第4話 ファーストコンタクト/OJISANN

ブォォォォオオオ!!!


森にこだます低音。音の正体は不明。この世界に生息する生物についても不明。人が居ることは判明しているが果たしてそれが文明的か、もしくは野蛮な集団なのかも不明。


当然だがこちら側の世界は分からないことが多すぎる。異世界視でより広範囲を見る事も出来たが不鮮明にしか見えなかったり、そもそも術が失敗したりしていた。


(今思えばこちら側の魔力が薄いから思うように視れなかったんだな。)


いずれにせよまずは情報を集めねばならない。何が出るかは分からない以上、隠れてや過ごすのがベストだが…それでは知性のある生命体が相手であった場合、相手側の反応が見れない。何も分かってない今の状態では多少の危険を孕んでいたとしても姿を見せるべきだ。



音はやはり近づいてきている。魔術で強化された聴覚は単純により遠く、より小さい音を聞き取れるだけに留まらない。音のする方角や、あらゆる音の聞き分け等も強化されるので、音だけでも何かがこの伸びた灰色の岩…その先から迫ってきている様子が分かる。


(まあ、向こう側で使えば大きさや形なんかも把握出来たかもしれないけど…この出力でも生身の人間に比べれば十分過ぎるくらいだろう……っと、もう来るな。)



緩かなカーブを描いて縦長に伸びる灰色の岩。その先から音の正体が姿を表す。



(ん?!、なんだあれは?見たことも無いが…人が乗っている…のか?)


音の正体…それは白色の乗り物?であった。

とゆうのも正面が空いており、そこから老人の顔が見えるたのだ。それ以外にも比較的直線的な箱型の物に車輪がついており、人をすっぽりと覆うような作りは戦争で敵からの遠距離攻撃を避けつつ前進するための重戦馬車を思わせる。


(だが馬が引いてるわけでない…魔導力車か?だがこの魔力量ではとても実用的な物を動かせるようには思えない…それともこの地が異常なのか?)



「היי,!! מיין ברודער〜!!」


(はっ!…全く言葉が分からない!!)

近づいてくる乗り物のスピードが緩まっていき、そこから老人が身を乗り出し手を振りながら何かを叫んでいる。


(やはりここは異世界か?人があの様な発音の言語を喋る地域はオーフェシアは勿論、周辺国にも無かったはずだ。)


励起・異言語順応オード・ランゲション。」


言語が通じないのは個人間で多言語域の人間とコミュニケーションを取るためには必ず立ちはだかる壁だ。その為に作られたのが異言語順応。これは自信の脳、特に言語野を活性化させ高速な言語習得を可能にするものだ。これと並行して念話テレパシスを使い、言語を習得しきるまでの意思疎通を補う事で初期から普通の会話ができ、最終的には魔術の補助無しでもその言語を扱えるようになる。


「お〜い!だいじょ〜ぶかぁ〜!!。」


(ふむ、やはり敵意は無さそうだ。それどころか心配されているのか?)

未知の乗り物とこの反応。やはりこちらの世界もそれなりの文明水準に有るようだ。となればこの老人と会話をして、あらゆる情報を聞き出せるだろう。…あ、取り敢えず返事しなきゃ、


「八、ハーイ…ダ、ダイジョブデ…スッ!!」

(んんん……難しい!、発音の仕方等、知識についてはどんどん脳に蓄えられていくが…舌がついていかない。やはり発音が難点だな。)

知識に関しては感情と意味を念話で拾える分修得は早い。だが発音に関しては別だ。使ったことの無い舌の筋肉までは魔術で補強する事は難しい。


老人を乗せた乗り物は俺の少し前で止まった。近くで見ると恐らく金属製で、全体が箱ではなく、後ろが荷台となっている。音は絶えず鳴っていて、小さく振動しているようにも見える。


パカッ。乗り物の横の壁が開く。貴族の乗っている扉付きの馬車の様な感じだ。そこから中に乗っていた老人が降りてきた。


「お前さん、こんな森の中で何をやっとるんじゃ?見た所歩きで来たようじゃが…それにその白い格好…。」


背は低い、髭は後ろで1つ結びにしているが伸ばしているのだろうか?顔は深いシワが無数に有るが優しく柔和な雰囲気で、伸ばされた髭と髪の毛が綺麗な白髪になっているのが更に優しい雰囲気を強めている。


老人は無遠慮に俺の事を見てくる。確かに、1人で森の中を歩き回るとゆうのは信じ難い事だ。

平地と違って魔獣の気配も姿も確認しにくく、普段はさほどの驚異も感じない魔獣にすら傷を負わさせられたりする為だ。ここに魔獣はいなさそうだが…。


「アッ、アノ…ワタシハオーフェシア、オウコクデ…」

(待てよ…ここで俺の経緯をそのまま説明してもいいのか?そもそも異世界から来た等言って信じてもらえるのだろうか?狂人と思われればその後に聞き出す情報も適当な事を言われるかもしれない。)


「ナ、ナカマト…イドウシテタラッ…ハグレテ、シマイマシタ。」


「はぐれた?慣れないもんがあんまり深い森を歩き回るのは…よした方が身のためじゃぞ?」


(よし、取り敢えずは誤魔化せたか?)


そう言ったあと。少しの間を置いてから老人は優しい顔を少し曇らせ、俺に問い掛いかけて来た。


「…お前さん…嘘をついとるじゃろ?」

「ッ?!?!」




(ば、バレたのか?…拙い言葉と内容だがこうもあっさり看破されるなんて…。)


答えを返せない…なぜならこの老人の曇った顔が、悲しみや怒り等、軽く流してしまえるようなものでは無い…感情のこもった顔に見えたからだ。

適当な事を言って誤魔化す…とてもそんな事はしていいような気がしないのだ。


「ここはなぁ…『取捨の森』って言われておる。死にたいと思うた奴がの、この森に入るんじゃよ。生きて出られたら渋々生きる。出る事が出来んだらそれまでだと…。今や自殺の名所となってしもうた…。お前さんもそのくちじゃろ?。」


そう言って悲しさの感情を顔に浮かべる老人。何かしらの事情が有るのだろうか?だが取り敢えずは…


(…どうやら俺が賢者だとはバレてない様だ。一安心。しかし…そうか。ここは自ら命を絶つ者達がよく入る森なのか。確かにそんな森を1人で歩き回ってるならその手の人間だと思われるはずだ。)


「ァ、アノォ…オレハッ」

「そんな事…しちゃいかん!!。お前さんを想うてくれとる人が居るはずじゃ…。その人達の想いを無下にするつもりかっ!!」


俺の弁明を遮るように老人が叫ぶ。怒りなのか悲しみなのか…それとも自ら命を絶つ者を哀れんでいるのか。簡単には類する事の出来ない複雑な感情が、その優しい顔を歪めている。


(安心してくれおじいちゃん。俺は死ぬつもりなんて一つもないよ。)


「お、おじいちゃん…。」

「っ?!」


お?、滑らかに発音が出来た。この調子なら数日もすれば違和感なく喋れそうだ。


「お、おじいちゃん…。おれは、しぬつもりなんて…な、いですよ?。」

「お、お前さん…。」


俺自身も驚いたのだが…この優しそうな老人に祖父を重ねてしまっていた。祖父は俺が9歳の時に、無謀にも挑んでしまった人を憎む猪ヘイテス・ボアーから俺を助ける為に死んだのだ。


「おれには、もうかぞくは…いません。」

「…そ、そうじゃったのか。」


祖父は優しかった。祖母も勿論優しかったのだが、祖母の優しさが俺を甘やかす事…心に安らぎを与える物だったのに対して、祖父の優しは俺を生かす優しさ…自分が死んだとしても、俺に強く・健やかに生きて欲しいとゆう…そんな俺の将来を案じた優しさだった。無茶はするな、それが口癖だった祖父が…何故だかこの老人と重なるのだ。


「ですが…おれは、おれをそだ、ててくれた。そ、ふぼの『おもい』を、…しっています。」

「………そうか…じじばば想いの…立派なお孫さんじゃのう。」


ゆっくりと近づいてくる老人。その歩みは何故か力強く感じる。


「わしの娘も……お前さんくらいワシ想いじゃったら良かったんじゃがなぁ…。」


よく見ると目に涙を浮かべて俺の頭に手を乗せてくる老人。そのまま優しく俺の頭を撫でてくる。


「お前さん、名前は?」

俺の頭から手を退けると。次は名前を聞いてきた。


「ケンラです。ケンラ・ギドアスです。」

「ケンラ君…呼びにくいのう。ケンちゃんでも良いかのう?」


ケンちゃん…。


「は、はい。よびやすいようによんでください。」

「ふぉっふぉっ。じゃあケンちゃん、これから行く所はあるんかのう?。身寄りがないと言うとったが、その格好でこの森を歩き回るのに死ぬ気は無いんじゃろ?」


行く所…無論無い。強いて言うなら日が暮れる前に寝床を用意したいくらいだ。


「な、ないです。とりあえずはねるばしょを…。」

「そうか…まあ、事情は知らんし聞きもせん。じゃが行く場所が無いんなら…ウチに…こんかの?」


うち…このおじいちゃんの自宅とゆう事か。


(少し迷うが…いや、迷うまでもないだろう。ここで会ったのも何かの縁だ。何よりこの人は祖父に似ている…。)


「ぜ、ぜひ!。おじゃまさせてください!!」

「ふぉっふぉっ。邪魔なんて思わんよ。なんも無い家じゃが退屈せんでくれよ?。」


そう言って乗り物へ乗り込むおじいちゃん。反対側へ回ると同じような扉がついてるので見様見真似で扉を開け、中には椅子のようなものが有ったのでそれに腰掛ける。


「危ないからの。シートベルトはきちんと付けなさい。」

はて?どれの事だ?。と、考えてる内におじいちゃんが俺の奥から薄い紐のようなものを伸ばし、先端の金具を右腰辺りの金具へ押し込み、固定した。



「やれやれ。見た目も変わっとるが…お前さんは随分と物知らずの用じゃの。」


ふぉっふぉっふぉっと笑うおじいちゃん。何故だか初対面の様な気がしないな…。


きっとこちらの世界で長くお世話になるだろうな。

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