の子は無理も無いかねぇ。こうやって手で持って食べるんやよ。」
そう言ってお米を固めた物を持ち上げ、頬張る。
なるほど…こちらの世界での米を使った調理法の1つか。携行性を高めた炭水化物という事は外出時や戦闘時の携行食として作られ始め、その手軽さから屋内でも食べられるようになった…とかかな。
さっそくおばあちゃんの真似をしておにぎりを持ち上げる。黒いのが巻かれた所を触るとお米が手につかない。だからおばあちゃんはここを持っていたのか。
1口頬張る…やはり米を固めただけの物だけあって米の僅かな甘み以外はほぼ無味に近い…ん?
「ふぁんか…ふっふぁいでふか?」
「あー、そりゃ『梅干し』だね。苦手だと気の毒だと思って蜂蜜漬けの甘めの奴にしといたから心配要らないよ。」
ん〜、確かに酸味と共に甘みもある柔らかい物が中に入っている。なるほど、無味な米とこの食材を合わせる事で味の面もカバーしているのか。
香りと酸味が食欲を刺激し、それをほのかな甘みでカバーすることで、結局スイスイとおにぎりを食べ進めてしまった。
「やっぱり若い子はよく食べるねぇ。今じいさんが狩ってきた猪をバラしとるでな。夜は鍋やからね。」
「は、はい!。」
長谷川さん…おじいちゃんは俺を乗せた時後ろの荷台に猪を乗せていた。どうやら猟師らしい。今その猪を解体して食べれる様にしているのだ。
「にしても綺麗な髪だねぇ。肌も真っ白だし。どこから来たんだい?。」
「……え、え〜っと…。」
どこからか…。こちらの世界で自分に似た容姿の民族は果たしているのだろうか?向こう側の世界でも光魔術の使い過ぎでこの見た目になったわけだし…なんと言おうか…。
「あ、あのぉ〜…き、きたのほうからきました…。」
「…北ぁ?……なんじゃあそりゃぁ。」
ふふふと笑うおばあちゃん。やはり嘘だとバレたか。しかし、決して責められいる訳では無いことをその優しい笑顔が語っている。
「あれ?もう3個とも食べたのかい?」
「はい、とてもおいしかったです!」
おにぎりの中身はそれぞれ違っていた。面白みもあって楽しめ、しっかりと味もよくお腹も満たされた。
「そうかいそうかい。取り敢えず今日は家でのんびりしててくれんかね?。明日、村を案内するからさ。」
「は、はい!」
村を案内…。まあ、1人で歩き回るのもあれだし従うか…。
ドサァッ。仰向けに倒れる。すべすべひんやりの畳…横になると材料となった植物の匂いだろうか?…とても落ち着く香りが更に眠気を誘う。
(うん、夕飯まで寝るか…何も考えずにぐうたらできるのもこちらの世界に来た特権だ。どうせ時間ならいくらでもある。)
…何もしない時間が愛おしい…
…向こうでは望んでも得られなかった時間だ…
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