北魚稲荷の仏像
瀬川なつこ
第1話
両親が、離婚というものをして、この町に引っ越してきたのは、一か月前になる。
10月中頃。
北魚町という田舎町で、海沿いに、北魚宿場町のある、小さな町だ。
町自体は大きくなくて、町の北側には大きな石と岩でできた山があって、その上に観音様が祀られている。
その下は、閑散とした住宅街になっていて、特に、向井家稲荷というの人気のない稲荷神社のあたりは、朽ちた公園と、草原になっていて、昔この辺に、お侍さんが城を立てていたという。
名池涼は、帽子をかぶって、この辺に探検に来ていた。
お母さん、どうして僕を置いて行ってしまったんだろう。
お父さんはお母さんなんか気にするなと言っていたけど、お父さんには分からない。
道の途中で拾った棒きれで、向井家稲荷のあたりに来て、半泣きになりながら、ばさっばさっと草むらを掻き上げながら、見私のいい稲荷神社のあるくさっぱらの丘をかけあがる。
丘の上には稲荷神社があって、僕がその横に立っていて、夕日が綺麗で赤とんぼが群れを成して飛んでいた。
向井家稲荷の草原を囲うように、古い家々があり、昔ながらの農家らしい家が、なにかを燃やしていているのか煙があがっている。
この町は、なんだか、面白かった。
古いものがいっぱい残っていた。
たとえば、稲荷神社の裏は森になっていて、その奥には、小さな滝があって、小さな社が、滝の流れる岩壁に括りつけてあり、その手前に、赤い涎掛けをかけたお地蔵さんがあった。そこの水は透き通っていて、飲めそうな感じだった。
神社の左側は、古い日本家屋の家が多くあって、とある一軒の入口には、またもや蛙の大きな置物が、じろっと睨みつけるようなジト目で僕を睨みつけた。隣にはまたもや瀬戸物の狸と猫の置物もある。置物が好きな住人がいるのだろう。
神社の南側には、朝顔が群生しているところがあって、とにかくうじゃうじゃ生えているのにはびっくりした。朝顔かと思ったら、昼間でも咲いているので、後で、これは昼顔だとお父さんに教えてもらった。
その近くには赤茶色のレンガでできた、薄暗い古いトンネルがあった。
朝顔の近くには、列車が通っていて、こそこそと隠れるように、またお地蔵さんがあったので、気になって昇って行ったら、火葬場があった。あそこで人を燃やすのか、と、おじいちゃんが肺がんで小さい頃、都会の人気のない外れの土地で燃やされた祖父を想った。
町は、家々が古く、あちこちに、狐の像や、弘法大使様の像や、仏像が置かれていて、墓地があちこちにあって、町は線香臭かった。
なんだか落ち着くなあ…
稲荷を通り越して、滝のあたりまでくると、こなすりおった、まるめおった…
というしわがれた老人の声がして、振り返った。
こなすりおった、まるめおった…ああ、ためたい、ためたい…
粉すりおった…?丸めおった…ああ、食べたい、食べたい…?
なんとなく団子のことを云っているのかと、滝に近づいてみると、お地蔵様しかなかった。
しかし、たどり着いてびっくりした、お地蔵様が一瞬こっちをみたように思ったのだ。
しかし、夕日の光の加減だったのか、お地蔵様はいつものにこやかな顔をして、前を向いている。
涼は、半ズボンの中をひっかきまわして、ビー玉しかなかったので、
「お地蔵さま、こんなものしかありませんけど、許してください」
といって、それを供えておいた。
いい事をしたなあ、でもビー玉しかなかったのは、悪かったなあ、
家に帰ってきてから涼は父親にその話をした。
父親は、あそこは、あまり人が来ないところだから、危険だから近づくなと、涼を叱った。
でも、と、父親は料理を作る手を止めて、涼に云った。
お供えをする人が途絶えて、お地蔵様もおなかがすいていたのかもなあ、と、涼を褒めてくれた。
その夜である。
涼しい10月の気候だから、窓を開けて眠っていたら、なんだか、胸のあたりが重い。
うんうん言いながら目を開けると、なんだかもやもやしたものが暗闇に胸のあたりに乗っている。
暗闇に目が慣れると、なんと、不気味な古い仏像が胸の上に載って、ニイっと微笑んでいたのだ。
恐怖に悲鳴を上げそうになったら、仏像は、ふっと黒い影になって消えてしまった。
涼はそのまま気絶して眠ってしまった。
朝になって、恐怖のまま、あれはなんだろう、と、父親に相談したら、仏像の傍にいくという不敬なことをしたからじゃないか…と半信半疑で、父親が相談に乗ってくれた。
と、そういえば、まるめおった…ああ、ためたい、ためたい…と声がして、ビー玉を上げた…と云ったら、それだ!と父親は言って、近くの団子屋さんでみたらし団子を六本買って、二人で、お地蔵さまにお供えをしに行って、両手を合わせて仏像に謝った。
それから、しばらくはびくびくしていたのだが、そのあとは、なにも起らなかった。
夢でも見たのではないかと、父親は云ったが、あのことはいまだになんだったのか、涼にもわからない。
北魚稲荷の仏像 瀬川なつこ @yumeko
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